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1288

深海掘削リグDeep Horizonの事故

2010/06/20

2010年4月20日、BPがTransoceanからチャーターした韓国のHyndai製のセミ・サブマーシブル型掘削リグDeep Horizonは暴噴による火災で11人が死亡し、22日燃えて沈んだ。 その後、原油の流出が長期間継続し、最大の海洋汚染事故とされるBPは2兆円の損失をこうむった。海底に設置するジャケットなどの構造物から掘る方式が使えなくなる深度300mより深い海底油田開発は1970年代から始まっているが、さすがに深度1,500mの油田開発は原油高止まりのこの数年で始まったばかりである。

泥水をつかったドリリンが油層に達すると、ドリリングストリングを引き上げ、代わりに先端に逆止弁をつけたプロダクションケーシングを油層まで降ろす。ここで泥水を循環して逆止め弁が開いているか確認する。

次にプロダクションケーシングにセメントスラリーを注入して穴壁とプロダクションケーシング外壁の環状の隙間をセメントで固定する。このとき、油層を壊さないように、窒素ガス泡で多孔質にしたセメントスラリーを採用。

セメントスラリーが固まってからプロダクションケーシングの耐圧テストしてパス。プロダクションケーシングに海水を注入してネガティブテストをしようとしたとき、油層からガスがプロダクションケーシングに流入し始め泥水と海水を分けるスペーサー流体がキルラインに少し逆。プロダクションケーシング先端の逆止弁は機能せず。ドリルパイプにも海水を入れネガティブテストして1,400psiを記録。オペレーターはまだ異常に気がつかず、テストは合格とされる。

水深1,500mの大陸棚上に設置されたCameron InternationalのBOPとドリルシップをつなぐライザー管内部の流体を泥水から海水に変えたとき油の逆流が始まる。しかしオペレータは油がライザーに入るまで気がつかない。

オペレーターはでてくる油を泥水分離器に送ってしまった。分離したガスがエンジン吸気にはいり、オーバースピード。最終的にDeep Horizonは火につつまれ、11名が死亡し沈没。

ドリルパイプがを貫通している。暴噴をとめるブローアウト・プリベンター(BOP)は数個の弁を直列に連結したものだ。そしてBOPはケーシングのフランジにボルト付けされ、バルブの開口部に はドリルパイプが貫通している。

BOPには3重の停止系がある。第一はオペレーターが押すEDSボタンだ。しかしこれは事故でケーブルが切れて信号が伝わらない。二番目は青と黄色の2系統あるAMFという電気系のシグナルである。信号が送られるとBOPに装備された黄色制御ポッドと青色制御ポッドが起動する。シェアラムへの作動圧はシャトル弁が黄色あるいは青系のいずれかに切り替える。しかしこれも制御ポットの機能不全で作動せず。 オプションの音響シグナルシステムは装備されていなかった。たとえあったとしても役にたたなかっただろう。シャトル弁は1系列でこれが壊れればアウト。

BOPを閉じる動力発生装置は通常時はBOP掘削リグから伸びるライザー管に沿うホース経由送る仕組みになっている。掘削リグが沈んだ後はリグからの油圧供給はなくなる。しかしBOP本体にはバッテリーとアキュムレーターを搭載してリグからの油圧供給が停止してもDCパワーで自律的に作動するように設計されている。これを頼りにROVという深海ロボットでBOP搭載スイッチを入れても閉じなかった。

BPはボトムキル後、閉じなかったBOPを回収引き上げて故障箇所を特定た。そしてひとつはソレノイド弁の故障、ひとつはバッテリー上がりという。 3つ目は33時間後、自動起動するAMFで、ドリルパイプを挟むようにシェア・ラム (blind shear ram)が自動的に閉じ、ハサミの原理でドリルパイプを切断して閉じ、流出を止めるように設計されている。これは自動的に作動したが下から押し上げる力でドリルパイプ が曲がりシェア・ラムの刃からずれて切断できなかった。

こうして噴出を止めることはできなかった。ノース・シーの実績を整理するとBOPの失敗率は45%だという。そして殆ど井戸は現在2個のシェアラムを装備しているという。BPのシェア・ラム1個の設計思想に問題があったことになるのではないか。

5月8日には折れ曲がったライザー管の破損した噴出口を覆う巨大ドームをかぶせたがハイドーレートの閉塞で失敗。

5月26日にはトップ・キルという井戸の頂部から泥水を高速で注入してもすべて噴出口から漏れ出てしまい、海底下5,500mの油層部まで注入できなかった。

BPはBOP上半分のロウアー・マリーンライザー・パッケージ(LMRP 井戸頂部)に連なる折れ曲がったライザー・パイプをダイヤモンドカットソウで切断してLMRPを緩いキャップで覆い、配管でタンカーに送ることなど試みたが、ガスはメタンハイドレートを作ってパイプを閉塞するため失敗。

次にメタノール注入できるキャップにメタノールを送りながらLMRPに取り付けたが、潜水ロボットが接触してキャップを壊すなどばたばた劇を演じた。これを修復してメタノール注入を継続し、キャップからのガスは洋上の掘削船ディスカバラー・エンタープライズで燃し、原油はタンカーに回収し た。LMRPの下部から枝分かれした2本のパイプはそれぞれ独立のフリースタンデイング・ライザーで海面まであげ、ガスと油に分離回収し、原油はタンカーに回収した。しかし 緩いキャップからもれ出る原油を完全に止めることはできなかった。

流出速度は最高10万バレル/day。BPはディスパーサント剤注入装置を海底に設置し、漏れ出る原油に注入。

BPは5月から横に2個のリリーフ井戸を掘り始め、泥水を底部に注入するボトム・キル作業をもくろんだ。6月末に1本は200mのところまで掘った。このとき、残りの1本は2,000m位残している。マグノメーターの電磁誘導でその距離を確認しつつ 、暴噴井のケーシングの5フィート近く、角度2度まで掘りすすめた。いままで40のリリーフ井戸を掘り、全て成功させているので多分、うまくゆくだろうとBPは自信を持ってい たし、その通りになった。ハリケーンがくれば中断するため遅れる。8月上旬にはインターセプト予定である。

7月11日にはハリケーンも去り、海が静かになったのでLMRP上部に設置した緩い回収キャップをはずし、切断したライザーパイプの残り部分を6本のボルトをはずしてフランジごと取り外し、空いたフランジに新品のトランジションスプールをボルトで取り付けた。このトランジションスプールにCAMERON社に発注した3ラムSealing CapをHCコネクターで取り付けた。これが終りの始まり。

7月15日に3つのラムを閉じて原油の流出を止めることができた。6日間はキャップでの圧力上昇を測定して漏れのないことを確認中した。 最高圧力は6,850psi(471Bar)であった。ケーシング部外周から漏れ出たガスは窒素と15%のバイオメタンとされ、キャップは成功と判断したようだ。 このほか、ケーシングからのリークがないか微小地震動の測定もしている。

次ぎの作業はスタティック・キルであった。これは上部からドリリングパイプニ泥水を少しずつ注入する方法である。油の流れにさからわないので容易に行われ、セメントで固めた。これは8月3日に作業開始し、8月5日に完了。

こうしておいて暴噴井に救助井をピンポイントで掘り進み、9月19日、2本の救助井から泥水を暴墳井に注入してボトムキルを行った。ボトムキルはまずケーシングそしてチュービングと2段階で行われ た。

ちなみに今回の漏洩量は78万kl(490万バーレル)、エクソンバルディース号の漏量は4万klであった。内訳は;

流出源からの回収:17%

海上での燃焼処理:5%

海上でのスキミング:3%

処理剤による分散:8%

微生物分解・蒸発:41%

油膜として海上にのこるか砂浜にタールとなって流れ着く:26%

一時期、BOPを閉めないのは地下のケーシング保護のためにとった次善の策なのかとの疑惑があったが、圧力が上昇しても漏れがなければ安心ということになる。そもそもこの地層は海底油田開発に適さないのかもしれない という疑惑が生じた。だからブローアウトプリベンターを閉じることはケーシングと周りの軟弱地層に更にダメージを与え、最悪この地層に大穴を開けるおそれがあってできないのかもしれないとさえ疑われたのだ。

もしボトムキルのどれかが成功しなければ原油流出は地下の埋蔵量が全て噴出するまで数十年と継続すればメキシコ湾は石油とガスを食うバクテリアの増殖で酸欠となり、漁業は壊滅し、BPの命運は尽きるということが危惧されていた 。最悪の事態は避けられたことになる。陸の油井では放棄された暴噴井はしばしば散見される。

この事故はNorth Seaの成功体験がアダになっているかもしれない。North Seaのノルウェー沖は硬い岩盤をくりぬいて油井が掘られているがメキシコ湾は北米大陸の半分の水を集めて流れ込むミシシッピー河のやわらかい厚い堆積層である。ケーシング内にポンプで泥水を注入するだけで土砂を削り取って掘れる。ドリルビットが不用なんてどこかの河底のドレッジングとおなじ。事故の原因は16インチのケーシングと地層のセメンティングのとき、泥水や油やガスが混じってしまい、セメントがしっかり固まらなかったのではないかということ も話題に上った。いわば未知との遭遇。ハリバートンはその可能性を指摘したが、結局Deep Horizonを次ぎの井戸掘削に振り向け、生産を開始したいBPは泥水抜きを開始した。泥水を抜いた途端、暴噴という事態になったというわけ。

ロシアでは陸の天然ガスの暴噴を原爆で止めたことがあるが、メキシコ湾では海洋生物がいるので無理だろう。

2007年に物理学出身でBPを成長させたブラウン卿の後任となったBPのトニー・ヘイワードCEOは油田開発で頭角を現した地質学出身者であるが、これで彼の将来は消えた。 トニー・ヘイワードは米国議会の委員会で7時間絞られた後、ワイト島のヨットレースに自分の持ち船で参加し、ひんしゅくを買っている。10月末辞任の予定。トニー・ヘイワードはケント州セブンオークス在住。

米政府は事故原因が判明するまでの水深1,500m以上の深海油田で同じ形式のBOPを採用した掘削を禁止し、新規掘削の認可の停止した。これが訴訟になり、政府は敗訴した。

Rev. June 9, 2011


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