読書録

シリアル番号 592

書名

強国論

著者

デビッド・S・ランデス

出版社

三笠書房

ジャンル

歴史

発行日

2000/1/15第1刷
2000/2/1第3刷

購入日

2003/08/09

評価

鎌倉市図書館蔵。原題:The Wealth and Poverty of Nations Why Some Are So Rich and Some So Poor by David S. Landes 竹中平蔵翻訳 著者はハーバード大名誉教授

ギリシアの民主主義と東洋の専制政治の違いは、個人が私有財産を持つか、君主が全資産を所有するかということである。君主による全財産の所有こそ専制政治の大きな特徴。今日では所有権なくして事業は成立せず、発展はないと認められている。専制政治による帝国は搾取を中心にすえた統治である。下からの多種多様な意見を吸い上げることのできる社会でなければ社会全体の進歩は望めない。このような所有権を認めることによる経済発展という概念はヨーロッパが生み出したものだ。

ギリシア人は自由を重視したが、物質的な利益には関心をしめさなかった。このギリシア人はアレクサンドロス大王によって建国され、アジアやエジプトの後継者によって統治された専制政治に屈し、ローマ人の国家もあっけなく専制君主制に移行した。

ローマ滅亡のあと、中世がやってくるが、この端境期は古代の遺産、遊牧民共同体であるゲルマン民族の法と習慣、ユダヤーキリスト教的な伝統がないまぜとなった過渡期である。遊牧民はたいした資産をもっていなかったので所有権に関しては関心はうすかったが、定住するにつれ所有権に関し次第に目覚めた。「ソアソンの花瓶」という話がその辺の逸話を伝えている。

所有権という概念は聖書の時代にまでさかのぼる。万物の真の所有者は天の神であるとの古いユダヤ教の教義と教皇は神の代理人というキリスト教の教義が地上の支配者は好き勝手できないと教えた。専制政治に対するヘブライ人の敵愾心は、エジプトおよび荒野で形成された。しかしこの教義は一般庶民には伝わることはなかった。ルター、カルバン派による宗教改革で所有権の正当性、すなわちユダヤ=キリスト教の伝承はヨーロッパの支配者の意識のなかに確実に浸透してゆくことになる。

中国では中華帝国建設前から、社会は監督され、規制され、そして抑圧されていた。そうした体制は君主の目となり耳となる者の正直さと能力に依存している。君主は野心を抱いた家臣の手中にあり、そうした家臣は人を欺いたり、偽善行為を働いたりすることに関しては限りない能力を発揮した。ヒポクラテスが言うように専制政治(全体主義)の弱点は人材、つまり生身の人間そのものにあった。

ヨーロッパにも専制国家は数限りなく存在したが、法、国境、中央(王)と地方(領主)との権力の分散によってその権勢は衰えた。分裂は競争を引き起こし、競争は善良な民を礼遇することにつながった。民を虐待すればよその土地に逃げてしまうおそれがあったためである。

ヨーロッパでの権力闘争は、準自治都市も生み出した。「商人の商人による商人のための政府」である。このコミューンを構成する自由な農夫(ファーマーでペザントではない)や市民(ブルジョワ)は土地所有者である地方領主や貴族より彼らの権利を保護してくれる王や大貴族を支持した。その根底の思想は権利と契約の観念である。

1000-1500年の分権の成熟期は有輪犂、二圃制農法、三圃制農法などの経済改革によってヨーロッパ文明が発達し、海外への探検と征服に着手する契機となった。これは紀元前8000-3000年の新石器時代の農法と動物の家畜化という改革に匹敵するものであった。いずれもエネルギー供給量が増加した。そして18世紀の産業革命に引き継がれてゆく。

海外遠征でトップランナーだった、スペインとポルトガルが脱落したのはマックス・ウェーバーの指摘のとおり、プロテスタンティズムの倫理に浴することなく、産業が底辺から育たず、なけなしの産業も空洞化して横流し商業に堕落したからである。

ヨーロッパで産業革命が成功した3つの要因は
(1)自律的知識の探求
(2)文化、国家を越える学問上の約束事の統一、と基準言語の創造、すなわち科学的方法
(3)発明という概念の誕生

なぜ英国で綿産業が急激に成長したかといえば、無経験の労働者に新しいことを教えるほうが、老いた犬に新たな芸を教えるよりもはるかに容易であったためである。

同じ中華帝国の影響下にありながらなぜ日本は中華帝国の轍を踏まずにすんだのかという疑問にたいしては、藩が自治権をもっていたことと、商人階級の勃興があったことが大きい。商人道とプロテスタンティズムの労働倫理は似ている。天皇という実際の指導者より上位の者が存在したことも明治維新という革命を混乱なく遂行させた。日本の戦後の成功の一因として集団内の一人ひとりが仲間の足を引っ張らないようにする団体責任の倫理を上げている。トヨタのJITはアメリカのスーパーマーケットを見て思いついたというように日本人の好奇心、観察力、水平思考も成功の一因。欠点としては人々は上司や自分の属する集団に対して服従を強いられる。

経済発展の歴史から学ぶことがあるとすれば、全ての違いは文化から生まれるということだろう。祖国をはなれ異国で事業を起こした小数民族、華僑、東アフリカのインド人、西アフリカのレバノン人、ヨーロッパのユダヤ人とカルバン主義者を見ればわかる。


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