2015年4月発行の機械学会 産業・化学機械と安全部門 ニュースレター30号に加筆

国家の大計

 


1.エネルギーの世代交代

19世紀から20世紀の文明の躍進は化石燃料の利用のおかげとされる。産業革命以前のバイオマスに石炭、石油、そして天然ガスが置き換わった。化石燃料の 埋蔵量は有限であるため、天然ガスがピークを過ぎれば埋蔵量の大きい石炭がリバイバルするがそこで行き止まり。

天然ガスが火力発電所の燃料に利用されはじめた頃、ウラン235の核分裂を利用する原子力も主要な電源として普及しはじめた。増殖炉でウラン238をプル トニウム240に変換できれば資源的に無尽蔵と言っていいくらいになるため、原子力が次世代のエネルギーの主力になるのではないかと期待された。しかしそ の変換コストは高くつくことが判明し、加えてチェルノブイリ事故後、放射能汚染で貴重な土地を失うリスクを否定できなくなって、原子力の普及はスローダウ ンした。そして福島第一のメルトダウン事故で原子力の将来は大きく毀損した。核分裂に次いで太陽を地上で実現すると喧伝された核融合も原料はトリチウムと いう放射性ガスであるし、中性子を熱に変換するブランケット材のベリリウムは強烈な放射性廃棄物になり地球環境を汚染する。

 
2. 再生可能エネルギー

化石燃料枯渇後の人類の将来を何に託すかと言われれば、やはり本物の太陽しかないということになる。いわゆる再生可能エネルギーと言われるものだ。そもそ も石炭を利用し始める前、人類は木材などバイオマスを使っていた。バイオマスとは生物の光合成機能が太陽エネルギーを炭化水素に変換したものだ。しかしこ の光合成の変換効率は1%程度で、なにもしなければエネルギー消費の少ない縄文時代に逆戻りというわけになる。

太陽熱が起こす風から電力を取り出す風力発電や雨水のエネルギーを電力に変換する水力発電は当然すべて利用するとして、残るは太陽光を10%以上の変換効 率で直接電力に変換できる太陽電池(PV)の利用に成功するか否かにかかっているといえよう。

太陽光は薄く均一に地表に降り注ぐため、土地が資源となる。天然資源は資源国から輸入するものと固定観念に固まっている日本では砂漠のある資源国で発電 し、化石燃料と同じように水素やアンモニアに変換して輸入しなければならぬと考える。そして水素社会を構築しなければならないと思い込んだ。しかし実は国 土の1.8%にPVを設置すれば日本の電力の100%をまかなうことができるのだ。なにも苦労して輸出で稼いだ貴重な外貨で輸入する必要はない。国土の 66%は山林・原野だから100%の国産エネルギー達成は可能なのだ。山の斜面にPVを設置したら山崩れや洪水になると心配する向きもあるが、ゾーン分け して設置し、雨水は一旦池に溜めて地中に浸透させればよい。半導体技術の成果であるPVの特徴は薄膜化で製造単価が現在も下がり続け、今後も限りなくガラ スの価格に漸近することにある。

 
3.原発原価に未算入の原価

電力業界とそれを管轄する政府は原子力利用の正当性を主張する根拠として石炭火力の原価はキロワット時当たり9.5円、LNG火力の原価はキロワット時当 たり10.7円と比較し、原発の原価はキロワット時6.8円で安いということだった。ところが原発専用送電費、揚水発電、廃炉積立金不足分、使用済燃料の 保管基金積立金不足分、電源三法の奨励金などは原発の発電原価には未算入である。電力料金許認可制度の下、これらは別勘定として、又は不当利得の原因とし てカットされるからだ。これらを算入すれば原発原価はキロワット時当たり10.6円となり、安価とは言えない。
 

4.再稼働追加コスト

ちょうど再生可能エネルギーの黎明期に福島第一がメルトダウン事故を起こした。多くの人が故郷を追われ、補償総額10兆円とも言われる。既設原発の建設単 価ワット当たり278円と原発総発電量36.6ギガ・ワットから日本の原発への総投下資金は10.2兆円となる。したがって事故は日本の全ての原発が消え てしまうのとほぼ同じ巨額の損害をもたらしたわけだ。

電力事業は地域独占権を与えられているとはいえ、私企業である。保険会社の最高免責限度は2,000億円程度である。残る9.8兆円の保証は法律上、電力 会社が負担することになっている。当然、補償金は電気料金で償還することになる。電力会社の既設原発への総投下資金10.2兆円の半分しか回収できていな い時点では廃炉にはできないと判断した。政府がこれを全て廃炉にせよと命令すれば、私有財産の破棄命令に該当し保証金を支払わざるを得ないからしなかっ た。その代りに規制委員会が決めた一定の基準を満たせば再稼働を認めるということにした。事故で一番の被害者になる周辺自治体も原発がもたらす雇用と奨励 金の魅力に魂を売ったままの状態で、再稼働に反対できない。電力会社は深く考えもせずに基準をパスすべく追い銭を支払った。ところがいざ実施してみると予 想に反して追加投資総額が2.2兆円に達してしまった。この追い銭はワット当たり60円に相当する。これを原発の寿命の残り半分で資金回収しなければなら ない。割引率4%とすれば原発の発電原価はキロワット時当たりほぼ6.1円上昇することになる。加えてこの追加工事と規制委員会の審査のために原発は足掛 け4年停止したままである。この停止期間はプラントの寿命の10%に相当する。そのための稼働率低下のコストアップがキロワット時当たりほぼ1.1円とな る。こうして再稼働のための追加コストはキロワット時当たり7.2円となる。政府試算に未算入コストと再稼働のための追加コストも加えると再稼働原発の発 電原価はキロワット時当たり17.8円となる。これは原油価格がバーレル100ドルの時のLNG火力発電原価のキロワット時当たり14円より高価な電源と いうことを意味する。

 
5.事故補償費によるコストアップ

追い銭のワット当たり60円を支払う原因となった規制委員会基準なるものをみると、福島事故で露わになった沸騰水型炉の弱点は加圧水型にしないと無理。そ こでモグラ叩きをしてお茶を濁しただけで本質的なところには手をふれていない。従って、今後もメルトダウン事故が発生しないという保証はない。過去の主要 なメルトダウン事故の汚染量と累積確率の関係は長く尾を引くロングテールを持つ「べき分布」になる。そして「べき分布」には平均値がないため、最大汚染量 を出す過去の最大規模のチェルノブイリ原発級の事故をゼロにはできない。例えば運転中に制御棒挿入不可となるような事故である。福島級の補償額が10兆円 とすればチェルノブイリ級の補償額は大雑把に100兆円になる。過去の事故を整理するとこのような巨大事故の累積事故確率は14,500炉-年に1回とな る。この確率と損失額から原発運転会社の原発発電原価上昇を推定するとキロワット時当たり7.5円となる。原発の比率が全電力の20%だから、火 力で薄めればキロワット時当たり1.5円相当である。これくらいなら電気料金に薄く上乗せすれば民は気が付かない。 一橋大学院教授の「震災復興の政治経済学」日本評論社刊によれば、損害賠償費用や廃炉費用について政府は東電に無過失・無限責任を負わせたかに見えて、実際には当時の 民主党政権は東電を破たんさせずに「エネルギー対策特別会計」でこの費用を負担することにした。結果として東電株主は14%を負担しただけ で、残りの82%は税金や電力料金を通じて、納税者が負担することになという。政府と電力会社はたとえ累積事故確率14,500炉-年に1回で発生しても消費者に料金または税金としてつけ回せば問題 ないと考えているようだ。それに追い銭を支払ってしまったのだから今更後戻りはできない。しかし電力会社が今後もこのコストを2017年の電力・ガス事業の自 由化以降も消費者に付け回せると考えていたら、7.オフグリッド自家発電に紹介する方式にコスト的に負けるという事態になるだろう。



 
6.再生可能エネルギーと電力網の需給バランス制御

PVは昼間しか発電してくれないし、風力は風が吹かないと発電しない。このように天候次第で出力は勝手に変動する。蓄電池の建設単価はなかなか下がらな い。そこで化石燃料が使える期間は化石燃料火力を負荷追従電源としてPVの出力欠損を補間するのが最低コストスキームとなる。化石燃料がピークを過ぎれば 再生エネルギーの出力調整をするようになるだろう。

さて過去の地域独占に適応してきた電力会社の送電網は再生可能エネルギーの幅広い変動幅をカバーできるようにはなっていない。大局感に欠ける電力会社はそ のような余計な設備を持っても得にならないと早合点し、再生可能エネルギー発電業者にそのコストの負担を押し付けている。こうしてメガソーラーやウィンド ファーム普及の障害を構築し、将来の安価な電源への接続サービスから上がる利益をみすみす逃している。

 
7.オフグリッド

政府は電力・ガス事業を自由化し、発送電分離と導管分離方針を打ち出している。もしこれが実現すれば相互乗り入れで燃料電池利用のガス燃料分散発電が普及 し、高コスト原発を抱える発電会社は経営が立ち行かなくなるかもしれない。自由化後、電力会社が原発のコストを送電会社が上げる利益で維持しようとしても 苦境が待っている。ドイツに倣ったフィードインタリフはいずれ廃止されるだろうが、高価な電力料金と等価で買い取られることになり、電力会社の思惑に係わ らずPVがますます普及する。

送配電網のコストは公表されていないが、原発事故前の電力価格から発電原価を引き算したものが送配電網のコストとすれば一般家庭向け電力託送料はキロワッ ト時当たり9.6円となる。(自由化直後は8.7円)自由化されている商用向けはキロワット時当たり1.6円である。自由化されている商用には軽く、自由化されていない一般家庭向 けには重く設定されているのが分かる。

一般消費者は省エネや蓄冷家電の導入で余剰電力を作り、高い料金でPV電力を買ってくれる電力会社と契約し、オンラインで設定される電力料金で売る。個人 レベルでも小規模事業主になれる。もし買ってもらえなくとも電力網には全く接続せず、PV電力をすべて自前の蓄電池に蓄え、夜や雨天で使うというオフグ リッド運用を選ぶので困らない。ベンチャーの星、イーロン・マスクがカルフォルニアで巨大なリチウムイオン電池工場を建設中だ。これでEV車とPV+ バッテリー・オフグリッドを狙っている。彼がリチウムイオン電池のローコスト化に成功するかどうかは分からないが、もし成功すれば日本の電力は第三の敗戦となること必定。

リチウム・イオン電池は小型軽量で携帯機器やEV車には便利だが、高価で寿命も短い。しかし、バナジウムイオン・レドックス・フロー電池はイオン 交換膜と炭素電極で構成されるため、安価で寿命が長い。リチウム・イオン電池のような電極の微細構造の劣化がないし、ポリタンク容量を大きくすれば、蓄電 能力を自由に大きくできる。梅雨期に2週間、雨が降り続いても大丈夫。新しい製造業が職場を提供するし景気もよくなる。国産エネルギーだからエネルギー自 立に役立つ。

 
8.終わりに

次回は千葉工科大学の荻林成章氏にバトンタッチいたします。ありがとうございました。


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March 19, 2015
Rev.  July 7, 2016


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