1999年5月19日 エンジニアリング振興協会/日本プロジェクトメネジメントフォーラム共催  プロジェクトマネジメントシンポジウム'99 エンジニアリングトラック発表論文 

コントラクタのプログラムマネジメント

―JIT工法を実現するエンジニアリングと調達―

 

アブストラクト

プラントのエンジニアリング・調達・工事をおこなうEPCコントラクタにとって全ての受注プロジェクトは、コスト、スケジュール、品質、リソースなどあらゆる面で相互関連があり、プログラムといえます。プラントマーケットの需給バランスが供給過剰に傾く中でフィックスト・プライス(固定価格)契約プロジェクトの潜在リスクは高まり、複数のプロジェクトを統合管理するプログラムマネジメントは一層重要さを増しております。即ち、潜在リスクが急激に高まる限界値、スレッショールド値の早期発見のための方策が重要となります。このためにアカウンタブルなワークパッケージに分割して管理する方法の重要性にふれます。また、プロジェクトには上流工程の品質が下流のリスクとなって大きく跳ね返る特性がありますので、上流に資源を投入してこれを早期に固めるだけではなく、JIT (Just in Time)工法を達成させるためのコンストラクションドリブンなエンジニアリング、性能要求型仕様やベンダー詳細仕様の尊重など協調的サプライチェーン管理によるコスト低減策を具体的に紹介します。

 

1. イントロダクション

プラントのエンジニアリング・調達・工事をおこなうEPCコントラクタ(以後コントラクタという)は多数のプロジェクトを、同時平行的に手がけております。コントラクタはプロジェクト遂行のノーハウおよび人的・機器資源を共有して、社会的効率を高めるという機能でプラントマーケットでの存在をゆるされているわけです。

PMI (Project Management Institute)の教科書、PMBOK (Project Management Body of Knowledge) では複数のプロジェクトを有機的にまとめて管理して、より大きな効果を引出すことをプログラム管理と定義しております。コントラクタはその持てる有限の資源をうまく管理し、最大の効率をあげて生存する組織ですから、プログラム管理を上手にするべく運命付けられているともいえます。

プラント建設の需要は景気によって変動します。プラントマーケットの需給バランスが供給過剰に傾きますと、ランプサム・フィックストプライス契約(以後固定価格契約という)の価格は低下し、コストオーバーランの潜在リスクは高まり、コントラクタにとってプログラム管理が一層重要となります。

固定価格契約では契約後は契約のスコープまたはベースライン(以後ベースラインという)の変更が無い限り、プロジェクト遂行中のコスト変動はコントラクタが吸収しなければなりません。

プラントマーケットの需給バランスが供給過剰になると、以前と同じ価格レベルでは受注量は減少します。コントラクタが保有する資源の稼働率を下げないために価格を下げるか、競争緩和のためにJ/V(ジョイントベンチャー)を組むなどコントラクタ間でアライアンスをするか、受注減に甘んじ、コントラクタの当該分野での資源の低減(リストラクチャリング)で対処するかという決定を下さなければなりません。

 

図ー1 プログラム管理戦略

fig1.gif (7286 バイト)

 

供給過剰の初期の段階ではまず価格を下げて、コストをこれに見合うように節減するよう努めます。しかしコストが無限に下がるということはありえません。いずれ限界に達します。この限界値(以後スレッショールド値と呼ぶ)はプロジェクトに関係する人、組織すなわちステークホルダーの能力や置かれた環境によって異なります。また当事者が明示できる形でその限界値を知っているわけでもありません。プロジェクトの進展に伴い、次第に顕在化してくるものです。価格の低下傾向が止まらなく、契約額がこのスレッショールド値より下がるとコストオーバーランのリスクが高まります。当然コストダウンの努力は継続しているので、このスレッショールド値は常に低下傾向にあります。

プログラム管理とはコストダウンの努力を継続しつつ、コスト下げ止まり傾向を早期に発見し、マーケット価格追従行動からいち早く離脱し、自らの当該分野の資源管理に重点を移すなどの行動をさします。図―1にプログラム管理戦略を図示します。

本論稿ではオーナー・コントラクタ間の契約でなぜ固定価格契約が多いのか解説します。次いで、固定価格契約前に潜在するコントラクタのリスク管理、および固定価格契約後のプロジェクト実施段階でのコスト低減策について紹介します。

コスト低減策が飽和し、下げ止まりになるとコストオーバーランのリスクが高まります。この時のキャッシフローの模様をシミュレーションで解説します。

最後にコストオーバーラン防止のためのコスト低減策の飽和状態の早期発見法について述べます。

     

2. オーナー・コントラクタ間の契約の諸形態について

オーナーとコントラクタ間の契約には下記のような 4種の形態があります。

@ 実費清算契約(単価契約含む)

A 固定価格契約

B 段階的固定価格契約

C クライエントアライアンス契約

@の実費清算契約は基本技術を持つ石油・化学プラントの歴史と実力のあるオーナーが自らプロジェクトを手がける意味合いが強い方法で、欧米で主力でした。固定価格契約のようにその前提となるプラントのベースラインが固まっている必要はありません。コントラクタのマンアワー単価のみを固定して動員マンアワー比例で清算する契約をマルチプロジェクトに適用するエバーグリーン・コントラクトやベンチマーキングでコントラクタ・パーフォーマンスを評価するフレームワーク契約などもこのバリエーションでしょう。プロジェクトのリスクもプロフィットも全てオーナーがとります。

Aの固定価格契約は発電プラントのように単純な繰り返しで、メーカーまたはコントラクタ側に技術があり、オーナー側はプラント設計、建設の管理能力の弱いオーナーが全てをコントラクタに任せるという方法です。

米国でも電力業界のプロジェクトはほとんど固定価格契約です。発電プラントは単純な繰り返しでコントラクタのリスクが小さいからこのような商習慣がはじまったと考えられます。石油・化学プラントでも歴史が浅いアジアで中心的な契約形態です。プラント設計、建設の管理能力の弱いオーナーが殆どであるためと考えられます。日本のコントラクタの石油・化学プラントプロジェクトは殆ど固定価格契約ですが、これは、明治政府が始めた国家プロジェクトに習って商法が構築されたためと言われております。米国では石油・化学プラントの場合、50-75%が固定価格契約です。固定価格契約の前提は契約前にそのベースライン、すなわち顧客が望むプラントの性能またはより詳細な仕様が明確になっており、ベースラインを満たすためのコストが契約金額に織り込まれているということであります。

プラント建設プロジェクトのリスクもプロフィットもコントラクタがとります。しかし、プラント品質なども含めたプラントのライフサイクルコストの最終責任はオーナーのものです。

Bはフロント・エンドを実費清算契約で開始し、後半仕様が確定するに従い、固定価格契約に移行する段階的固定価格契約で@とAの組合わせです。リスクとプロフィットはオーナーとコントラクタが折半する形です。問題はオーナーにとってコントラクタ選定が困難という難点があります。

Cのクライエントアライアンス契約はいろいろなバリエーションがあります。固定価格契約にインセンティブを加味する契約、固定価格契約双方が合意するスレッショールド値を基準にプロフィットまたはロスを計算してオーナーとシェアする方法などです。最近、固定価格契約で完成したプラントの品質低下に懲りたオーナーが採用し始めており、欧米で増えてまいりました。リスクとプロフィットはオーナーとコントラクタが折半する形です。これも歴史の浅い、管理能力の弱いオーナーは採用しにくい方法です。

このようなわけで固定価格契約はコントラクタが挑戦しなければならない契約形態として残るわけです。

     

3. 固定価格契約締結前のリスク管理法

固定価格契約の前提は契約前にそのベースラインが明確になっており、ベースラインを満たすためのコストが契約金額に織り込まれているということであります。しかし、プラントマーケットの需給バランスが供給過剰に傾いている時はベースラインの定義は詳細定義が簡略化され、性能記述化されて詳細なフロントエンド定義が省略される傾向があります。

プラントマーケットの需給バランスが供給過剰に傾くということはプラントオーナー自身が国際マーケットで需要の減退により、キャッシュフローが減少し、新規投資が厳しいことを示しております。

このような環境ではオーナー自身もダウンサイジングし、オーナーが行うベースライン定義業務(FEED, Front End Engineering and DesignまたはFEL(Front End Loadingという)をアウトソーシングするようになります。アウトソーシング先の選定すら競争入札によってきめ、固定価格契約を採用します。

FEEDを受注したコンサルタントとしては少ないコストでその任を果たすために、固定価格契約のベースラインを定義するFEED業務はプラントの性能規定と機器の一般仕様の提供にとどめ、コスト積算に必要なエンジニアリングを伴う詳細なフロントエンド定義はコントラクタ責任と規定します。これをパーフォーマンス記述型ベースラインと呼ぶことにします。

パーフォーマンス記述型ベースラインで積算するにはコスト積算のためのエンジニアリングをしなければなりません。しかし、コントラクタに与えられるコスト積算期間は短く、コスト積算のためのエンジニアリングの時間的余裕もなく、積算の精度は必然的に低下します。積算の精度が低いリスクをカバーするためにコンティンジェンシーがありますが、競争環境下ではコンティンジェンシー圧縮圧力も高まります。

仮に積算のためのエンジニアリング期間が与えられたとしても入札に参加するコントラクタが全てコスト積算のためのエンジニアリングを無償で行うということは、国際社会的な重複作業を生じ、無駄なことです。

FEEDコンサルタントがコントラクタのコスト積算のためのエンジニアリングを行うことが、国際社会的コストをミニマムにする方策です。不幸なことにパーフォーマンス記述型が最近のトレンドです。しかしコントラクタの収入源はプラントオーナーですから、プラントオーナーがコントラクタを使いつづける限り、結局オーナーがこのコストを間接的ではありますが、全額支払うことになるわけです。

前述の無駄な国際社会的コストをミニマムにする方法として、また固定価格契約締結前に潜むリスクを解消させる方法として、第2章で解説した固定価格契約以外の関係を模索することが考えられます。しかし、歴史と実力のあるオーナーはともかく、アジアのオーナーのように歴史の浅い、管理能力の弱いオーナーにとって、固定価格契約は依然としてマーケットの中心として残ります。

固定価格契約の積算に潜むリスクの回避策を大別すれば下記の 2つに分類できます。図― 2のフローチャートを使って説明します。

@見積もり期間延長を申し出て、パーフォーマンス記述型ベースライン確認や積算に必要なエンジニアリングのための時間を確保して正確な積算をする

A最大限譲歩してパーフォーマンス記述型ベースライン確認だけはして、積算に必要なエンジニアリングを省略した簡易積算を行い、コンティンジェンシーを見込んで価格競争に参加する。

Aを選択することはプロジェクトに関しては非常にスペキュレーティブなことです。リスクを下げるためにコンティンジェンシーを積めばコスト競争に敗れるし、コンティンジェンシーを減らせば、コストオーバーランの可能性があります。幸いコントラクタは複数のプロジェクトを平行して実施しているので、比較的小型プロジェクトはプラスとマイナスのプロジェクトを合わせてプログラムとしてみなして、全体で採算ととるということも可能です。しかし大型プロジェクトとか、増設、改造などベースラインが明確でないものには向きません。

さて@を漫然と採用しても、残念ながら、コスト競争下では受注できない可能性が高いのです。対策としては、

B積算に必要なエンジニアリングの程度が深く、ベースラインが詳述されている部分を精度高く、限界積算して、固定価格契約とし、詳しく記述されていない部分は実費清算または確定後段階的固定価格契約する

Cプラントの性能要求は満たしつつも、詳細設計においてはコントラクタおよびベンダー仕様に基づくコスト競争力ある設計を提案する

Dプラント全体または部分を特定機器ベンダーアライアンスのもとにモジュール化してコスト競争力のある設計を提案する

など、きめのこまかい対応をしてコスト低下させつつリスク回避する努力をする必要があります。C、Dなどは自動車産業のプラットフォーム概念と同じで、一プロジェクトでは取り組める命題ではありません。プログラム管理で初めて可能となるコストダウン法です。

ただ、Bも含め、顧客との信頼関係がないとこのようなことはできません。

以上どれも不可能の時は、

Eデクラインする

ということになります。

 

図―2 固定価格契約締結前のリスク管理

fig2.gif (13974 バイト)

 

米国のCII (Construction Industry Institute) が1996年に積算に必要なエンジニアリングをどの程度の深さで行っているかの判断にも使える PDRI (Project Definition Rating Index) という手法を提唱しました。PDRI法はフロントエンド定義の度合いをサイト情報、プロセス/機械、機器スコープ、プロセスフローシート、物質収支、 P & IDなどのカテゴリー別に採点し、コスト内訳を反映した重み計数で加重平均する方法です。このような手法は手間がかかるだけで、効果が無いと考えられがちですが、一定の定量化手法を全プロジェクトに適用すると情報の共有化が可能となり、評価基準の個人差、グループ差を無くし、組織としてのフィードバックができるようになり恣意的、独善的判断を回避できます。

いずれのルートを採用するにしても、プロジェクト単位で受注後のプロジェクトパーフォーマンスをフィードバックして、PDRI法などの判断基準を修正する必要があります。

さてベースラインなど契約条件に関し、後日オーナーとコントラクタ間で紛争が生じたとき、国際マーケットでの契約の準拠法の主流であるコモンロー(common-law)のもとではcontra proferentem(文言を作成した人に不利になるように解釈する)ルールが適用されます。このようなわけで、発注者側のリスク回避条項として悪名高い「コントラクタは契約前にすべてのリスクを調査し、契約金に織り込み済み」というexculpatory clausesがはいります。

かって、コモンローにはファンダメンタル・ブリーチという不合理なexculpatory clausesの効果を抑制するドクトリンがありましたが、この適用も判例から厳しく制限されるようになりました。

以上のような理由でベースラインの確認リスクのほかに、簡易積算のリスク、積算に必要なエンジニアリングのリスクも全てコントラクタの責任であることをコントラクタのプロジェクトマネジャーもプログラムマネジャーもよく認識して行動しなければなりません。

単純にコストだけで勝負するのではなく、図―2で述べたようないろいろなオプションを織り込み、契約条件によるリスクの偏在を回避しつつ、コスト競争力を確保するという複眼的アプローチが必要です。

国際プロジェクトでは契約金は主として国際基軸通貨のドル表示ですが、調達品に関してはファイナンス条件により、ファイナンス国の通貨、また工事部分については立地国の法律で立地国の通貨の部分が生じます。このようなわけで為替リスク管理も重要ですが、本論稿ではふれません。

     

4. コスト低減策

さて固定価格契約のプロジェクトを受注し、実施段階に入りますと、プロジェクトマネジャーはプロジェクトコストを契約金額の範囲内に納めなければなりません。競争が激化してきますと、契約金額は低下傾向にありますので、かなり困難な任務となります。プロジェクトの成果物の品質、スケジュールを保ちながらプロジェクトコストが契約金額に収まるように行動しなければなりません。

プロジェクトコストの内訳を表―1に示します。

 

表―1 プロジェクトコストの内訳

内訳

対総コスト比率(%)

エンジニアリングコスト

20-15

調達費

40-60

工事費

40-25

 

表―1で明かなように対総コスト比率の高いものほどコスト低減策に有効ですから、これを順番に並べると調達費、工事費、エンジニアリングコストの順になります。

配管トン数を最小にする機器配置、掘削深度および容量低減のための埋設配管システム設計など工事量、調達量を低減させるエンジニアリングはCIIが提唱するコンストラクタビリティーに含まれる概念です。この具体的紹介は4.3.1項工事量、調達量を低減させるコンストラクタビリティーで行うことにいたします。

 

4.1調達費低減策

調達とは物、材をベンダーから購入する、工事などのサービスをサブコントラクタから購入するなどのアクティビティーです。

コンストラクタビリティーによる調達量低減は後でふれます。

調達費低減により最大のプロジェクトコスト低減が期待できるわけですから、調達には細心の注意が必要です。プロジェクト単位ではなく、プログラム単位で工夫する必要があります。

調達担当者は買う対象物、ベンダー、調達するサービス、サブコントラクタの能力と負荷の状況、市場の状況などの知識が豊富なプロであることが必須であります。コストを下げるためのコントラクタとベンダー・サブコントラクタ間のリスク分担を工夫して新しい契約形態を創造するのもその任務です。

エンジニアリングにおいては簡潔で変更のない仕様の用意とその早期確定が要請されます。機器設計能力を持たないベンダーには、詳細設計を、材料調達能力のないベンダーには材料を供給するなどの工夫も必要となります。

調達費低減策の第一はベンダー、サブコントラクタとの契約条件の選定です。 供給業者に全てのリスクを取らせれば、供給業者のコンティンジェンシーが過大になります。一方全てのリスクを購入者がとれば、供給業者の努力を期待できません。双方にとって最適の契約方式があるはずです。

契約形態はオーナーとのと同じく下記の4形態に大別できます。

@実費清算契約(単価契約)

A固定価格契約

B段階的固定価格契約

Cベンダー・サブコントラクタとのアライアンス契約

契約時点で契約のベースラインの明確でない工事とか配管資材などは、@の単価契約しての実費清算契約が一般的です。機器などはベースラインが明確ですから、Aの固定価格契約となります。工事契約などではBの段階的固定価格契約がよいでしょう。実費清算で契約し、ベースラインが明確になり次第、固定価格契約に切り換えるのです。

ベンダー・サブコントラクタの選定方法としては、

1)公開入札

2)指名入札

3)随意契約

の3種あります。

ベンダー・サブコントラクタの選定方法 1)の公開入札は技術情報の拡散防止、品質確保の面から殆ど採用されません。しかし、インターネットを介したベンダー・サブコントラクタとのコミュニケーションが進歩しつつありますので、汎用品などは、可能ではないかとおもいます。

最も一般的なベンダー・サブコントラクタの選定法は 2)の指名入札です。ベンダー・サブコントラクタの能力を事前審査し、品質保証能力、スケジュール管理能力、製品の輸送上の適地にあるもの、負荷が上限に達していないものを複数選定し、引き合いし、ベンダーの場合は輸送費も含め、一番ローコストのベンダー・サブコントラクタを採用するという方法です。特殊機器調達に最も適しております。

競争入札は競争による価格低下を最もよく反映できる方法で、最も頻繁に採用されております。しかし競争入札には短所もあります。ベンダーが受注に至らない無駄な見積もり作業を繰り返すことになり、最終的にはこの無駄なコストは全てバイヤーである、コントラクタが支払っているわけです。

そこでこの無駄部分をさせないかわりに、その分を安く提供する 3) 随意契約または協調的サプライチェーンの構築という構想がでてまいります。もともとバルク材の調達に採用されている方法ですが、機器に関してもベンダー・サブコントラクタとのフェースツーフェースの対話・協力関係作りによるコスト低減があります。すなわちCのベンダー・サブコントラクタとのアライアンスです。このためにはベンダー・サブコントラクタとの信頼関係の確保がまず必要です。品質を確保しながらコストをさげるための仕様のありかたなどを、共同研究し適用するのです。コード番号の統一などが可能となります。この方法は図―2のCおよびDの選択肢を採用する場合に最も有効です。問題は競争による市場価格の反映をどうするかという技術論になります。市場価格からベンダー・サブコントラクタとのアライアンスによる節約分を控除するなどの計算法が考えられます。市場価格をどう把握するかという命題が残ります。

 

4.2工事費低減策

工事費の対総コスト比率は調達費についで高いのが一般です。従ってこれを低減するのが、プロジェクトコスト低減に2番目に有効な方法です。

コンストラクタビリティーによる工事量低減は後でふれます。

工事費を低減する手法として造船業の用語である「ブロック工法」もコンストラクタビリティーの一つの項目です。本稿では「ブロック工法」を鉄架構・配管のプレファブリケーション、モジュール化、スキッドマウント化、塔廻りのドレスアップ工法等のプレアセンブリーを行う工法の総称とします。

「ブロック工法」には沢山のバリエーションがあり、それぞれの建設現場における人件費、建機・工具・足場リース代の相関関係において最適工法が採用されております。

「ブロック工法」のプレアセンブリーは建設現場以外の場所で行い、建設現場での労務者、建機、工具、足場の負荷を平準化させるのが目的であります。この場合は建設現場での労務者用居住区などの建設インフラストラクチャー整備費の低減とブロックの輸送費・設置費の増加というトレードオフ関係も含めて最適化が行われます。

いずれの工法を採用するにしても、その工法が要求する デリバラブルすなわちモジュール、機器、資材、設計図、労務者、建機、工具、足場資材等の用意とその組み立て場所(ブロック組み立て、プラント最終建設場所を問わず)への到着時を早すぎず遅すぎぬよう行う必要があります。もしこれが的確でないと手戻り工事、待ち時間はおろか、ブロックの完成を待たず、次の工程に入らざるを得なくなり、人件費、建機・工具・足場リース代に加え、建設現場での労務者用居住区などの建設インフラストラクチャー整備費とブロックの輸送費・設置費の2重払いに至り、「ブロック工法」を採用しない現場総組み立て工法より余計コストがかかる事態になります。

工法が要求するデリバラブルの現場到着時間をジャストインタイム(JIT)で達成するエンジニアリング優先的確定と調達が重要になります。これをコンストラクション・ドリブンと言ってよいのですが、JIT工法と呼びましょう。

JIT工法ではエンジニアリングと調達の開始時にはそれぞれの建設現場で採用すべき最適工法を決めて、この工法に沿った デリバラブル>の現場到着時間を達成するエンジニアリングと調達計画を立案し、実施します。

デリバラブルの現場到着時間が早すぎることも避けなければなりません。仮にプレファブした配管スプールが建設現場に早く到着し過ぎると一時保管場所が必要であり、在庫管理組織も大きくなり、支払いも早くなります。在庫管理が不備であるとと、紛失するものも出ます。指定日以前に到着しても期日までは支払いしないなど、サブコントラクタとの契約条件を工夫してJIT工法を達成します。

JIT工法では、ある程度設計が進んで機器の形や重量がきまり、これらの製造場所が決まらないと機器資材輸送法、工法が決められないというジレンマがあります。逆に工法が決まれば、輸送との関連で機器、資材の最適製造場所が決まるという面もあります。このようにして建設現場での手戻りをなくすためには、エンジニアリング工程内での手戻りまたはリサイクルワークが生じるというトレ−ドオフ関係を解かなければなりません。いずれにせよシーケンシャルに処理していては顧客の希望納期に合わないし、コストもかかります。 JIT工法では、コンカレントエンジニアリングが必須となります。

通信技術の進歩で可能となった、安価なインターネットを使い工事現場へ図面を送ったり、担当者間のコミュニケーションを行うことは無論のことです。

 

4.3エンジニアリングコスト

エンジニアリングコストの対総コスト比率は工事費より小さく、これを節約してもコスト低減策としてはそう有効ではありません。

コントラクタにとってはエンジニアリングこそが付加価値でありますので、為替レートが円高にシフトしたとき、エンジニアリングコストがコスト競争力を阻害しないように、海外にエンジニアリング拠点を設けるなどの対策をとりました。しかし、エンジニアリングの品質が低いとダウンストリームの調達や工事でのリスクが増え、かえってコストがかかることがわかりました。

現在では、多少エンジニアリングコストをかけても、調達量、工事量を低減させるコンストラクタビリティーの確保、エンジニアリング品質維持、JIT工法を実施するためのコンカレントエンジニアリング、エンジニアリングの早期確定によるダウンストリームの混乱防止とダウンストリームの調達や工事でのリスクを最小にする方がかえってコスト低減に有効なことがわかっております。

 

4.3.1調達量、工事量を低減させるコンストラクタビリティー

調達量、工事量を低減させるコンストラクタビリティーの確保のためのエンジニアリングの具体的内容の紹介は本論稿の主題ではありませんので、2例の紹介に止めます。

(1)配管トン数を最小にする機器配置

(2)掘削深度および容量低減のための埋設配管システム設計

(1)の配管トン数を最小にする機器配置は大口径管、高圧配管、合金管などが最短になる様に機器配置をする設計法です。3次元配管自動ルーティングツールでケーススタディーすることにより可能となります。配管トン数を最小にする配管の斜行配置は45度エルボと配管コストの相反するトレードオフ関係の最適値を探す作業です。エンジニアリングコストは増しますが、配管資材調達量や工事量が低減しプロジェクトコスト削減に効果的です。

(2)の掘削深度および容量低減のための埋設配管システム設計は重力流を採用する埋設ドレン配管の深度を制限して掘削深度を押さえるために、ポンピングステーションを増すなどの設計法です。埋設配管系の相互干渉を避けるためにそれぞれの配管系を異なる深度に配置することをせず、同一深度に配置し、干渉点でのみ、配管を迂回させる設計法もこれに属します。エンジニアリングコストは増しますが、コンクリート調達量や土工事量が低減し、プロジェクトコスト削減に効果的です。

 

4.3.2 JIT工法を実施するためのコンカレントエンジニアリング

高度成長期の日本のコントラクタのお家芸は設計から工事まですべて分かった人が全てを一瞬の内にきめて指揮をするというスーパーマン方式でありました。このやりかたは勝手知った国内で小型プロジェクトでは可能でも、国際的な大型プロジェクトになると、全てを理解できるスーパーマンはいないため適用できません。

製品のライフサイクルの全てに関わる専門家のチームが情報とノーハウを共有し、創発的(エマージェント、カオス理論の用語で自然に自己組織化する様をいう。筆者の追加的な意味付け)に業務処理するというコンカレントエンジニアリングが米国のDARPA(Defence Advanced Research Projects Agency)の研究に端を発し、1986年のIDA(Institute for Defence Analysis)の報告書R-338で定義されているのはこのような認識にたっているのでしょう。ではどのようにデータを共有し、情報の輻輳と混乱をどのように回避するのでしょうか?

プロジェクトを担当する各方面の専門家が大部屋に座って顔と顔を合わせて連絡しながら仕事をする大部屋方式(物理的大部屋方式)でもコンカレントエンジニアリングは可能です。しかし大型プロジェクトではエンジニア数が数百名となり大部屋に入れません。プロジェクト毎に担当者を大部屋に集める方式は専門家としての能力低下も生じます。コントラクタがプログラム管理によりその持てるリソースを有効利用する方法であるエンジニアの時分割、複数プロジェクトの担当が出来ないという欠点もあります。マトリックス組織は時分割、複数プロジェクトの担当を可能とする組織なわけです。

そもそも専門家は専門家同士が一緒に集まって仕事をしたほうがそのスキルの伝承と研鑚、創発性、助け合い、時分割業務処理による複数プロジェクトの担当という面で好ましいわけです。このようなわけで大部屋方式はプログラム管理の面から効率が悪いことがおわかりいただけると思います。

タイミングよく登場した電子情報ネットワークの利用がこの問題を解決しました。電子メールなどは瞬く間に普及しました。しかしこれでもエンジニア、ベンダー相互間の情報伝達の速度向上とコスト低減には有効ですが、データを共有し、情報の輻輳と混乱を回避し、創発性を発揮するという命題に対する回答には不充分です。

次元表示の系統図、3次元表示の機器、配管配置モデルなど設計図書をプロジェクト毎に一元管理し、地球上に分散している全ての関連するエンジニアが唯一の承認手続きを経た設計図書に同時にアクセスして、情報の輻輳と混乱を回避しつつ、創発性を発揮して設計を完成させて行く電子設計図書管理方式(電子式大部屋方式)がコンカレントエンジニアリングのツールとして有効です。ウェブ技術のリンク機能とイントラネット・インターネットを利用して、HTML化した図書の分散共有システムを構築できます。

これらコンカレントエンジニアリングのツールと、JITを達成させるプロジェクト管理を徹底させれば、現場での手戻りは旧手法の10%前後に比べ4%と各段に改良されることはパイロットプロジェクトで証明されております。

ソフトベンダーのクローズドなシステムはマーケットの大きいオーナー向けでプラント完成後の改造、保守目的となっているため、ベンダーの設計検証、設計データ取り込み、製作完成時検査データ、ベンダーデータインテグレーションまでは手が廻っておりません。ベンダーや工事サブコントラクタの異なるシステム間でデータ変換の必要の無い国際インターフェース規格(ISO)の制定は一部できましたが、普及は今一歩です。ベンダーデータとシッピング・ドキュメントのインテグレーションはコントラクタが独自システムで対応している段階です。工法立案などのためのプラント組み立て工程の 3Dシュミレーションが欧米では一部実施しておりますが、システムの使い勝手、コストなどまだまだ、過渡期であります。各社はデータ互換性で苦しんでおります。 HTMLを使うウェブ技術が共有化のデファクトスタンダードとして普及してゆくのではないでしょうか?

いずれにせよ、今後もシステムは改良され、使い勝手も良くなり、コストも低下することは間違いないことです。

直接対話による創発性確保という泥臭い方法を距離の制約から解放する試みは今後も継続されるとおもいます。

コンカレントエンジニアリングはインターネット・ウェブツールを介し、地域分散オフィスを連結してバーチャルな大部屋方式で行われるようになります。しかし、創発性を発揮するのは人であることは変わりはなく、フェースツーフェースコミュニケーションとチームビルディングの重要性は不変であると思います。米国にもMBWA(Management by Walking Around)という言葉がありますが、この点を衝いていると思います。

さて、一旦設計データが電子設計図書管理システムに入ってしまえば、図― 2のDの特定ベンダーアライアンスのもとにモジュール化したプラントを提案するベースとして使えるようになり、プロジェクトコストの 15−20 %を占めるエンジニアリングコストの節約になります。品質も向上します。オーナーも歓迎しますから、プラントビジネスのパラダイムを転換させる契機となる可能性も秘めております。

 

4.3.3 JIT工法を可能とするプロジェクトスケジュール管理

さてJITを達成させるためには全エンジニア、ベンダー、輸送業者が、採用された工程が要求する機器、資材、設計図書の完成時期を完全に理解していなければならないことになります。理解するだけでなく、実現させるための努力と調整を地球規模で創発的にしやすいシステムが必要となるわけです。

現在はプロジェクトが一元管理するスケジュールツール、電子メール、ファックス、電話などを使って人海戦術で処理しておりますが、インターネットとウェブ技術を利用して分散環境でスケジュールデータを共有できるようになります。エージェント・ソフトが分散サーバーに保管された成果物を確認し、進捗状況を把握するということも可能です。

     

5. 固定価格契約金額がスレッショールド値を下回るときのコストリスクとプログラムのシミュレーション

これまでの論点は定性的な説明が中心でしたが、量的な感覚をつかんでもらうために、本章ではモデル・シミュレーションを紹介します。

 

5.1 モデル・シミュレーションのシナリオ

モデル・シミュレーションのシナリオは以下のように設定いたしました。

需給バランスが供給過剰となって、マーケットが値下げ競争モード (D)に入ったとき、プラントマーケットに追従して値下げしてゆきますと、いずれプロジェクトコストが契約金額を上回るスレッショールド値を越えることになります。担当者がスレッショールド値を下げるよう努力し、リスク回避の努力をしても、スレッショールド値が下げ止り、各種のリスクが次第に顕在化してまいります。

通常大型のプロジェクトは完成までに3年かかり、エンジニアリング工程、ベンダー選定の潜在リスクが工事に反映され、目に見えるようになるのは工事にかかってからです。工事は受注後 2年過ぎてからようやく立ちあがりはじめるため、これら潜在するリスクが見え始めるまでに少なくとも 2年、確定までに3年かかります。

この3年間にマーケットの価格水準が毎年10%下がるとすると仮定しますと、3年間にスレッショールド値の 70%まで低下することになります。ここで、プラントマーケット参加各社がスレッショールド値を越えたことを認識し、各社が値下げ競争に参加しなくなるとプラントマーケットは回復基調 (U)に入ります。

回復基調にはスレッショールド値を越えたことを認識した時点で直ちにスレッショールド値までステップ的に戻るモードが損失を最小にする対処法ですが、マーケットには慣性があり、これを許しません。結果、徐々に戻るモードとなります。

プログラムをプロジェクトA、B、Cの3系統に分け、各系統が順にその年のマーケットファクターで受注すると仮定すると、各プロジェクトラインの予算は表ー2のようになります。

 

表―2 マーケット動向とプロジェクト予算の関係

Year

0

1

2

3

4

5

6

7

8

Quarter

0

4

8

12

16

20

24

28

32

Market Factor on Threshold

0.9

0.8

0.7

0.8

0.9

1.0

1.0

1.0

1.0

Mode

D

D

D

U

U

U

E

E

E

Budget of Project A Line

0.9

0.9

0.9

0.8

0.8

0.8

1.0

1.0

1.0

Budget of Project B Line

1.0

0.8

0.8

0.8

0.9

0.9

0.9

1.0

1.0

Budget of Project C Line

1.0

1.0

0.7

0.7

0.7

1.0

1.0

1.0

1.0

 

回復基調に入ってからも完全回復前に受注したプロジェクトが完成するまで更に5年かかります。以上合計8年間の損失をかなり単純化したモデルでシミュレートできます。

スレッショールド値が不変と仮定した時、潜在リスクに対応する累計損失額を計算できます。

マーケットが値下げ競争モード(D)にあるときは意気消沈し、改善動機も無くなりますが、マーケットが回復基調になれば、意気も次第にあがりはじめます。長期間、厳しい予算で処理しているうちに学習効果で対処法も取得し、スレッショールド値を下げることができるようになります。

スレッショールド値が不変であれば、損失が残ったままですが、多少でも市場価格よりスレッショールド値を下げられれば、損失補填ができます。この程度を定量化してみました。

なおここでは失注プロジェクト見積もり費、要員待機費、コーポレートオーバーヘッドなどはシミュレート対象外としました。

 

5.2シミュレーションモデルの基本仮定

(1)シミュレーション開始年は受注金額が初めてスレッショールド値を下回った年をゼロ年とします。

(2)全てのプロジェクトの受注から完成、クローズアウトまでの期間は3年と仮定します。

(3)表―2の値下げモード(D)での受注価格変化をスレッショールド値からの値引き率で表示すると、

(4)表―2 の回復基調で徐々に戻るモードの受注価格変化をスレッショールド値からの値引き率で表示すると、

(5)一旦受注したらプロジェクト完成まで予算は変わらないとします。入金総額は受注金額と同じです。マーケットファクタで規定されたプロジェクト予算を時系列上で表示すると図―3のようになります。

 

図―3 マーケットファクタによって規定されたプロジェクト予算

fig3.gif (9941 バイト)

 

(6)下記潜在リスクコストを百分率で表示します。

  • 工事予算不足が工事コスト増に跳ね返るリスク:(C on C)

  • 定売上高モデルですので、低価格では負荷が増し、リソースの質が低下し、プロジェクト全体にあたえるリスク: (Q on Project)

  • (7)EPC各アクティビティーの支出増額は下記の複利計算で算出します。

    E Cost up = (1+(E on E)/100) x (1+(P on E)/100)

    P Cost up = (1+(E on P)/100) x (1+(P on P)/100)

    C Cost up = (1+(E on C)/100) x (1+(P on C)/100) x (1+(C on C)/100)

    EPC各コストアップを図―4の各アクティビティーの負荷曲線に応じ配分します。

    (8)最も粗いワークブレークダウンストラクチャー( WBS)であるエンジニアリング( E)、調達(P )、工事(>C)各アクティビティーのコスト配分は、

    と仮定します。

    (9)Q on Projectはプロジェクト全体にフラットに配分するモデルとしました。

    Project Cost up = (1+ (Q on Project) /100) x

    (0.15 x (E Cost up)+ 0.6 x (P Cost up) + 0.25 x (C Cost up) )

    (10)(7)および(9)の式から EPC各アクティビティーの潜在リスクおよびコスト増は表― 3の通りとなりました。

     

    表―3 EPC 各アクティビティーの潜在リスクおよびコスト増

    Market Factor

    0.9

    0.8

    0.7

    E on E (%)

    2

    4

    6

    E on P (%)

    2

    4

    6

    E on C (%)

    1.3

    3

    5

    P on P (%)

    2

    4

    6

    P on C (%)

    2

    4

    6

    P on E (%)

    1.3

    3

    5

    C on C (%)

    2

    4

    6

    Q on Project (%)

    0.5

    1.5

    2.9

    E Cost up (fraction)

    1.04

    1.082

    1.124

    P Cost up (fraction)

    1.04

    1.082

    1.124

    C Cost up (fraction)

    1.047

    1.103

    1.169

    Project Cost up (fraction)

    1.047

    1.103

    1.168

     

    この表で見られるごとく、E、P、Cはそれぞれ関連していますので、単独のリスクが数%でも複合リスクは最大17%に増幅します。小さなエンジニアリングコストを節約するとかえって傷を大きくすることがお分かりいただけると思います。

    ファンクショナルエンジニアが認識できるのはEonE、 EonP、 EonC、 PonEまでで、これが複合して17%にも増幅することが見えません。Eの作業にただちに反映できないのです。

    (11)全てのプロジェクトのEPC各アクティビティーの負荷曲線は同じで図―4に示すとおりです。(8)のEPC各アクティビティー間のコスト配分からプロジェクト負荷曲線も計算できます。(図―4の山積曲線4)ここでプロジェクト管理業務はエンジニアリングに入れてあります。(図―4の山積曲線 1)

    図―4 プロジェクト EPC負荷曲線

    fig4.gif (11271 バイト)

    この負荷曲線を積分すれば、プログレスを示すSカーブが得られます。これを図―5に示します。

     

    図―5 プロジェクトEPCプログレス曲線

    fig5.gif (12061 バイト)

     

     

    5.3>スレッショールド値不変時の累積損益曲線

    スレッショールド値が市場価格より低減出来ない時の累積損益曲線を求めてみます。ここでの前提は:

    (1)毎年スレッショールド値換算で3 billion $相当(この数値は本質的な意味は持たない便宜的なもの)のプロジェクトの受注をすると仮定します。

    (2)年収入はそれぞれの受注金額をEPCのコスト配分と負荷に従い入金すると仮定します。

    (3)支出は(2)の年収に表ー3のEPC潜在リスクとリソース品質低下リスクをEPCのコスト配分と負荷に従い配分したものを加算したものです。

    (4)8年間、スレッショールド値が不変とします。

    累計損益曲線を図―6の曲線5、各プロジェクトの入金と出金曲線は図―6の曲線1−4に示します。

    受注金額がスレッショールド値を越えて下がっても、2年間は累計損益曲線に現れてきません。

    累計損益曲線は1 billion US $相当、すなわち年間受注額の1/3だけ下がったまま安定します。

     

    図―6 スレッショールド値不変時の累計損益曲線

    fig6.gif (20343 バイト)

     

     

    5.4 スレッショールド値低減時の累積損益曲線

    動機付けや学習による知識集積効果によりスレッショールド値が市場価格より下回る時の累積損益曲線を求めてみます。ここでの前提は:

    (1)動機付けと知識集積効果により8年間で達成できるスレッショールド値の低減の最大値を 10%とします。

    (2)動機付けについては、マーケットが値下がりを続ける期間は毎年動機が低下し、上昇に転ずると毎年向上するとします。動機がスレッショールド値を低減させる効果は次第に飽和するとします。この様子を図―7に示します。

    図―7 動機付けのコスト低減効果

    fig7.gif (11886 バイト)

     

    (3)負荷が増せば、知識は集積します。知識集積効果によるプロジェクトAラインのコスト低減の様子を図―8の曲線 3に示します。知識集積速度は集積知識が増すに従い増加します。その割合は知識集積速度の10%程度と仮定します。(図―8の曲線4)スレッショールド値を低下させる効果は次第に飽和するとします。

     

    図―8 知識集積効果によるプロジェクトAラインのコスト低減

    fig8.gif (14492 バイト)

    (4)スレッショールド値低下に与える動機と学習の割合は不明のため、図―7の動機付け効果の 20%と図―8の知識集積効果の 80%の加重平均をコスト低減ファクタとして図―9にしまします。

     

    図―9 コスト低減ファクタ

    fig9.gif (10493 バイト)

    (5)表―3の潜在リスクは同じとします。

    累計損益曲線、各プロジェクトの入金と出金曲線は図― 10のようになります。

    累計損益曲線は2年間は不変ですが、3年間下がり続け、最大0.5 billion US $下がって下げ止まり、3年で元に戻る都合8年のサイクルを描きます。

    動機付けと知識集積効果の貢献度を同じとしても、総合コスト低減度が同じなら大きな差は出ません。

     

    図―10 スレッショールド値が市場価格を下回った時の累積損益曲線

    fig10.gif (19336 バイト)

     

    6. コスト低減策飽和の早期発見法

    第1章でも述べましたが、スレッショールド値はプロジェクトに固有のものであり、認識が難しいもので、後知恵でそれとわかるものです。

    マーケット動向に追従して固定価格契約の受注金額を下げて行くとき、価格が担当プロジェクトチームのスレッショールド値を下まわっても、そのリスク回避困難な事態が見え始めるのに少なくとも 2年、確定に3年かかります。この間、コスト低減策がプログラム管理の基本方針となり、マーケット離脱の方針が出るのに時間がかかりますので、受注金額のオーバーシュートが生じます。自動制御理論でいう無駄時間に起因する振動現象は世界のプラントマーケットで約10年サイクルで繰り返されてきたことは皆様もご存知のとおりです。スレッショールド値の早期発見と対応処置をとることがいかに難しいかを示しております。

    「見えないリスクやボトルネックを発見できるプロジェクトマネジャーの能力こそプロジェクト成功の秘訣である」などという言葉がありますが、プログラムマネジャーにこそ必要とされる能力です。この言葉は真理ですが、危機管理を個人の能力に置くことはシステムとして脆弱です。スレッショールド値の早期発見と対応はプログラムマネジメントシステムに手法と制度として組み込んでおく必要があります。

    シミュレーションでもわかる通りEやPを早めれば、損益曲線に多少影響がありますが、ムダ時間が無くなるわけではありません。

    BS 7000 Design management systemsに図―11設計またはエンジニアリングによって定義されるコスト曲線と実際に使われるコスト曲線が紹介されております。累計損益曲線は実際に使われるコストの集積です。従ってスレッショールド値の早期発見は設計またはエンジニアリングで定義されるコスト曲線をいかに早期に吸い上げるかといことにつきます。

     

    図―11 設計によって決まるコスト、実際に支払われるコスト

    fig11.gif (7827 バイト)

     

    図―11と図―5とは完全に同じではありませんが、相似の関係にあることに注目しましょう。設計またはエンジニアリングとはコントラクタが直接担当するもの以外にアウトソーシングされる外部設計サブコントラクタ、機器ベンダー、工事コントラクタが行う設計またはエンジニアリング、積算も含みますので、図―5のEとPの設計部分の混成曲線が図―11の設計またはエンジニアリングで定義されるコスト曲線に、図―11の実際に消費されるコストは図―5のPとCの混成曲線にほぼ相当するでしょう。

    1世紀前の米国の工場で働いていたインダストリアルエンジニアが考案したアーンドバリューは1962年に米空軍のミニットマンミサイルの開発プログラムに適用されました。1967年、兵器開発、購入の標準管理手法として、兵器開発、購入の標準管理手法としてDoD Instruction 7000.2,"Performance Measurement for Selected Acquisitions"として標準化されました。別名、35 Cost/Schedule Control Systems Criteria (C/SCSC or C/S2)とも呼ばれております。これはその後、1991年に改訂されDoD Instruction 5000.2となっております。簡略化してEVMS と呼ばれます。(参考文献1,2)(www.acq.osd.mil/pm/)

    PMBOKもEarned Valueに言及しておりますが、C/SCSCのうちのほんの一部BCWS(Budgeted Cost of Work Scheduled)や>BCWP(Budgeted Cost of Work Performed = Earned Value)にふれている程度です。

    しかしEVMSはより広いプロジェクト管理法を含んでおります。EVMSはワークブレークダウンされた各アクティビティー(ワークパッケージという)の達成品質はその都度、規格を満たした程度として当該ワークパッケージ進捗度や当該ワークパッケージのコスト増として反映して報告するとともに、当該ワークパッケージの達成品質が将来のダウンストリームにどのような影響を与えるかとの予測もして予算の変更をすることになっております。

    EVMSは実費清算契約では必須な手法ですが、固定価格契約では顧客に要求されないこともあって日本では普及しておりません。契約金額の1%に相当するコストが余計かかるため米国でも適用例は米国政府系プロジェクトなど限られております。

    しかし、EVMSは固定価格契約環境下でも内部管理には有効となります。設計によって定義されるコストを吸い上げるメカニズムとなり得る可能性を秘めております。

    プロジェクトマネジメントの英国規格BS6079にはEVMSやPMBOKが定義するワークブレークダウンはPMにとってアカウンタブルなタスクレベルまで分割せよと言っております。

    BS6079やEVMSの言うところはプロジェクトをアカウンタブルなサイズへワークブレークダウンしてワークパッケージを定義し、ワークパッケージのベースラインの確定とワークパッケージ担当者へのアカウンタビリティーの付与を行うことです。ここでアカウンタビリティーという言葉は日本では説明責任と訳されておりますが、原語はもっと広く、ウェブスターを繙くとアカウンタブルとは実施可能な、指揮可能な、責任とることが可能なという意味があります。

    アカウンタブルなワークパッケージへ分割して積み上げ方式で積算し、契約金額と対比してスレッショールド値の早期発見をすることが可能となります。

    積算時でも、実施時でもプロジェクトマネジャーおよびワークパッケージのリーダーに対するアカウンタビリティーの付与をします。積算時は価格設定に関し、実行時には実行可能なコンティンジェンシー枠を持つ予算の要求と執行責任の付与が重要となります。ワークパケージのリーダーやプロジェクトマネジャーは実行可能な予算を要求する責任があります。納得できないものを引き受けると前章でも説明したとおり、かえってコストアップリスクを背負い込み、モラルハザードも生じるからです。

    ワークパッケージ毎に定められたマイルストーンでプログレス、予算・実績対比によるトレンド管理をおこない。設計またはエンジニアリングによって定義されるコスト予測を常に反映させることによりスレッショールド値の早期発見とプログラム管理へのフィードバックを行うシステムが考えられます。

    前述のように設計またはエンジニアリングには工事サブコントラクタのベースラインが確定して固定価格契約が締結された時のフィードバックも当然含みます。ここが重要なポイントで、設計またはエンジニアリングはコントラクタの設計部隊が担当するものは一部に過ぎず、ベンダーの機器設計、工事サブコントラクタの工事計画・積算・契約といった一連のアクティビティーを含むということです。

    このような予測システムにより万が一、スレッショールド値を割り込んだことが判明したならば、プログラムマネジャーは本論稿、第5章の表―3のような潜在リスクによるコスト増も予測に算入して安全を期す必要があります。

    以上はシステムによりコスト予測する方法です。EVMSは余計なコストがかかるようにみえますが、この概念を簡略化して適用すれば、追加コストを正当化することができる点があるはずです。

    この予測システムを稼動させるのはワークパッケージのリーダー、プロジェクトマネジャー、プログラムマネジャーであり、それぞれが担当するレベルでMBWA(Management by Walking Around) を実施し、トレンドを感じとる泥臭い方法と併用して不測の事態を防止します。

    EVMSの発祥の地ボーイング社では民間航空機部門が1998年に巨額の損失を出しました。対策としてはDoD部門でEVMS管理法に習熟した人が民間部門のトップマネジメントに転籍することになったそうです。

       

    7. あとがき

    本原稿のヒント提供され、また査読され、コメントを寄せられた社内外の多数の方に感謝します。

     

    参考文献

    (1) Wayne F. Abba, "Beyond Communication with Earned Value", PMI 26th Annual Seminar/Symposium 1995

    (2) Wayne F. Abba, " Earned Value Management", PMI 27th Annual Seminar/Symposium 1996

     

    添付資料

    1999年5月19日 エンジニアリング振興協会/日本プロジェクトメネジメントフォーラム共催プロジェクトマネジメントシンポジウム'99エンジニアリングトラック発表論文です。発表後加筆訂正したものです。特に図はカラー化しました。巻末にHigh Performance Systems社のダイナミックシュミレーター iThink (Stella) で作成したモデルのフローチャート図を添付します。

    iThink (Stella)は1992年発表の炭酸ガス排出削減に関する世界シミュレーションで使ったツール、およびローマクラブのリポート「成長の限界」作成に使われたJ.W.フォレスター教授開発のダイナモと同系統のシステムダイナミックス用ツールです。(Book Serial No.423)

    model.gif (99162 バイト)


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