技報July 1993 別冊環境特集Part-2論説欄掲載

エネルギーの選択その後

グリーンウッド

1. はじめに

1991年の1月に発刊された本技報の環境特集号において「エネルギーの選択」というテーマで炭酸ガス排出量を減らすという観点からエネルギーの転換問題を総論的に論じさせてもらいました。

編集者から「一年も経過したし、ブラジルの環境サミットもあったことでもあり、その後の環境問題の展開を踏まえ、環境特集号第2弾を放ちたい。ついては先の論文の線上でエネルギー問題を更に展開して欲しい」との依頼をうけました。

環境に関しては環境情報バブルといってもよいほど沢山のメディアが環境問題をとりあげ、情報過多となり、多少食傷気味であります。グリーン派の方々はあるいは食傷気味とは不謹慎といわれるかもしれません。しかしここでいう情報過多とは同じ情報が何度も引用され、もはやオリジナルな情報とエコーのように反射されている情報との区分けをするのも困難になってハウリングしている状態をいいます。このような状況下で賢明な読者の方の目を引く論文を書くにはもはや修辞だけでは困難で、オリジナルな情報を発信するものでなければならないと考えております。

一年前の「エネルギーの選択」はこのようなハウリング状態の情報群のなかから論者の経験から判断して確からしいと思われる情報をひろいあげて整理してみたつもりです。久しぶりで読みなおしてみて、論じられていない問題はありますが、取り上げられた個別の論点でまちがっていたと思われることはありません。しかしエネルギー問題はことなるエネルギーが複雑にからみあっており、個別の論点が正しくともシステムに組み込まれれば別の結論が良いということがしばしばあります。書斎でパイプをくゆらせていてはこのところが見えてまいりません。汗を流す必要があります。そこで一大決心をして日本のエネルギー・システムの数理モデルを作り、このモデルを使って、諸般の制約条件下での炭酸ガス排出量削減を最低コストでおこなう最適解を求めてみることにしました。そしてこの結果を紹介してみようと思いたちました。

本論文のコストは数か月の週末の安息の時と家族の犠牲と等価であり、それ以上ではありません。モデル作りの過程とその結果は本人にとっても発見の連続で、勉強させられました。結論ははじめ直感で考えたものとは違うものでした。この違いがなぜ生じてくるのかも考察したいと思います。

このささやかな成果がコスト以上の価値があることを希望し、読者諸兄の今後の思考のご参考になることを期待します。

 

2. なぜ炭酸ガス排出抑制が重要か

炭酸ガスと温暖化との関連は真鍋博士の放射対流平衡モデルで理論的に予測され、測定データもこれを裏付けているのでここでとやかく論ずるつもりはありません。

それで温暖化したらどうなるのという疑問を整理してみました。結果は図 2-1の選択肢の温暖化への適応という分肢に示しました。温暖化がクローズアップされるようになった初期のころよくいわれた「海面の上昇」という予測にたいする我々の率直な感想は、「オランダを見習えば良い」ということで、あまり深刻に考える人は少なかったようです。

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しかし現在ではも少し温暖化の理解が進んでおります。東京大学気候システム研究センタの松野センタ長によれば「赤道付近の熱対流が盛んになるため、赤道付近で上昇した気流が下降する高気圧帯が北上し、中緯度国で現在よりも乾燥化するだろう」と予測されております。日本に関しては夏期だけ北上する小笠原高気圧に年中居座られるわけで、水不足が最も深刻な問題となりましょう。日本の最大の資源の一つである雨がなくなるのですからこれは日本にとって深刻です。中近東諸国で水のほうが油より高価な現実がありますが、日本がこの仲間入りするのかと思えばその深刻さがわかります。「世界の食料供給地である米国は砂漠化し、カナダやロシアは穀倉地帯になる」と予想されております。国家の盛衰に連なる深刻な事態です。「人類全体としても国家を越えてカナダやロシアの地が世界の食料供給地となるように、そのインフラストラクチャーの整備が課題となることでしょう」とのことです。1)

1920年代にユーゴスラビアの数学者ミランコビッチが地軸の傾きの経時変化が氷河の生成と退潮の原因として以来、この説が信じられてきました。しかし昨年の夏、米国地質調査局のウィノグラッドが、「地球軌道の変動周期と氷河期の周期は一致していない」ことを発表してから「温暖化は氷河期への突入のきっかけとなりうる」とのハマカーの逆説的理論が説得力をもってまいりました。高緯度国では水分不足で雪も降らなかったのが、降雪帯が北上するため、雪が蓄積し、地球のアルベドが減少して急激に氷河期がくるとの説です。2) ・・・・復刻版注「アンガードライアス寒冷期」

地球の熱平衡の方程式には二つの解があり、「一つは現在の気候で、もう一つは真白な地球である」とは前からいわれていたことでありますが、ハマカーの逆説的理論ではこの白い解に入るきっかけに関しての解答はしているものの、なぜ元にもどるのかには説得性のある解答はだしておりません。

いずれにせよこのようなことが専門家によって危惧されているのです。ヒマラヤ山脈などの高い山脈によって水が断たれない大西洋の北部すなわちヨーロッパ、カナダがこの被害を最も受けるといわれます。一方で穀倉地帯になるといい、他方で氷河がくるといい、どちらを信じてよいかまだくわしくはわかっておりません。

さて「地球はタフだからみえざる神の手にゆだね、何もしなくてもガイヤたる地球は平気である」というラブロックの有名な著書をたてにズルをきめこむガイヤ主義をとることもあるいは一つの英知であるかもしれません。

太古の生物が光合成で炭酸ガスを還元して溜め込んだ化石燃料を我々が掘り出して使い始めたのが大気中の炭酸ガス量が増えている主因と信じられており、我々は多少の罪の意識をもってこれを認識しております。

しかしトーマス・ゴールド著の「地球深層ガス」によれば、「そもそも生物由来の化石燃料があったとしても極く小量である」としております。3) この説によれば、「脱ガスにともない地中から出てきた炭素には火山活動などで噴出した酸化状態の炭酸ガスと熱を伴わず隙間から漏れでてきた非酸化状態の無機生成の炭化水素があり、炭酸ガスの一部はカルシウムやマグネシウムの炭酸塩として岩石中に固定され、残りは光合成で酸素と炭化水素になった。この生物由来の炭化水素のほとんどは再度酸化してしまって化石炭化水素にはならなかった。いっぽう、非酸化状態の無機生成炭化水素が地表に達するまでの通り道に集積したものが天然ガス、石油、石炭で、集積されず大気中にでた非酸化炭化水素はすべて酸化され炭酸ガスになった。この通り道は常時酸欠状態のため、化石などが良く保存されているにすぎない」ということになります。たまたま石油には光学異性体やポルフィリンなど生物由来物質とおもわれるものや石炭には化石が含まれていたため、すべてが生物起源と早合点して化石燃料とよばれるのですが、この仮説によれば「原因と結果が逆転している」ということになります。ポルフィリンですらバナジウム錯体ですので無機的に合成されたとしております。「地球深部からの無機生成炭化水素の供給が現在も継続していなければ、約1万年で大気、海洋を含む地表上の全ての炭素は炭酸塩として岩石中に固定されてしまう」そうです。そうすると炭化水素で出来ている生物は地表上に生存出来なくなるわけです。われわれも深海で海底から沸き上がる硫黄化合物をエネルギー原にして生息している生物と本質的には差がないことになります。ただこの説の弱いところは「では酸素はどうして残ったのか」が良く説明できないことです。水が紫外線で分解され水素ガスだけ宇宙のかなたにとんでしまったというのでしょうか。

われわれが燃しているのは生物由来の化石燃料ではなく、化石を含んだ無機生成炭化水素ということになりますと現在の大気中の炭酸ガス濃度上昇はそれほど恐れる必要はないのではないかという疑問が生じてきます。いずれは地表に出てくる宿命を持った無機生成炭化水素の、その移動量を人間が地面に穴をうがち加速させただけにすぎないからです。過去にもしてきたようにガイヤたる地球はこの炭素を岩石として固定してしまうはずです。これがガイヤ主義があるいは正しいのではないかとおもえる理由です。

この理論が正しければ恐れるどころかむしろ炭化水素資源量特に深層天然ガスにたいする期待感がでてまいります。日本でも根源岩のない新潟のグリーンタフ層に天然ガスが発見され、当社もこの開発に参画した経験がありますが、この事実がなによりの証拠ではないでしょうか。

ゴールド仮説が正しいとしても、ただ良心の呵責がなくなるだけのことです。現実に大気中の炭酸ガス濃度が増えているのは事実ですから我々人類はこの地球が自律的に持っている炭素移動速度を少し速め過ぎてバランスをくずしているといいかえることができるのかもしれません。この他にも、なんらかの未知の原因で温暖化が先にあり、結果として地表の炭化水素の腐敗または酸化速度がまして炭酸ガスが増加しているのではないかともかんがえられます。このように全てが仮説のうえに成り立った予測ですのでこのままでは論点が拡散してしまって前に進めません。これ以後は炭酸ガスが温暖化の主因であると仮定して議論をすすめます。

気候が変わって困るのは地球ではなく我々自身でありますから、図 2-1のように温暖化に適応するか人口的に地球環境を制御するかという選択肢のいずれかをとることになります。

温暖化に適応することはそのような事態になってからとる手段ですから、フィードバック的アプローチであり、安易な道であります。我々の子孫は悲惨な状態になりながらもなんとか対応しようとするでしょう。結果はわかりません。

子孫に悲惨な状態を残したくなければ事前に手をうって温暖化をさけるしか方法ありません。しかし困るのは我々の数世代あとの子孫であり、我々自身でないため、親身になりにくいのも事実です。

人口的に地球環境を制御することは予測制御ですので、まず予測への信頼性問題があります。まちがった予測に従ってまちがった対策をしてはむだであるだけでなく、かえって事態を悪い方向へもっていってしまうことすらありえます。さきにも言及しましたように温暖化予測すらそうです。神に対するぼうとくではないかとさえ言う人がでてきそうです。次に予測が正しくてもどのような策を講ずるかにも多くのオプションがあり、世界的合意はもちろんのこと、国内的にもそれぞれの立場でとるべき対策はことなり、かなりむずかしい問題です。

地球アルベドの人為的制御はサイエンス・フィクションに近いアイディアのため検討外としました。

大気中の炭酸ガスの固定法としての植林は化石燃料使用にたいする贖罪的行為として人々の心を揺り動かすものがありますが、伐採した木材の非燃焼的、非腐敗的、永久保存的利用をともなわなければ意味がないわけです。量的には多くを期待できませんので採用しませんでした。

残る可能な方法はやはり化石燃料は使うが炭酸ガスは大気に出さないという、炭酸ガス排出抑制ということになるわけです。炭酸ガス排出の主要な要因は炭化水素燃料(化石燃料と言う言葉は今後使いません)の燃焼的利用によるものですから、これをなんとかしなくてはいけないことになります。本論文のテーマもこれにしぼります。

 

3. 炭酸ガス排出原因抑制策について

さて炭酸ガス排出抑制もその原因を元から断つやりかたと、石炭など炭素の塊のようなどうしようもない炭化水素燃料から炭素を抜くか、燃焼後、発生した炭酸ガスを除去してどこかにしまっておくという2通りあります。

前者の炭酸ガス排出原因抑制策は図 3.1-1に、また後者の炭素または炭酸ガスの除去/埋葬策を図 3.2-1に夫々示してあります。図 2-1でもそうですが、以後図 3.1-1図3.2-1で各種の選択肢について論じますが、本論文の目的である数理モデルに組み込むことにしたオプションは太めの矢印と角をまるめたタグで示しました。

3.1 炭酸ガス排出原因の抑制 (図3.1-1)

非炭化水素燃料への転換はもっとも確実なものです。現在主力のウラニウム235の分解炉がその主力です。日本国家の政策の目玉ですのでこれをモデルにいれます。発電関係のデータ類はすべて資源エネルギー庁の公表データを使っております。

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プルトニウム増殖炉は世界的にはグリーン派の批判の的となっていることはみなさまご承知のとおりです。まだ実証されたとはいえませんし、コスト・データも公表されておりませんので採用しませんでした。

太陽エネルギー利用のオプションのうちでは太陽電池による分散発電がそのハイテク性からみて最も期待のもてる代替案です。コスト・データや寿命がわかっておりますので、採用しました。ただ現時点でのデータで今後安くなる予測は入れてありません。光触媒によるメタノール合成などは太陽電池についでチャレンジすべき研究テーマのようにみえます。しかしまだ理論的可能性が指摘されるだけで、実用になる触媒を作ることに成功した人はおりません。このほかのオプションについては既に「エネルギーの選択」で論じた理由で不採用としました。

低炭素含有燃料すなわち石油とほぼ同程度の埋蔵量のある天然ガスの利用はLNG、CNG(圧縮天然ガス)、ANG(吸着天然ガス)、天然ガスよりのメタノール全て採用しました。

高効率化はエネルギー変換効率の向上と末端ユーザーの利用効率向上とがあります。エネルギー変換効率向上のうち複合発電は実用化されており、いまさら検討の必要がありません。燃料電池、とくに熔融炭酸塩は炭酸ガス濃縮効果があり、有望な技術ですが、まだ研究開発中でコストが不明のため、除外しました。熱併給は環境温度に近い低レベルの排熱の有効利用を目的とするものですが、エクセルギーが低く、経済的に成立させることは至難の技と考えるゆえにボツとしました。

末端ユーザーの利用効率向上としては沢山あります。建物の断熱材の厚さ増加、OA機器、主としてレザープリンタの省エネなどきりがありませんので電気自動車とCNGのみをモデル化しました。電気自動車は熱効率のよい発電所で動力に変換ずみの電気エネルギーを使うため、負荷変動のはげしい状況下で使われる内燃機関の約2倍の熱効率がきたいでき、大型のバスなどでは制動時に運動エネルギーを熱にせず、電力として回収再利用可能なためです。末端ユーザーの利用効率向上を促進させるために消費部門炭素税の導入が議論されておりますが、この効果をみるために電気自動車と炭素税の関係をさぐろうというわけです。

エネルギーの転換以外で現在国の最重要課題となっている末端ユーザーのガマンによる節約、産業構造転換、人口、経済成長の抑制または停止に関してはエネルギーの転換シナリオのオプションの優劣またはそのベスト・ミックスをさがすという本論文の目的とは直接の関係がありませんので数理モデルにはふくめません。

だそくですが、産業構造転換は隣の国にエネルギー多消費型の産業をゆずるという考え方ですが、一見よさそうに見えても隣の国も同じ地球上に有るかぎりなんら解決にはならないことに着目する必要があります。隣の国が日本のように高効率システムを持っていないとか、コスト低減のため高効率システムを採用する意志がないばあいは、むしろ事態を悪くすることすらあります。

エレクトロニックス、自動車製造業などのハイテクは日本に適しているのでこれを伸ばし、化学工業などのエネルギー消費型の装置産業は発展途上国に移せば良いと一般に考えられているようですがこれは全く歴史の必然を理解していないものと云えましょう。

エレクトロニックス、自動車製造業は組立産業ですので自動化率は20%位がせいぜいであり、安価な労働力のある発展途上国に適しております。これら産業がヨーロッパ、米国から日本を経由して今まさにアセアン諸国にその生産拠点が移行しつつあることからこれが読みとれます。いわゆるファブレスという概念は安い労働市場を求めて生産拠点を移動させることを意味しております。

一方、自動化率が100%に達する装置産業などはファブレスの概念の適用の必要はなく、新物質開発力のあるヨーロッパ、米国に依然居座りつづけているという事実からエネルギー消費量が産業立地のキーではないということがおわかりいただけると思います。

空洞化させるべき産業とそうでないものとをまちがえないようにしたいものです。

 

3.2 炭素または炭酸ガスの除去/埋葬について(図 3.2-1)

炭酸ガス排出原因抑制策案には炭素の塊のような石炭の利用はまず真っ先に否定されます。しかし石炭の埋蔵量は石油の何倍もあります。これを生かす方法を図 3.2-1に整理しました。石炭は炭素の塊のようにはみえますが、水素/炭素元素比は約 0.81です。重油の1.45、天然ガスの4と比較すれば、重油の約半分、天然ガスの1/4です。資源量は多いわけですから炭素だけ抜いて水素だけ利用しようというアイディアがでてくるわけです。

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1992年3月アムステルダムで開催された第一回炭酸ガス除去国際会議 4) でブルックリン国立研究所のスタインバーグ教授がハイドロカーブ・プロセスとメタノール合成を組み合わせるというアイディアを紹介しております。3)このハイドロカーブよりのメタノールをここではハイドロ・メタと呼ぶことにします。ハイドロ・メタは火力発電プラント、自動車燃料、産業用や民生用燃料の何にでも使えます。副産する純粋炭素微粒子はCWM(炭素ー水混合物)としてタンカー輸送できます。したがってハイドロカーブ・プラントの立地は石炭の産地ということになります。このCWMはデーゼル・エンジン燃料としても使えるものだそうですが、炭酸ガス排出量削減には役に立ちませんので次に述べます酸素吹き発電に使うこととしました。

酸素吹き発電の排煙は炭酸ガスと水蒸気の混合物ですから、圧縮して冷却するだけで水が簡単に分離でき、液体炭酸が比較的低コストで得られます。この液体炭酸を深海に埋葬するのは検討の価値があるのではないかと考えました。特に日本には日本海溝という有利な条件がありますので、これを利用しようというものです。ゴールド仮説のように日本海溝のなかで炭酸カルシウムになってくれればシメタものです。ただすてるのではなくメタン・ハイドレート層に液体炭酸を注入して天然ガスを生産することも提案されておりますが、まだデータ不足ですので省略しました。

酸素吹き発電は「エネルギーの選択」でも燃焼後の炭酸ガス分離方式としては最も有望と予想しましたが、第一回炭酸ガス除去国際会議でも複数の発表者が酸素吹き発電は吸収式、吸着式、膜分離のいずれよりも優れていると報告しております。5)

天然ガスのスチーム改質と部分酸化経由のメタノール製造プロセスをこのハイドロ・メタと比較する目的で加えました。これよりのメタノール製品をガス・メタと呼ぶことにします。

石炭の部分酸化とシフト反応によるガス化により水素をつくり、炭酸ガスは吸収法で分離液化して深海に埋葬することもモデルに加えました。これを石炭ガス化水素プラントと呼びます。水素は発電用、産業用の重油や石炭の代替につかいます。石炭の産地に立地するとパイプライン輸送がつかえず、水素の液化が必要となります。検討するまでもなく石炭輸送の方が安価ですので、ガス化プラントの立地は日本になります。

シフト反応を省略して水素と一酸化炭素を膜分離し、一酸化炭素は酸素吹き発電に水素は通常の火力発電に使うアイディアも第一回炭酸ガス除去国際会議で提案されておりましたが、膜分離はかならずしも経済的ではないので将来の検討事項としました。

 

4. 数理モデルのベースとなるエネルギー流れ図

以上説明した考え方で検討の価値あると判断した選択肢を組み込んだエネルギー流れ図は図 4-1に示されております。このエネルギー流れ図は資源エネルギー庁発刊の俗称アカ本といわれている日本のエネルギー収支表を基本にして、これに前述の新プロセスを組み込みました。

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右にある3つの産業、運輸、民生部門ブロックが最終消費者をあらわしております。ここで燃料は全て炭酸ガスに変わります。石化用ナフサ、潤滑油などの非エネルギーは炭酸ガスをださないとしました。残りのブロックは全てエネルギー変換プロセスです。

火力発電は自家発電やコジェネレーションも含みます。石炭ガス化プラントが必要とする炭酸ガス液化用の動力もここでまとめて発電するものとします。

数理モデルを適当な大きさにするため、ガソリン、ディーゼル油、ジェット燃料灯油などは全て留出油としてくくってあつかうことにしました。

天然ガス、LNG、CNGは全てC1で表示してありますが、純粋メタンとしてではなく、代表的な混合物としてあつかっております。

水素は都市ガスがメタン・ベースになっており、発熱量がちがいすぎますので、専用のパイプラインの敷設を前提としました。

ハイドロ・メタ・プラント副産のCWMは石油コークスと同じ組成と仮定してまとめてエネルギーバランスと炭酸ガス発生量などの計算をすることにしました。

熱供給業はいまだ規模も小いため、単純化するためはぶきました。

 

5. エネルギー・システム・モデルの記述

エネルギーは全てPJ(ペタ・ジュール:10の15乗ジュール)で表示します。水素、メタノール、天然ガス、重油、石炭など異なる性格を持った17種のエネルギー・フローのそれぞれが、燃焼したときに発生する炭酸ガスの発生量(本論文では全て炭素ベースで表示する)は図 5-1に示したものを使います。天然ガスに含まれている炭酸ガスとかウラン精製に間接的に使われる炭化水素燃料消費に伴う炭酸ガス排出量もモデル化してあります。ただ装置などを作るエネルギーに関する炭酸ガスは産業用、民生用、運輸用消費に分散して含まれているものとしました。

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エネルギー転換プロセスの転換効率は主としてアカ本より逆算しました。各種の発電方式に関する転換効率、所内率、建設費、稼働率、耐用年数、操業費のうち補修費、保険費、諸経費などはエネ庁の発電単価試算の数値をそのまま使いました。操業費のうち人件費、外部用役費、触媒など副資材費はプロセス毎にことなる値を推算しました。

酸素吹き発電とかアミン吸収法の所内率はエネルギー資源学会で電力中央研究所の牧野らにより発表された値を使いました。5)

石油精製に関してはアカ本より得られた各製品の得率を標準として、この重油得率よりシステムが要求する重油が少ない時は重油を軽質化し、逆のときは標準より分解度を下げるモデルとしました。軽質化プロセスの各製品の得率などは水添分解と接触分解と水素プラントの組合わせの値を採用しました。石油製品のうちLPGは不足分を輸入し、留出油と重油に関しては1990年以外は輸出入ゼロと指定します。

製鉄業が必要とするコークスとこれに伴うコークス炉ガス、高炉ガスなどもアカ本より得られた各製品の得率と、所内率を使っております。コークス炉の建設費、耐用年数は日本エネルギー研究所の値をつかいました。

ハイドロ・メタ、石炭ガス化水素プラントの転換効率、所内率、建設費、稼働率、耐用年数、操業費や液体炭酸の海洋投棄、またはガス井注入費などの埋葬費についてはスタインベルク教授の公表値をそのまま使いました。便宜上、金額は全て米ドルで統一しました。換算レートは1ドル125円です。

ガス・メタに関しては日本エネルギー研究所の公表データを使いました。石油精製、天然ガス液化などは社内データをつかいました。

コストを建設費や操業費から算出するために、エネ庁の発電単価試算で使われている耐用年均等化コストを使いました。この均等化コストは定額償却ベースで投下資本利益率(ROI)、固定資産税率、耐用年数より求める未来コストの現在価値総計に資本回収係数を乗じたファクターを建設費に掛けることにより資本関連コストを計算するものです。利益や法人税は含めておりません。8%のROI、1.4%の固資産税を全てのエネルギー転換プロセスに適用しました。操業費のうち補修費は建設費の2.5%、保険費は0.4%、諸経費は2%です。また残存価値はゼロとしました。原子力発電のばあいは廃炉コスト引当金も操業費に算入しております。通常の事故保証以外のチェルノブイリ級の事故を想定した保険は計算にいれておりません。人件費、触媒など補助資材費はプロセス毎に計算し操業費に算入してあります。

エネルギー流れ図に示したエネルギー転換プロセス以外にも、送電網、都市ガス網、タンカー等すべてのシステム構成要素もモデル化しました。

一次エネルギーの購入単価は表 5-1に示した通りです。一次エネルギーのうち天然ガスは井戸元価格が公表されておりませんので多少高めにとってあります。ハイドロ・メタ用石炭は山元で調達し、コークス炉用、ガス化プラント用石炭は輸入ですが、モデルではすべて山元価格で計上し、これに輸送コストを加えております。

表 5-1 エネルギー単価

種類

エネルギー単価

MM$/PJ

<購入資源>    
原油、NGL(CIF)

17$/bbl

2.76
天然ガス(井戸元)

1$/MMBtu

0.39
石炭(山元)

10$/ton(w/ ash)

0.95
ウラン235

0.7$/MMBtu

0.66
<輸入石油製品>    
LPG

2.2yen/1000kcal

4.2
留出油

2.2yen/1000kcal

4.2
重油

1.2yen/1000kcal

2.29
潤滑油   4.2
石油コークス

10,000yen/ton

2.45
コークス   2.45

既存税は石油関税と石油製品税です。炭酸ガス排出抑制のための環境コストの内部化のために消費部門炭素税の導入が論議されております。炭素トン当たり2万円相当の消費部門炭素税の効果をみるために、これもモデル化しました。

モデルはパソコン用のスプレッド・シートExcel-4で作成しました。方程式の数は約750式となりました。

モデルの整合性をチェックするために、1990年のアカ本のトレースをしました。1990年の実績の最終消費量から計算でさかのぼり、一次エネルギー購入量がほぼアカ本の値と一致することを確認しました。炭酸ガス年間排出量も約3億トンとなり、一般にいわれている数値であることを確認しました。プラントすべて時価新設ベースのエネルギー・コスト総額は一次エネルギー購入費と現行諸税を含め2,700億ドルです。1990年の日本のGNPは約31,00億ドルですからGNPの約9%になります。実際の数値はもっと少ないはずです。建設費にはエスカレーションがあるためと、既設のプラントは耐用年数以上使っているものもあるためです。

 

6. 最適化モデル

エネルギー転換の対象は原油、重油、石炭、石油コークスまたはCWM、自動車用留出油燃料です。この転換先は太陽電池、原子力、石炭ガス化水素、ガス・メタ、またはハイドロ・メタ、LNG、CNG自動車、電気自動車です。

この転換シナリオは例えば、産業用重油の水素燃料への転換率を0%から100%の間のいずれかの値に設定することを意味します。この転換率を一つの独立変数とします。既存エネルギーの転換に関する独立変数の数は28個です。電力の太陽電池発電転換率とガス・メタとハイドロ・メタとの比を加え、独立変数の総数は30個になります。

この独立変数のどのような組み合わせが所定量の炭酸ガス削減を最低のコストで達成できるかという山登り問題を数値解法で解くことがこの最適化モデルの目的です。本モデルでは産業間のエネルギー取引価格を表示しないで、日本のエネルギー・システムを一つの目的を持ったシステムとしてあつかうものとします。したがって目的関数はすべての産業のコスト総合計額に一次エネルギの購入費、既存税、消費部門炭素税、を加えたコスト総額です。目的関数にも消費部門炭素税の無いばあいと有るばあいを検討しました。

さて制約条件ですが、まず炭酸ガス排出量があります。1990年の排出量よりX%削減と規定します。30個の独立変数は全て0%から100%の間でなければなりません。産業用や火力発電用の重油、原油、石炭は原子力に転換する、水素に転換する、メタノールに転換する、天然ガスに転換するなどの4通りの組み合わせがありますので、転換元が同一な独立変数の和は100%を越えないとの制約条件が更に必要となります。石油の発電用利用は現状より増加させないというIEAの合意はこの制約条件で自動的に折り込みずみということになります。

酸素吹き発電への転換率と電力の太陽電池発電への転換率は単独で0%から100%の範囲内という制約条件です。ガス・メタとハイドロ・メタとの比も0から1の間に取る必要があります。

重油の軽質化率は従属変数ですがマイナス100%から100%の範囲という制約条件です。

消費部門炭素税を含むコストの最小化のばあいは目的関数値が炭素税の無いばあいの値と同じか少ないという制約がくわわります。

水力発電量、LPG発電量、鉄鋼系コークス消費量、コークス炉ガス発電量、高炉ガス発電量、石油化学用ナフサや潤滑油などの非エネルギの需要は1990年実績のまま一定としました。また留出油、重油などの石油製品輸入量もゼロとしました。

 

7. 最適化ケース・スタディーについて

ケースの定義は次の5通りとします。

ベース・ケース 1990年の実績

ケース-0 炭酸ガス排出量削減率はゼロ

ケース-1 炭酸ガス排出量削減率は10%

ケース-2 炭酸ガス排出量削減率は20%

ケース-3 炭酸ガス排出量削減率は30%

このケース-0は初めの予定にははいっていなかったのですが、ケース-1を求めたところ炭酸ガス排出量を削減したらかえってコストが少なくなってしまうとい常識とかけはなれた結果がでたため、現在のシステムが最適になっていないのではと比較のため加えたケースです。

30の独立変数のうち原子力への転換率3個に関してはパブリック・アクセプタンス上の制約があるばあいを考慮し、これを除いた27個の独立変数の組み合わせについても最適化を試みました。

 

8. 最適解について

本モデルは線形ではありませんので、最適解は数値解法で求めます。スプレッド・シートに付属しているSolverという機能のニュートン法を使いました。数値解法なのでローカルな山に登ってしまうこともあるため、初期値を変えて数回トライして目的関数の一番少ないものを探しました。グローバル解という確証はありません。ケース-3のようにどうしても数値解法では収斂せずやむをえず、マニュアルにて試行錯誤で収斂させたものもあります。

以下に原子力への転換が可能なばあい、即ち、表 8-1に示す最適解として得られた原子力変換率の場合、および原子力への転換が不可能な場合、即ち、原子力の使用を零とした場合に分けて夫々以下に結果の概要を述べます。

表 8-1 原子力への転換が可能な場合の独立変数

独立変数(一部) 1990実績 Case-0 Case-1 Case-2 Case-3
重油発電の原子力転換比 0 0 100 0 100
原油発電の原子力転換比 0 60.2 99.1 0 100
石炭発電の原子力転換比 0 7.1 99.1 0 100

8.1 原子力への転換が可能な場合

(1)ケースー0:炭酸ガス排出量は1990年実績

図 8.1-1に示されているように現行諸税を含むコスト総額は14.8%減少します。投資総額は19.3%増加します。

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産業用と民生用の重油と自動車燃料を全てガス・メタに変換し、重油発電、原油生焚き発電(以後原油発電という)、石炭発電の一部をLNG発電に転換し、原油発電と石炭発電の一部を原子力発電に転換することが1990年実績のシステムより安価なシステムであるということです。ガソリン税、軽油税も関連していると考えられます。

現実には既設プラントの有効利用がありますし、資源の危険分散の要請、原子力アレルギー、メタノール・リンク創出のための巨大な資金をどう調達するかというハードルがあり、これほどドラスチックなポリシーはでませんが、興味ある結論でしょう。

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図 8.1-2にプラント能力を示しますが、留出油と重油の輸入をゼロにしても原油処理能力は1990年実績の半分以下となります。LNGプラントとガス・メタ・プラント能力が石油精製と同規模となります。従って一次エネルギーの内訳は図 8.1-3のように天然ガスが約半分をしめることになります。ちょうど世界の資源量とみあうことになります。

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石油精製では重油の行き先がなくなりますので重油の軽質化率は図 8.1-4のように92%になります。

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(2)ケースー1:炭酸ガス排出量削減率10%

図 8.1-1に示されているように現行諸税を含むコスト総額は11.1%減少します。炭酸ガス排出量をカットしてもコスト総額を減らすことができるわけです。これは現状のシステを最適にしてコストダウンする効果のほうが炭酸ガス排出量を削減するコスト・アップより大きいことを意味します。投資総額増加率は16%増加します。

 

産業用の重油と石炭をガス・メタと都市ガスにかえ、民生用重油と自動車燃料を全てガス・メタに変換します。重油発電、石炭発電、石炭発電を原子力発電に転換します。炭酸ガス排出量カット率10%は原子力の促進だけでは達成できず、メタノール・リンクの創生と都市ガス網の整備が必要となります。

図 8.1-2のプラント能力に示されるように、ケース-0程ではありませんが、留出油と重油の輸入がゼロでも原油処理能力は依然1990年実績の半分以下です。

図 8.1-4に示されるように、石油精製では重油の行き先が減りますので重油の軽質化率は46%になります。

(3)ケースー2:炭酸ガス排出量削減率20%

原子力への転換が可能な場合、ケースー2以外では原子力発電への転換が優先的に選ばれましたが、ケース-2では原子力への転換が不可能なばあいの酸素吹き発電が選ばれました。したがって原子力への転換が可能なばあいと不可能なばあいの区別なく共通の結果となります。

図 8.1-1および図8.2-1に示されているように現行諸税を含むコスト総額は10.7%増加します。投資総額も21.7%増加します。

 

産業用の重油と石炭を全て水素にかえ、自動車燃料を全てガス・メタに変換します。原油発電を重油発電とLNG発電に転換し、重油発電、石炭発電を酸素吹きに転換します。

図 8.1-2および図8.2-2に示されておりますように、原油処理能力は1990年実績の約75%程度です。LNGプラントには変化がありません。ガス・メタ・プラント能力はLNGプラントより多少大きい程度で、石炭ガス化水素プラントが新規に参入してきました。

図 8.1-4および図8.2-4に示されるように、原油発電を重油に転換したため、1992年の半分位の重油の軽質化率で充分というわけです。

(4)ケースー3:炭酸ガス排出量削減率30%

図8.1-1に示されているように現行諸税を含むコスト総額は48.1%増加します。投資総額も124%増加します。

産業用と民生用の重油と産業用の石炭を全て水素にかえ、自動車燃料の90%をCNGに変換し、10%を電力に転換します。重油発電、原油発電、石炭発電を原子力に転換します。

図 8.1-2に示されておりますように、原油処理能力は1990年実績の半分以下です。LNGプラントは約2倍の規模です。ガス・メタ・プラント能力はケース0、1、2ではありましたがここではゼロです。石炭ガス化水素プラント能力がケース-2と同じ程度となります。

図 8.1-4に示されているように、重油発電を原子力に転換したため、ほとんど全てを軽質化しなければならないことになります。

 

8.2原子力への転換が不可能な場合

(1)ケースー0:炭酸ガス排出量は1990年実績

図 8.2-1に示されているように現行諸税を含むコスト総額は13.7%減少します。投資総額増加率は13.6%増加します。原子力がなくても結構良い成果がでることに着目してください。

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自動車燃料をガス・メタに変換し、重油発電、原油発電、石炭発電の全てをLNG発電に転換するものです。

図 8.2-2にプラント能力を示しますが、留出油と重油の輸入をゼロにしても原油処理能力は1990年実績の約60%程度となります。LNGプラントが石油精製と同規模となります。ガス・メタ・プラント能力はLNGプラントの半分程度の規模です。

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石油精製の製品構成は1992年とほぼ同じで重油の軽質化率は図 8.2-4のように1%以下です。

(2)ケースー1:炭酸ガス排出量削減率10%

図 8.2-1に示されているように現行諸税を含むコスト総額は10%減少します。投資総額増加率は9.2%増加します。

自動車燃料をガス・メタに変換し、原油発電を重油に転換し、重油発電、石炭発電の全てを酸素吹き発電に転換するものです。

図 8.2-2のプラント能力に示されておりますが、原油処理能力は1990年実績とほぼ同程度となります。LNGプラントには変化がありません。ガス・メタ・プラント能力はLNGプラントより多少大きい程度です。

図8.2-4に示されるように、原油発電を重油に転換したため1992年と同じ重油の軽質化率は必要ではなく、重油はほとんど分解する必要がありません。

(3)ケースー3:炭酸ガス排出量削減率30%

図 8.2-1に示されているように、現行諸税を含むコスト総額は61.5%増加します。投資総額も154%増加します。

産業用の重油と石炭を全て水素にかえ、自動車燃料の83%をCNGに変換し、17%を電力に転換します。原油発電を重油発電に転換し、重油発電、石炭発電を酸素吹きに転換します。

図8.2-3に示されておりますように、原油処理能力は1990年実績の半分弱程度です。LNGプラントは2倍となります。ガス・メタ・プラント能力はゼロ。石炭ガス化水素プラント能力はLNGの半分程度です。

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図8.2-4に示されるように、原油発電を重油に転換したため、1992年の70%程度の重油の軽質化率で充分ということになります。

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9. まとめ

炭化水素燃料利用が地球温暖化を引き起こすとの予測が正しいとして行なった最低コスト削減方式については下記のように整理できます。

(1)原子力発電は炭酸ガス排出量削減にはコスト的には有効な手段ではありますが、図 8.1-1および図 8.2-1でわかりますように、炭化水素燃料の酸素吹き発電と決定的な差はありません。むしろ原子力への転換が不可能なばあいのほうが投資総額は少なくてすみます。故に原子力なしでも酸素吹き発電と産業、民生、運輸用燃料に水素、メタノール、天然ガスなどの代替エネルギーの導入することで30%位までの炭酸ガス排出量削減は可能であるといえます。

(2)原子力のコストには廃炉コストは積立金として含めてありますが、チェルノブイリ級の事故時の原状復帰費用または保証金などは炭化水素燃料系とくらべて桁違いに大きいはずであり、このようなリスクマネーはこのスタディーにはふくめておりません。特に日本は土地バブルが崩壊したとはいえ、世界一土地が高価ですので、土地が汚染されて使えなくなるリスク・マネーは保険制度ではカバー出来ないのではないでしょうか。このリスク・マネーを組込めば、たぶん原子力は選択されないであろうと考えられます。

(3)原子力代替の酸素吹き発電や石炭ガス化水素プラントでは回収液化炭酸を深海または地中に注入投棄する必要があり、この方法の可否がもっと研究される必要があります。とくに深海での炭酸ガスの挙動、深海での炭酸塩化の促進方法であります。現在炭酸塩が海溝で沈み込むとこの炭酸塩は地下で加熱されて火山などから再びふきだしてきてしまうとの説が一般的に流布しておりますが、ゴールド仮説ではデータを示してそのような事実はないと論破しております。関心のあるかたは原著を参照ねがいます。この方法の欠点としては貴重な石炭資源が早く枯渇するという点がありますが、図 8.1-3および図 8.2-3に示されるように一次エネルギー消費量増はケースー1で約15%、ケースー2で10%、ケースー3で約5%です。

(4)末端ユーザー向けエネルギーに関しては、炭酸ガス排出量削減の要請が低いときは、ガス・メタが選ばれました。ガス・メタそのものは炭酸ガスの削減には役立たないわけですから、ガス・メタが選ばれるのはコスト・ダウンに有効なためと考えられます。特に自動車燃料に必ずえらばれていることから。ガス・メタがコスト・ダウンに有効なのはガソリン税や軽油税が現在のところ無いためとかんがえられます。この現行税は全エネルギー・コストの約10%に相当します。

(5)ハイドロ・メタはメタノール自動車というメリットを考慮しても、コスト的にはCWMの酸素吹き発電は石炭の酸素吹き発電にかなわないため、選ばれないということがわかりました。

(6)LNGは炭酸ガス排出量削減の要請が低いときはガス・メタより排出量削減に有効で、コスト的にも有利です。参考までにすべてLNGに転換するケースを同じモデルで試算してみると炭酸ガス排出削減率は9.2%でした。

(7)炭酸ガス排出量削減の要請が高いときは、石炭のガス化水素が炭酸ガス排出削減に有効です。

(8)炭酸ガス排出量の20%削減までなら、エネルギーコストの上昇は平均約10%以内のコストアップでおさまります。これはGNPの1%以下の値です。

(9)原子力への大々的な転換をした場合、石油精製業へのインパクトは大きく、最悪のばあい、1990年規模の半分以下までの処理規模に縮小し、かつ、全ての重油を軽質化させなければならないことになります。

(10)原油発電は石油の有用成分を無駄につかっており、石油精製に不用な重油の軽質化を強いているところがあります。原油発電だけを重油発電に切り替えたらどうなるか同じモデルを使って試算してみました。比較のためベース・ケースと同じ石油製品輸入をするものとしました。結果はたしかに軽質化率は21%減少しますが、原油処理能力も増え建設費もエネルギー・コストも微増傾向でした。炭酸ガス排出量は変化ありませんでした。

(11)ケース毎に大変異なるエネルギー転換シナリオがでてきたことは、コスト的には僅少差であることを意味しております。コストに加え、エネルギー源分散によるリスク回避など別のファクターも加味して政策をきめてもよいということになります。

 

10.おわりに

日本での原子力は受容されるとしても、発展途上国に原子力利用を拡大することは安全性上不安がのこります。本論文の結論は「原子力に依存しなくとも炭酸ガス排出削減は可能である」でありますが、その前提は「充分なる炭化水素資源がある」こととなります。ゴールド仮説の無機生成炭化水素論によれば、「現在の炭田、油田、天然ガス田の深層には膨大な天然ガス資源が発見される可能性が大きい」とのことです。ゴールド説が間違っている理由としてスエーデンでの旧火口での試掘の失敗をあげる人もおりますが、スエーデンは油田地帯ではないわけで別に不思議ではありません。インドネシアなどでの天然ガス資源の確認埋蔵量が減少しておりますが、探鉱すれば少しずつみつかっているようです。

ゴールド仮説では「メタンハイドレート層の資源量も現在の石油資源に匹敵する」と予想されておりますので、この利用技術の開発もいずれ検討されるでしょう。メタン・ハイドレート利用技術にかんする技術論文検索をすると1980年頃から発表される論文が増加しております。特に米国エネルギー省がスポンサーになっているものが圧倒的です。日本ではようやく一部のひとが提案しつつあるところです。千代田も回収炭酸ガスのメタンハイドレート層への注入、メタン回収の可能性検討でいささかの貢献をしたいと取り組んでおります。

日本が世界に貢献できることは省エネルギー技術、各種エネルギー転換プロセス技術、炭酸ガス回収埋設技術の開発と技術移転は無論のこと、矛盾するようですが、炭化水素資源の探索と開発に技術と資金を提供することではないでしょうか。

 

参考文献

1)第一回伊藤忠シンポジウム、1992.11.12.

2)ニューズウィーク1992.11.26.

3)トーマス・ゴールド著「地球深層ガス」、日経サイエンス

4)Proceedings of The First International Conference on Carbon Dioxide Removal , Amsterdam 4-6 March 1992

5)牧野ら、O2/CO2燃焼によるCO2回収型発電システム、エネルギー資源学会第11回研究発表会講演論文集


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