小保戸(こほと)遺跡

NHKラジオの深夜番組を聞いていたら、縄文時代、信濃の霧ヶ峰周辺や和田峠産の黒曜石が相模原の田名向原遺跡などから出土すると考古学者が言っている。津久井湖の南岸にある津久井城址の南側にある本遺跡はその交易路にあったようだ。

信濃から相模に抜けるには@大菩薩峠→長野原→相模川の北ルート、A笹子峠→相模川の中ルート、B御坂峠→大幡川→朝日川→雛鶴峠→秋山川の南ルートのいずれかで相模と黒曜石と塩を交易したのだろう。

塩は肉食だったころは不要であったが米作の普及で必要になったのである。

  May 26, 2016


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