野沢温泉

2018年の7月8日、急に誘われてミニ「笹の実会」に出席した。女性仲良し4人組みが久しぶりに野沢温泉に集うことになり。アッシー君として長野の宮 沢と依田が誘われ、東京代表として私が選ばれたようだ。前回は2012年の菱野温泉であるから6年ぶりということになる。

男達は80才も近くなると鬼籍に入った者も多く、参加できる人は少なくなっているようで、私も含めてたったの3名である。


第1日

長野駅で東京から新幹線で駆け付けた松島(旧)ともども11:07に 宮沢の車に拾ってもらう。西日本は洪水やがけ崩れの被害は甚大だったが、長野はアルプスに遮られてか大した雨も降らず平安そのもの。人口も減り、製造業も 撤 退してしまっているにも関わらず、農水省の別腹の道路建設予算で建設した広域農道を使って地元住民は高速道路は一切使わず移動できるようになり、快適に美 しい自然を満喫し て いる。

長野市の市街地を北上し、宮沢の浅川の自宅近くを通過して県道60号を北上する。宇佐美沢で新しくできた北信五岳道路豊能ラインに入る。これは広域農道 で、 北信五岳とは飯縄山・戸隠山・黒姫山・妙高山・斑尾山のことですべてが見えるという意味だそうだ。予算は農水省管轄。鳥居川を越えて道な りに進むとトンネルに入る。トンネルを出ると飯山線立ヶ花駅だ。道はすぐ新設のトラス橋で千曲川を渡る。志賀中野有料道路には入らず、旧道を行くとやが て七瀬という丘の上の振興住宅地に入る。丘を越え、S字坂を下って左折し、旧道を北上し、新幹線の下をくぐると左手に壁田城址入り口と書いた案内板があ る。此処がも う一人の参加者の一人、長田(旧)の家だ。壁田城址とは何か調べると千曲川対岸の替佐城とともに、上杉氏の拠点である飯山城に対する武田方の拠点であった との こと。千曲川はこの丘を避けて蛇行している。そのため千曲川は天然の堀になっている。武田がここまで勢力を広げていたとは驚き。

長田を載せて近くのセブン・イレブンで滝沢(旧)と山上(旧)を載せた依田の車と合流。そろって野沢温泉に向け出発。途中にある飯山の道の駅で「笹ずし」 の昼食。昼食中に南木佳士の「阿弥陀堂だより」の舞台となった阿弥陀堂に立ち寄ることを思いつき、宮沢に頼むも昔タクシーで訪問しただけで 道は知らないし、車に装備されているナビは阿弥陀堂はデータ化されていない。そこで韓国製スマホのグーグルマップで阿弥陀堂を目的地にしてナビさせたら あっという間についた。駐車場も訪問者にそなえていた。



阿弥陀堂で記念撮影


この阿弥陀堂から見下ろす千曲川と斑尾山が美しい。手前の草地は耕作放棄されたたかっての水田。農業人口はゼロに向かって減少中。スキー場は右隣の尾根の 先にある野沢温泉にしっかり確保されているが、このスキー人口も激減。夏は温泉は閑古鳥が鳴く。戦略としては中国人にスキーの楽しみを教えて誘導するな ど、思案のしどころ。



阿弥陀堂からの眺望


野沢温泉は4Sクラブでのスキーで、「いけしょう」にしか宿泊したことが無かったのだが、今回は温泉中心の大湯隣の旅館「さか や」に宿泊した。宿の部屋からは飯綱、戸隠、黒姫、妙高、火打岳と斑尾山が一望でき、毛無山からの長大なスカイラインコースの末端にあるジャンプ 台の夏の 姿が見えた。麻釡などの名所めぐりに参加。


長野駅から野沢温泉まで、総距離56.7kmであった。

会食では自然に仲間の消息、過去の会合の楽しい思い出、体の故障と対処法、家族の話、人生の総括的な思い出話し等に花が咲い た。温泉は3回入浴。

第2日

チェックアウト後、富倉峠を越えて飯山市富倉の「かじか亭」まで下り、オヤマボクチの葉を練り込んだ名物「富倉そば」を賞味した。この蕎麦は初体験でオヤ マボクチの葉の味がした。流れ解散し、長野に帰り、新幹線で帰宅。

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July 12, 2018


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