松江、出雲、鳥取、岡山めぐり鉄路の旅

第二日

出雲大社と小泉八雲旧宅

グリーンウッド夫妻は2007年4月の新緑の季節にJRを使った山陰と岡山をめぐる3泊4日の旅にでかけた。

松江からは宍道湖の南岸を走る山陰本線で出雲に向かい、帰路は宍道湖の北岸にある一畑電車を使うことにした。

昨日宍道湖遊覧船に乗船したとき、船上から西方を望むと湖の西端がほとんど水平線の高さであるのに、なぜ斐伊川(ひいかわ)が180度もUターンして宍道湖に流れ込んでいるのか不思議に思った。山陰本線が斐伊川の鉄橋を渡る時に注意して地形をみると斐伊川は狭い谷のなかですでに90度曲がって北に向かって流れ出してきている。そして西側がわずかに高みになって自然の土手になっているのでそのまま北に向かって流れているのが分かる。でもここからさらに90度東に曲がることが理解できない。

出雲市駅で路線バスを待っていると親切なご婦人に出雲大社に行く前に島根県立古代出雲歴史博物館に立ち寄ることを強く奨められた。バスは廃線となった旧国鉄路線にそって出雲大社(いずもおおやしろ)に向かう。大鳥居で下車して地元の菓子屋が提供している古代出雲大社の模型展示館「雲太」に立ち寄る。上古には32丈(96m)あったという本殿模型や中古の本殿の棟持柱の実物大模型が展示してある。ちなみに雲太とは16丈(49m)だった頃の出雲大社のことである。

出雲大社の参道を見渡すと大鳥居がかっての砂丘の頂上のようなところにあり、そこに明治時代の軍国主義的な銅像が立っている。これは珍しいとよくよく見ると大社の宮司、千家某という名前があった。千家とは歴代の宮司の家で世襲で日本建国のころから殆ど独立国の元首のような存在だったと彼に会ったラフカディオ・ハーンの「日本の面影」に書いてある。現宮司は84代目である。出雲大社に向かう参道は緩やかに坂を下り、再度登っている。なかなか上手い立地だと感心する。

参道を行きたい衝動をおさえて東隣にある歴史博物館に向かう。ビックリするほど広大な敷地に出雲国と伯耆国がかって鉄器の産地故に、奈良王朝の確立に貢献したというその鉄を塗装もせずに外装に使った建物が建っている。模型の展示品は「雲太」と同じ ものである。ただこちらは税金をつかって造っただけのちがいだ。目玉は棟持柱の実物の展示であった。

感心したのは斐伊川の流路の変遷についてであった。これによると宍道湖の北岸にある山々はかっては縄文海進のためもあり、島であった。その島と本土との間の浅い海に向かって斐伊川が流れ込み、砂で海が埋まり 、ついに川は対岸の島にぶつかって西と東に分かれて流れるようになった。しかし遠心力の作用か、西側に積もる砂が多くついに自ら作った自然の土手が川の水を全て宍道湖のほうに流れるようにしていまったのだという。いまも出雲大社の前を流れる堀川はかって西に流れていた川の切れ端ということだ。とすると大鳥居が建っている砂丘は斐伊川がもたらした砂丘ということになる。

島根県立古代出雲歴史博物館の鉄の外装

博物館から大社の東側を流れる吉野川を渡って拝殿に向かう。大社は予想通りであったが、拝殿の両側にある神枯館と庁舎がコンクリート造りなのにはガッカリする。加えて拝殿と庁舎の間に目的不明の鉄骨の建物を建設中であった。これでは本殿を見通す空間が少なくなってしまうではないかと心配したが、60年に1回しなければならない本殿修理中に現拝殿を仮本殿とする遷座後に必要となる仮拝殿を建設中とのことであった。2008年から5年間は本殿は見えなくなる。

西隣には巨大な結婚式場である神楽殿があり、披露宴会場となる巨大な千家国造館がある。いずれも鉄とコンクリート製である。その前庭には巨大な鉄塔が建っていて今までみたこともない巨大な日章旗が掲揚されている。出雲大社はいつのころからか縁結びの神になっているのでここの結婚式場は全国を相手のビジネスとなっているようだ。

出雲大社

拝殿の裏に「雲太」や歴史博物館でみた96mだった頃の古代出雲大社の模型と同じ古代出雲大社 のイメージ図が展示してあった。そして棟持柱などが出土した地点が地面上に明示してあった。このイメージ図に描かれた川は海岸のように見える。縄文海進のころはここは海だったのだろう。

古代出雲大社のイメージ図

712年に書かれた古事記には出雲の国の大国主神に国譲りを迫るが、その子建御名方神(たけみなかたのかみ)は抵抗して科野(しなの)国の州羽(すは)の海に逃れるとある。こうして諏訪大社の祭神は建御名方神となり、巨木を7年に一度建てる御柱祭りが今に伝わっているのだ。

千家国造館前にある八雲東店というそば屋で日系米人の一団と一緒に出雲そばの昼食をとり、 一畑電車で松江宍道湖温泉駅に帰った。ループバスで小泉八雲が節子夫人と住んだ旧宅を訪れる。ラフカディオ・ハーンの「日本の面影」に書いてある通りの庭がそこにあった。赤カエルの鳴き声もそのままである。 オーナーの根岸家が大切にいままで管理してきたのだという。

小泉八雲旧宅の庭

武家屋敷を歩いて帰り、末次本町にある臨水亭で懐石料理の夕食とした。

第二日のコース →はJR、⇒は徒歩

ホテル⇒松江駅→(山陰本線)→出雲市駅→(路線バス)→大鳥居⇒島根県立古代出雲歴史博物館⇒出雲大社⇒出雲大社⇒出雲大社前駅→(一畑電車)→松江宍道湖温泉駅→(ループバス)→小泉八雲旧宅⇒夕食⇒ホテル泊

April 27, 2007

Rev. November 26, 2007


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