読書録

シリアル番号 990

書名

エネルギー 上下

著者

黒木亮

出版社

日経BP

ジャンル

小説

発行日

2008/9/8第1版1刷

購入日

2008/11/29

評価

黒木亮は英国在住の作家。都市銀行に入行後、海外留学を経てロンドンで証券会社、商社に籍を移しながら。プロジェクトファイナンスをしていた過去を持つ。 作家になってもロンドンに住み、奥様はロンドンの銀行員。日経ビジネスオンラインの連載小説を単行本にしたもの。

かっての上司の西尾氏が「登場人物と舞台は我々が天然ガスを求めて組んだ商社と国々であるのでなつかしかった」と一読を薦められた。早速今日本屋で買い求めて読みはじめた。

エクソンはアキレス・オイル、ロイヤル・ダッチシェルはアングロ・ダッチ、三菱商事は五井(いつい)商事、三井物産は東洋物産、住友商事は住之江商事、ニチメンはトーニチでトヨタの奥田はトミタの奥井さん。政治家になると実名で登場し、ほとんど最近10年のエネルギー分野のファイナンス活動の歴史書である。

主人公金沢明彦も実在の人物がモデルとか。

9/11同時多発テロ、通商産業省の天下り先としての石油公団の解体や通商産業省の高級官僚の天下り先としてのアラビア石油の利権喪失、通産省が石油公団 職員やアラビア石油の受け皿にしようともくろんだ通産省系石油会社によるイランの油田開発もイランの原発疑惑で潰えた話など通産省を代表する登場人物が国 家貴族養成機関である東大法学部の苦学生だった時代も含め、なかなかシニカルに書かれている。東電の事故隠しによる原発稼働率の低下、それに伴うLNG需 要の増加、そしてサハリンLNGプロジェクトの実現への流れが詳細に描かれている。

そして最近の原油価格高騰による影響などがビビッドに描かれる。

本読書録を読んだ元サハリン石油ガス(株)(SODECO)の地質技術者だったH氏からメールをいただいた。氏は本書を読んで次のようにコメントしている。

「サハリンの石油開発についてはその後もウォッチしているので、小説の内容と実際との対応も理解できました。ただ、話題がロイヤル・ダッチ・シェル社のサ ハリン−2のファイナンス中心ですので、旧ソ連時代からの探鉱作業に従事し、サハリン−1に移行したSODECOに勤務していた小生としては、冷めた目で 読みました。石油公団問題のあおりを受けてリストラされてしまった自分の境遇に照らし合わせても、技術屋などは小説の中でも「歯車」でしかないんだなと、 改めて実感しました。還暦を過ぎた身では気がつくのは遅すぎますが。石油公団の役職員を押し込むための人事異動によって弾き出された元同僚は、会社の窓か ら飛び降りて自殺し、週刊誌の記事になったりしました。また小説の中で述べられているエクソン社やロイヤル・ダッチ・シェル社の「傲慢」さは体験として納 得できました。1例として、エクソン社はサハリン−1のガスを海底パイプラインで日本に輸送することを主張したことです。パイプを売りたい製鉄メーカーが その主張に乗りました。日本の漁業組合の強大さからすれば、日本周辺で海底パイプラインを布設することが不可能なことは火を見るより明らかでしたが。「土 民」の団体である日本の漁業組合など蹴散らすことは簡単と考えていたようです。結局、漁業交渉の見通しが立たず、従いコスト計算ができず、ユーザーにガス の値段を提示できず、ということで頓挫してしまいました」

これに対し私は

「技術屋などは小説の中でも『歯車』でしかないんだなと、改めて実感しましたという感想をもたれたようですね。私がこの小説を物足らなく思ったのも多分同 じ理由でしょう。サハリン−1のLNGプラント建設の受注から工事に関する話は一切でてきません。技術屋サイドが何も発信しないと小説家も何も知らないわ けで、無視するというより書きようがないのではとも思います。お互い技術屋として怠慢であるのも一因ではないかと思います。そういう思いで我が恥も、自慢 話も赤裸々に書こうと思って回顧録など書いて情報を発信しているわけです。

千代田に見切りをつけて米国系のシミュレーションソフト会社に転職した後輩からメールをもらいました。私の回顧録を読んで、初めて会社のなかで何が生じて いたのか理解できたと書いてきました。そして毎日、コンピュータの中のバーチャル空間に生存している若いエンジニア達に 「LNG・ガスプラント産業の黎明」と題してリアルな体験談を話してほしいと依頼を受けました。喜んで引き受けることにしておりますが、少しでも若きエン ジニアの参考になればと思っています。

エクソン社がパイプラインでのガス輸送を主張したのは私も不思議に思っていました。日本の複雑な利権構造に切り込むなにか秘策でもあるのかと感心しておりましたが、単なる無知でしたか。

私もバカな性分でみすみす無駄な仕事になりそうなときは率直にエクソンのエンジニアやロシアのガスプロムのナンバーツーに『あなた方のLNG化のプランは 合理性がない』と直接指摘して、営業に恨まれたこともあります。いまでも私はそれを間違ったことだとは思っていません。なぜなら「つぶしたプランはいずれも実現していませんから」(20年後の2018/12/8にヤマルLNGは実現した)と書きましたところ、また返信がきて、

「私も同じ思いで小冊子(社史兼自分史)「サハリン陸棚開発プロジェクトの歩み−サハリン石油開発協力株式会社の歴史(一従業員の経験に基づく記録)」を 自費出版し、国会図書館、(独)産総研地質調査総合センター資料室、NPO法人自費出版図書館等に寄贈しました。自費出版図書館(http://library.main.jp/) ではホームページで目次を紹介しています。トップページの「分類検索」−「企業・産業史」−「企業・産業史/社史」−「社史」の順で開くと、その173番 に記載されています。この本を書くとき、旧石油公団から旧SODECOの副社長に天下ったT氏の記録を参考にしたのですが、このT氏の記録を読んだ通産省 の課長(現在なら事務次官クラスか)が「真っ青になってブルブル震えだした」とのことです。 これを知ってかなり情報を取捨選択したつもりですが、もしかしたら小冊子にその課長の都合の悪いことを引用してしまっているかもしれず、今だに公にできな いでいます。しかし石油開発業界に従事していた技術者として積極的に情報発信をしているI氏が居られます。I氏は新SODECOの技術担当常務として石油 資源開発(株)から送り込まれた方で、小生の部局の担当役員でありました。しかし、「技術事項はエクソンに任せる」との通産省・石油公団の方針に対して、 わずか1年後に、「エクソンの言うことにイエスと言うのが仕事であるならば、技術担当マネージメントとして責任は持てない」と辞表を叩き付けられました。 I氏は小生の小冊子に対して『探鉱作業に従事した技術者として、経験を後に残して置くべきだ』と評価してくれました。残された時間で削除した部分の回復を して小冊子の改訂版を作成し、更に英文に翻訳するなどが小生の義務であろうと思っています」

と書いてきた。

日本では集団の団結を重んずるために、特に権力を握っていた人が困ることを書かず墓場にもってゆくことを美徳とする風潮がある。しかしこれは社会の発展のためにはならない。後輩達が学ぶ教材を残してこそ、進歩が期待できるのだ。H氏にエールを送りたい。

この読書録をまだ商社でLNGプロジェクトにどっぷりのHTに送ったところ、石油開発公団の天然ガス部門で活躍され、サハリン石油開発取締役になった山村 政彦氏に送ってよいかときかれた。私も氏からLNGプラントのエンジニアリングスタディーをたのまれた思い出があり、その著書「君不去二」もいただいた。氏は技術者であるため、H氏が書きたかった技術にも触れている。私も登場人物 の1人となっていて、すっかり忘れていたことを思い出してくれる貴重な資料となった。

Rev. December 6, 2018


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