読書録

シリアル番号 1054

書名

病院選びの前に知るべきこと 医療崩壊から再生に向けて

著者

田島知郎

出版社

中央公論新社

ジャンル

医学

発行日

2010/6/10発行

購入日

2010/6/11

評価

米国に留学し、外科専門医資格を取得し、治療経験をもちながら帰国。東海大学医学部創設に参画し、神奈川県の一流病院にそだてあげて引退した高校の同期生の贈呈本である。この本の元となるアイディアは同期会である北ラスフォーラムで開示され、その後、単行本としてまとめられたものである。

日本では行政官、医者、マスコミ、国民が医療崩壊のほんとうの原因を認識していない。この本は政治家&官僚、メディア、愚民のバカの三位一体が黙認し、先 送りしてきた医療崩壊の真の原因をずばり、優遇される開業医と虐げられた勤務医の区別にあると一刀両断のもとに指摘する快著。

米国の制度は国民皆保険制度がオバマ大統領の下で曲がりなりにも確立するまで米国は日本が参考にすべきでないとされてきた。皆保険では米国に先行した日本 も医療制度では米国や世界の制度に大きく遅れをとっているということが理解されていない。米国の制度ときいただけで日本の99%の人は耳を閉じる。しかし この本は保険制度についてではなく、医療制度についての話である。

米国では病院は建物と高価な医療検査機械と検査技師と看護士を雇用し、ホスピタルーフィーで投下資本の回収と従業員の給与を賄うが、医師は雇用しない。全 ての医師は病院と契約はするが、病院から給与はもらわずドクターズ・フィーで生計をたてる。腕のいい医師は患者の絶大な信頼を得て金持ちになれる。この制 度は医者が一生現役として医療に従事することを要求し、病院経営者になる必要はないため、医者が一生現役で医療に従事できる仕掛けだ。パイロットは一生現 役のパイロットとして働き、引退する。そして航空会社を経営する必要がないのと同じである。

日本では勤務医は低収入で激務をこなさなければならないため、早々に身入りのよい開業医に転業する。こうして医者不足が顕在化する。しかも開業医は独立し ても病院の検査機械をつかえないため、自前で医療検査機械に投資しなければならず、投下資本回収のために過剰検査が行われる。そして患者は無用な放射線を あびるはめになる。病人にとってのリスクは増し、保険料が無駄に使われる。

このように日本の医療制度は日本独自の発達をとげ、ガラパゴス化している。世界の趨勢は米国流である。

この本を読めば悩ましいと思われた医療崩壊問題が一挙に解決できるかと思われる。ただ実施するには開業医の持つ既得権益を剥奪しなければならず、医者に とっても一生、自己研磨をつづけなければならないという厳しい人生がまっているわけでそうやすやすとは変わらないであろう。ただそうしなければ日本の医療 の将来はないと思わせる。

この本は医療についての既得権益と閉鎖的幕藩体制という二つの問題提起と解決案を示している。しかしこの既得権益と幕藩体制問題は医療にとどまらずあらゆる分野に適用できることに気がつく。

既得権益問題

日本には健康保険の収入を厚く確保できる開業医のような既得権益が多数存在する。虎ノ門界隈にたむろする特殊法人に天下り、寄食する高級役人、グーグル検 索で容易に無料で得られる知識を高価に押し売りする旧態然たる大学教官、核融合・増殖炉・宇宙開発・IPCC傘下の研究機関など 失敗が約束された国家プロジェクトに群がる研究者、最近少なくなったが道路建設・鉄道建設にむらがる土建業者などである。

社会が機能していゆくためには極力、既得権益を制限しないと社会正義が機能せず、社会は崩壊してゆくようになる。「ローマがなぜ滅びたか」にはいろいろの説がある。ギボンは衰亡の歴史を記述しただけでその衰亡の原因を指摘していない。ウエルズはその原因を奴隷経済であったためとしている。トインビーは「歴史の研究」で社会衰退の最大の要因は「自己決定能力の喪失」であるとしている。塩野七生は余剰を管理している社会集団が既得権益を持って、余剰の使途を非生産的で利己的なものにあてるからであると指摘する。医療崩壊も「既得権益を排除」する「自己決定能力の喪失」と定義すれば恐ろしいことになると思い到った。

既得権益を守ることにしか興味のない政治家・官僚に好き勝手にされ、何も知らない不勉強なマスコミが政治家・官僚の垂れ流す宣伝を拡大伝播させる行為にご まかされないためには、この国のリーダーと自称する輩に愚民呼ばわりされてさげすまされ、裏でベロを出されている我々自身がしっかりとこのような良本を読 み、自ら考えて行動をおこさなければ、日本の将来はないと思わせる本である。

既得権も拡大解釈すれば税金という資源の配分を正しく行えない無能な政治家と行政機関が諸悪の一つと見てよい。科学技術振興、IT振興、景気の維持、雇用 の維持などの美名の下に税収を無駄使いし、負債を積み上げ、第二のギリシアとなるかと世界から恐れられているこの日本にしてしまったのだ誰であるのかよく よく考えねばならぬだろう。

幕藩体制問題

病院のクローズドシステムに象徴される問題として江戸時代から継続しているのが幕藩体制という慣習である。終身雇用という美名の下に人が一つの企業や組織に縛られて一生を過ごし、 定年で引退して墓場にゆくという体制である。塩野七生は終身雇用は日本の美徳だから大切にすべきと言っている。ただ終身雇用は鎖国時代には問題なかったのだが、グローバル時代には人材の流出の原因となっていることを彼女は知っているのだろうか。 定年制は終身雇用を維持するための必要悪だろう。職業から強制的に排除する弊害はまず年金制度に負担をかけ、働ける人は職場を求めて海外に雄飛する。

60歳で引退し、暇をもてあまして、韓国や中国の企業に誘われてそのスタートアップに貢献した人がどのくらいいるか。現在の韓国や中国の躍進にどれくらい貢献したかである。 結果として若者の職場を狭めてしまった。この幕藩体制を打破し、人材の自由な移動を良しとする文化を築かないと日本の将来はないように思う。不祥この私もただ教えるだけは自分の人生の無駄と考え、62才で引退後、7年間そのような誘いは断り続けてきた 。しかし創造的活動は何よりも喜びを与えてくれる。そこで韓国、オーストラリア、日本での創造的技術開発には喜んで参加することにした。

Rev. August 14, 2013


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