読書録

シリアル番号 1028

書名

「豊かさ」の誕生 成長と発展の文明史

著者

ウイリアム・バーンスタイン

出版社

日本経済新聞社

ジャンル

歴史

発行日

2006/8/24第1刷

購入日

2009/10/23

評価

原題:The Birth of Plenty by William J. Bernstein c 2006

鎌倉図書館蔵

鎌倉市長選投票に支所に出かけた折に借りる。

著者は投資家にして投資アドバイザーでefficientfrontier.com運営。多数の著書あり。

訳者の徳川家広は十八代目当主徳川宗家の息子。

ホッブスは「リバイアサン」の中で自然状態における生のありようは「孤独で、貧しく、意地悪く、暴力的で、短い」と述べた。19世紀に至るまで、人類の大多数にとってこれは生活実態を忠実に表現した言葉であった。なぜ我々は豊かな生活を享受できるようになったのいか?そしてこれは1800年代以降に限られているのか?西欧の勃興と戦後の日本の成長、そしてイスラム諸国の停滞の原因は何か?

著者はスコットランドのエコノミストであるアンガス・マディソン(Maddison, The World Economy; A Millennial Perspective, 264)の一人当たりGDPを紹介する。

人類史における動力とGDPの変遷

著者は繁栄には4要素が同時にそろわないと生じないとする。それは

@私有財産権

A科学的合理主義

B資本市場

C輸送と通信

私有財産制について論じているのはデビッド・S・ランデスの「強国論」、ジェームズ・バーグ、ロバート・オーンスタインの「400万年人類の旅 石器からインターネットへ」、マイケル・クックの「世界文明の一万年の歴史」、である。松原久子の「驕れる白人と闘うための日本近代史」、財団法人土地総合研究所の「日本の土地」などがある。私有財産制のないところでは「共有地の悲劇」といわれることが生じ、生産性は低く自然の収奪が行われる。

ペリクレス時代のアテネのデモクラシーの源流は貴族が経営し、農奴が耕作する大規模共同農場制によってたつミケーネ文明が崩壊したのち、辺境のアッティカの丘陵地帯に自由身分の農民が自由意志で入植したことにあるという。自由意志とは、新しいアイディアを実践し、確立されえた手順を発展させ、失敗といい厳しい教師から一度できちんと学び、政府に介入されることなく生存のための努力を重ねる能力である。

資源はむしろ超過利潤(レント)を求める心性をはぐくみ、経済の足を引く。石器時代は石が枯渇したために終わったのではない。

以上4要素をすべてそろえたのは16世紀のオランダである。イギリスがこれに次いだ。いご国毎に分析

@私有財産権 A科学的合理主義 B資本市場 C輸送と通信
ペリクレス時代のアテネ あり あり なし なし
ローマ帝国 なし 征服と収奪、奴隷制、長期の兵役義務 キリスト教不合理、 利子率4% ローマ街道
中世ヨーロッパ なし(農奴) キリスト教不合理 カトリックが高利貸禁止 ローマ街道遺産、通行料による阻害
オランダ あり あり あり あり 水路網
イギリス あり マグナカルタ、慣習法 あり あり あり
フランス あり あり 特権による規制と超過利潤追求が阻害要因(レント・シーキング) 内陸が広く輸送に不利、複雑怪奇な内国関税制度
スペイン 征服と収奪、牧羊特権と共有地 カトリックの異端審問 特権による規制と超過利潤追求が阻害要因(レント・シーキング) 地形的に運河開鑿困難
北アメリカ あり あり あり あり
江戸時代の日本 なし なし あり 貨幣経済の発達 長い海岸線、海運
ラテンアメリカ 大土地所有、土地の売買規制 なし 資本の自由なし  
資源国 資源を政府がコントロール なし 特権による規制と超過利潤追求が阻害要因(レント・シーキング) 海運
オスマン・トルコ なし(奴隷制) なし 回教による利子の支払い禁止 ヨーロッパと同等
アフリカ諸国 なし なし なし 航行可能な水路なし、雪解け水なし

ルックス、IQ、運動神経が、ある程度は親から遺伝するのと同じく、受け継いだ制度の「遺伝子」がよければ、その国は利益を得る。イギリス人が入植した土地や、香港・シンガポールのようにイギリス慣習法がすっかり根づいた土地では経済は繁栄している。逆に征服欲、宗教的熱狂、気ままな暴力、そして地下資源の一時的な豊かさからくる超過利潤(レント)を求める心性など、イベリア半島の歪んだ制度を受け継いだラテン・アメリカは後進性と貧困が不可避となった。アフリカの部族社会では族長が行政権と司法権を独占する仕組みになったいるため権力の集中が生じている。


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