柏崎・刈羽原発と浜岡原発にみる新旧設計指針 |
July 25, 2007年7月21日、三陸、下北、津軽、八甲田の旅にでかけたのですが中越沖地震のためにいきなり仙台駅で新幹線列車内に1時間も閉じ込められました。そしてその後のニュースで柏崎 ・刈羽(かりわ)原発は無期限の停止を余儀なくされたと報じられ、米国でも日本の秘匿体質が露わにたった事件として大きく報じられ、石油価格高騰を受けてのブッシュの軽率な原発支持政策は批判を浴びていると米国の友人からメールが入っています。
柏崎・刈羽原発は旧設置基準(1981年7月20日に原子力安全委員会が決定した耐震設計審査指針)で設計されていてやばいのではと思っていました。旧基準の日本の原発の設計用の基準地震動は二つあります。過去1万年に動いた活断層から想定する最強地震(S1)と過去5万年の活断層でも分からない未知の地震としてM6.5、震源距離10kmの直下型地震を想定した限界地震(S2)値です。
基準地震動は敷地の解放基盤表面で定義されます。そして解放基盤表面または基盤とは概ね第三紀層及びそれ以前の堅牢な岩盤で、著しい風化を受けていないものの面上に表層や構築物がないものと仮定した上で、基盤面に著しい高低差がなく、ほぼ水平で相当な拡がりのある基盤の表面をいうと定義されています。
基準地盤・表層の定義
基準地震動は地震の最大振幅、周波数特性、継続時間及び振幅包絡線の経時的変化という3要素で表現されますが、これらの特性は標準応答スペクトルを用い、想定地震の震源距離と規模に基づいて求められます。
2005年12月6日のJanJan掲載の日本原子力事業株式会社(現・株式会社東芝)の元社員で、中部電力浜岡原子力発電所2号機の設計に当たった技術者林信夫(ペンネーム)氏が試算した基準地震動のS1、S2、S2-N値を下表にまとめました。朝日新聞に掲載された原子力安全委員会資料のS2値は下表のS2、S2-N値の大きい方を採用しているようです。
原発名 | S1(gal) | S2(gal) | S2-N(gal) | |
北海道 | 泊1〜3号 | 226 | 360 | 370 |
東北 | 東通 | 230 | 320 | 375 |
女川1〜3号 | 250 | 325 | 375 | |
東京 | 福島第一1〜6号 | 180 | 270 | 370 |
福島第二1〜6号 | 180 | 270 | 370 | |
柏崎・刈羽1〜7号 | 273 | 450 | ||
中部 |
浜岡1〜2号 | 300 | 450 | |
浜岡3〜5号 | 450 | 600 | ||
北陸 | 志賀1〜2号 | 375 | 490 | |
関西 | 美浜1〜3号 | 270 | 405 | |
高浜1〜4号 | 270 | 360 | 370 | |
大飯1〜4号 | 270 | 405 | ||
中国 |
島根1〜2号 | 320 | 398 | |
島根3号 | 320 | 398 | 456 | |
四国 | 伊方1〜3号 | 221 | 473 | |
九州 | 玄海1〜4号 | 188 | 275 | 370 |
川内1〜2号 | 189 | 372 | 370 | |
日本原 子力発電 |
東海第二 | 180 | 270 | 380 |
敦賀1〜2号 | 365 | 532 |
2006年に内閣府の原子力安全委員会は兵庫県南部地震を受け設置基準を改訂することになりました。その変更点は朝日新聞が下表のように簡潔にまとめています。
旧指針 | 新指針 | |
策定の時期 | 1978/9 | 2006/9 |
評価する活断層の年代 | 5万年以降 | 13-12万年以降 |
基準地震動の設定 |
S1、S2の2種 |
Ssに1本化 |
振源を特定する地震動の評価 | 点振源による経験的な評価 | 断層モデルを用いた地震動 |
振源を特定しない地震動の評価 | M6.5、距離10kmの直下型地震 | 過去の観測記録から地震動を設定 |
上下方向の地震動の評価 | 一律水平方向の地震動の半分 | 個別評価 |
重要施設・機器のクラス分け | ||
As | 原子炉格納容器・制御棒 | 原子炉格納容器・制御棒・非常用炉心冷却系 |
A | 非常用炉心冷却系 | |
B | 廃棄物処理施設 | 廃棄物処理施設 |
C | 発電機 | 発電機 |
残余のリスク | S2以上の地震を想定しない | 想定して超過確立を出し、評価 |
旧指針では放射能を外部に漏らさないためにAsクラスの原子炉格納容器や制御棒はS2に準拠し、Aクラスである非常用炉心冷却系などはS1に準拠して設計されます。そしてS1値の50%を越えるとスクラム信号を出すように設計されています。新指針はクラス分けがすっきりしています。
浜岡原発運転差し止め裁判が静岡地裁で争われてきましたが、中部電力は旧基準準拠で設計用最強地震としてM8.4の1854年のプレート境界型の安政東南海地震、設計用限界地震として南海トラフ沿いのM8.5地震を想定し、旧基準地震動S2=600ガルを新耐震指針の基準地震動Ss=800ガルとしたので十分な科学的根拠に基づいているとして2007年10月26日、原告の敗訴を申し渡しました。
2007年10月21日の朝日新聞は原告と被告の証人の証言を下表のようにまとめています。これをみると原告側はM9が発生するかもしれないというロジックで攻めたようですが、溝上恵東大名誉教授がM9の地震はないと言い切ったことが大勢を支配したようです。 たしかにマグニチュード8.5以上の大地震は地震計の周波数特性の関係で、極低周波の地震エネルギーは地震計では正しく検知できず、地震計では計測できません。そこで震源となった断層のずれの量、断層の面積、断層付近の岩盤の性質などの、断層運動からマグニチュード求めるモーメントマグニチュードで表示されます。地盤の広範囲の動きで生じる地震ですから聡エネルギーが大きくとも、距離も遠くなるので、総じて加速度も頭打ちとなるということは否めません。
証人の立場 | 証人名 | 証人の所属 | 証言 |
原告 | 石橋克彦 | 神戸大教授 | 中央防災会議のモデルは地学的・物理的必然性がない |
原告 | 田中三彦 | 元原発設計技術者 | 原発の設計思想は壊れなければいいというものに過ぎない |
原告 | 井野博満 | 東大名誉教授 | 応力腐食割れのメカニズムは未解明 |
原告・被告 | 入倉孝次郎 | 京大名誉教授 | 現状としてあるのは仕方ないが、非常にいい場所とは考えていない |
被告 | 溝上恵 | 東大名誉教授 | 中央防災会議のモデルは見直す必要がない。M9の地震はない |
被告 | 徳山明 | 前富士常葉大学長 | 地盤の危うさはない |
被告 | 新井拓 | 電力中研研究員 | 応力腐食割れの知見は得られている |
被告 | 伯野元彦 | 東大名誉教授 | 原発の構造物には大きな余裕がある |
被告 | 斑目春樹 | 東大教授 | 複数の機器が同時に動かなくならないというのはひとつの割り切り |
さて裁判ではマグニチュード論争をしたようですが、震源距離に関しては言及がありません。そこで最大加速度推算にあるように内閣府地震被害想定支援マニュアルに従い、1854年のM8.4の安政東海地震を最強地震としてS1が450ガルになる震源距離を計算してみ ますと61.8kmとなりました。これは震源の深さを30kmとすれば震央距離は54kmに相当します。
想定東海地震をM8.5とし、限界地震S2が600ガルになる震源距離を計算してみますと50kmとなりました。これは震源の深さを30kmとすれば、震央距離は40kmに相当します。
想定東海地震をM8.5とし、基準地震動の最大加速度Ssが800ガルになる震源距離を計算してみますと33.5kmとなりました。これは震源の深さを30kmとすれば、震央距離は15kmに相当します。この想定震源距離が妥当であるかどうかは私にはわかりません。もしこの想定震源距離が甘ければ基準地震動は800ガルを越えてしまうでしょう。中部電力も忸怩たるものがあるようで、対応できる施設に関しては1,000ガル対応にすると言明しております。しかしあくまで、燃料集合体、制御棒駆動装置、圧力容器格納容器といった心臓部は廃炉にする以外、手がつけられないのです。 しかし基準地盤の最大加速度が800ガルでも表層の最大加速度は1,835ガルになりますので今だ十分でなないでしょう。
過去150年間のM7以上の大地震をベースにして原子力安全委員会が1981年7月20日に旧設置基準決定しました。偶然なのでしょうけれど1964年6月の新潟地震から1983年5月の日本海中部地震まで19年間、巨大地震はなぜか発生していません。不幸にもこの間に55基の殆どの原発が建設されたのです。
1979年3月28日のスリーマイル島事故以来米国では原発の建設はストップしましたが、日本の建設はとまりませんでした。そして1986年4月26日のチェルノブイリ型黒鉛減速チャンネル型炉の事故後でも建設は減速することなく、1996年まで継続しました。1995年の高速増殖炉もんじゅの事故後、ようやく新規建設は停止したのです。というわけで地震に脆弱な原発55基が残ったのですが、「日本列島にかかる歪」で説明しましたように日本列島にはプレートにより押されて歪がたまり、地震の活動期に入ったといわれています。
2007年9月2日、産業技術研究所の活断層研究センターは浜岡原発の隣でボーリング調査し、1,000年に一度の頻度で大きな隆起を伴う超東海地震が発生していると発表しました。控訴審では反映されるのでしょうか?
プレート境界地震はM8.5にもなりますが、震源が沖合いにあり、震源距離があって減衰してくれます。耐震指針検討分科会の石橋克彦委員が地震学の立場から、「断層などの震源を特定できない場所ではマグニチュード7.3までの直下型の内陸地殻内地震が起こり得るので、敷地の地盤特性に応じて応答スペクトルを策定する 」と提案した論拠がよく理解できます。1995年1月の兵庫県南部地震がこれを証明しました。
直下型の震源距離10kmとし、旧設置基準のM6.5とする場合の基準地震動の最大加速度は253ガルで大多数の原発はこれで設計されているわけです。石橋基準の直下型地震の7.3とすると533ガルと浜岡を除く、ほとんどの原発は危険ということになります。
2005年8月の宮城県沖地震および2007年3月の能登半島地震で一部の周期成分でS2を越える加速度が記録されましたが、今回の中越沖地震はほぼ全ての周期でS2を越えました。こうして旧指針のS2の信頼性は完全に崩壊したのです。
今回刈羽原発で原子炉が暴走せず停止したのは炉心の燃料集合体の固有振動数における垂直方向の加速度が燃料集合体が飛び上がって外れる値よりすくなかったため、浜岡原発で危惧される制御棒挿入障害が発生しなかったという幸運のためでしょう。それでも変圧器の火災、放射能の環境へのリーク、ケーブル貫通口からのリーク、一次冷却水のスロッシングによるスピルオーバー、複水器冷却海水配管ジョイント破断による海水リーク、クレーンの駆動ジョイントの破断、圧力容器を開けるスタッド・ボルト・テンショナーの油圧系の故障、制御室天井の蛍光灯86本の落下、プールの漏水、制御棒駆動装置1個の故障などで問題が発生したため、いつ運転再開できるか不透明になりました。
さて原子力安全委員会は直下型地震にマグニチュード7.3という数値を採用せず、事業者が独自に決めてよいことにしました。石橋委員は抗議の辞任しております。マグニチュード7.3を採用すると日本の55基の原発を止めなければならない事態になるために市民を犠牲にしている構図です。数値基準はきめず新基準では既設原発の設計基準をどのように見直すかは各電力会社の裁量に任せていたわけです。規制緩和の精神からいえば正しいようですが、安全基準をきめるのは国の責任でしょう。ところが国がすべき責任を放棄してしまったのです。
東工大の衣笠善博教授も分科会委員ですが、事前調査で全ての断層は必ず見つかるという立場で、分科会で一旦決ったことを石橋委員が蒸し返すのはおかしいという非科学的ロジックで批判し、権力側に擦り寄っているようです。衣笠教授の行動は科学者としてあるまじき行為でしょう。しかもこの教授はいまだ分科会委員であるというではありませんか?
東電は目下音波探査で断層調査のやり直しをしています。もし断層が陸地側に下がる南東傾斜なら地震前の調査とおなじですから、事前想定に問題があったことになります。北西傾斜なら今の地震研究はまだ未熟ということになるのだそうです。学会や国土地理院は南半分は少なくとも南東傾斜説に傾いているようですから、東電の事前想定に問題があったことになります。
本来の権限をもっている内閣府の原子力安全委員会は、経済産業省・原子力安全・保安院のクリ人形かもしれません。保安院の審議官が中越沖地震の今回の事態にもかかわらず2006年改訂の設計審査基準を見直すつもりはないと公言しているからです。これは石橋氏の指摘通り、行政機関から独立・中立の規制機関である原子力安全委員会の権限を無視した越権行為でしょう。東海村の臨界事故後 、安全確保の目的で設立された保安院が当初の目的を逸脱し、事業者保護に走っていることが見て取れます。一旦ことが起こった場合、事業者の保証能力を超える事態になるのですから、設計基準の想定を事業者まかせとするのは責任のがれでしょう。ここにも厚生省や社会保険庁と同じ官僚は無誤謬という虚構の維持体質が見え隠れするのです。
改訂時の近藤駿介委員長がテレビに出演して原発以外の発電をはからずも「敵」と呼んでいるのを目撃してショックを受けました。自分の教え子の就職先が消えてなくなることに対する異常な警戒心からの発言かと思いますが、日本の仕組みは縦割り組織が並列しているだけで、組織間の利害を調整する仕組みが欠けています。結果として境界の外にあるものはすべて敵とみなす風土となり、国家全体の利益をそこなうことになるのは問題です。今後仕組みを作ってゆく必要があるのでしょう。
風力は 原発の敵 と先生 座一
林信夫氏はBWR型浜岡原発の耐震設計は下記のごまかしをしていると告発しております。
(1)福島原発なみに岩盤の強度を測定し直したら強かったことにする
(2)核燃料の固有振動数を実験値でなく、米ゼネラル・エレクトリック社の推奨値を使用する
(3)建屋の建築材料の粘性を大きくとって、減衰により推算値を低めに推算する
「大地震が襲う と、大きな上下の振動と、水平方向の振動が同時に来ます。上下の振動が激しければ、交換を前提としている燃料集合体は上に投げ出され、下部格子板から離れて宙に浮き、下部格子板は水平方向にも振動してますから、穴の位置がずれて穴に戻らなくなる可能性があります。したがって、強い地震を感知して、自動的に制御棒を挿入しようとしても、制御棒が核燃料集合体にぶつかったり、破損したりして、挿入できなくなる可能性があるのです。原子炉が制御不能に陥れば、核反応は止まらなくなります。その後、液注、配管破断による炉内の水漏れ、緊急冷却装置の故障を経て、やがてはメルトダウン(炉心熔融)です。浜岡原発は世界に放射能を撒き散らす最悪の事態を引き起こす可能性があります。過去に設計に関わった者として、そのことを明確に申し上げます」と告発しているのです。この点に関しては浜岡原発で危惧される制御棒挿入障害で中電とは独立に独自の視点で検討してみました。ご一読ください。
さていままで原子炉にばかりに目がいっていましたが、今回の中越沖地震は使用済み燃料プールの安全性に注目させてくれました。これに関しては別途燃料プールの危険性で考察しました。
ロス在住のクーパー氏によれば、米国ではスリーマイル島事故ののち、放射能汚染の賠償責任を考えたら電力会社は原発から一斉に撤退したほうがいいと考えたそうです。電力不足になると心配した議会が原発事故の免責法を成立させました。日本では電力会社は政府の保護下にあったから責任問題の議論がなされないまま、審査基準をあまくして民をだます構造が続いてきました。しかし自然は待ってはくれ ません。いまのまま原発の補強や構造の変更をせずにいれば、既設55基が更新される前に第二次大戦より大きな損失が日本をおそうことになる可能性は残っているのです。
「グローバル・ヒーティングの黙示録」に書いたように温暖化対策は原子力がなければ出来ないものではない。
July 25, 2007
Rev. January 10, 2008