玉川の文化環境

六ヶ所ある玉川を中心にして

聖カタリナ大学玉井建三教授

第5回 研究会

亜細亜大学アジア研究所

2004年12月22日

玉川教授は全国にちらばる100に達する”玉川”という河川の名の語源と環境との関係を「武蔵玉川における生活環境に関する地誌学的研究」として1988年に発表した。このうちでも六玉川 (むつのたまがわ)は特に有名であり、これを詠んだ古歌が万葉集に収録されている。

玉とは中国の西域のホータンの玉河に産する磨いた美しい石を玉(ぎょく)と称し、金銀より珍重したこととに由来する。中国唐代の文人で茶道の開祖、陸羽の影響を受けた作庭法に「玉川庭(ぎょくせんてい)」があったことから、そのような風景のあるところを玉川と命名し、歌を詠んだと思われる。

野田の玉川以外はそれがどこにあったかはほぼ確定しており、いずれも河床断面図をみると急流が平野にでて傾斜がゆるくなり、玉砂利が堆積しやすい場所で、古道が横断し、歌碑 を伴うこともある。

しかし、野田の玉川は陸奥に4つもあり、どれが歌の詠まれた川か明確でなかった。玉井教授が東北支配の北漸速度や811年頃に官道が浜通りから那珂川沿いの中通に変ったこと を理由に有力な4候補のうち、多賀城近くの野田の玉川がそれであろうと断定された。このロジックの展開は説得力があった。

井出(いで)の玉川 駒とめて猶(なお)みづかはん山吹の はなの露そふ井出の玉川 京都府綴喜郡井出町井出 古道と歌碑
野路(のじ)の玉川 さをしかのしからむ萩にあき見えて 月もいろなる野路の玉川 滋賀県草津市野路町 旧東海道と歌碑
梼衣(とうい)の玉川 or 三島の玉川 まつかぜの音だに秋はさびしきに ころもうつ也玉川の里 大阪市高槻町玉川 西国街道
調布玉川 玉川にさらす手づくりさらさらに むかしの人のこひしきやなど 調布市から狛江市にかけた多摩川 鎌倉街道
野田の玉川 or 千鳥(ちどりの)玉川 夕ざれば汐かぜこして陸奥の 野田の玉川ちどりなくなり 宮城県塩釜市野田玉川

高野玉川 わすれてもくみやしからん旅人の たかのゝおくの玉川の水 和歌山県高野山奥の院 参道

高野玉川だけは他の5つの清流とは異なり、辰砂(赤色硫化水銀)が採れる毒水の流れる川である。高野山の開祖弘法大師が水銀の製法を中国からもたらし、 辰砂を産する高野山を丹生族(にうぞく)からゆずりうけたのもアマルガムを作る水銀が目的ではなかったか。弘法大師が四国に足跡を多く残しているのも、中央構造線上に辰砂が多く産するからではないか。愛媛県の玉川町の鈍川(にぶかわ)も丹生川がなまったものと考えられる。

先生は実際に辰砂とベンガラ(酸化鉄)のサンプルを持参された。色は鈍い赤茶色であるが、辰砂の比重はベンガラの2倍はあろうかズッシリと重い。

さて現在の多摩川はこのゆかしい玉川の当て字ではなく、上流の丹波川(たばがわ)がなまって多摩川になったものと思われる。1826に書かれた「続武蔵野話(しょく むさしのばなし)」や天保3年(1842)の「玉川遡源日記」では玉川の源流は今の大丹波川と思い込んでいたようだ。いまでこそ奥多摩に通ずる道はトンネルのため不都合なく西進できるが、当時の多摩川の本流は数馬 (かずま)という場所で渓谷となり、上流には遡上できなかったからである。数馬の切り通しが岩盤を穿つまで西進は不可能であった のだ。数馬の部落の民家が甲府の方から東進した人々がもたらした兜造りであることからもうかがえる。

檜原村の南秋川渓谷にある数馬も同じく西から来た人々が定住したところで、南秋川渓谷も厳しいV字型の断面を持ち東からは入れなかったということが分かる。というわけで浅間尾根が当時の唯一の東西交易ルートであったと書いた爪生卓造の「檜原村紀聞」を読んだ後、実際に檜原村の数馬を訪れ、浅間尾根を踏査したことが思い出されてよく理解できた。

江戸時代に掘削された玉川上水は当初、調布玉川から取水しようと試みたため玉川上水と呼ばれたが、勾配不足で失敗し、上流の羽村から取水することで成功した。しかし多摩川上水と名前が変わることはなかった。

1998年に霞ヶ浦周辺をドライブした時訪れた玉造町の「霞ヶ浦ふれあいランド」にある「玉のミュージアム」(Theme Park Serial No.97)は折角の伝統ある町名をけがしているのではと気がついた。玉造町も昔、勾玉などを造った人々が居住していたことを推察させるが、なぜかこの町は玉を幾何学的な球と理解して、10億円以上もする「玉のミュージアム」をつくり面白みのない原色の大小の球を展示しているのはどういう理由か理解に苦しむ。

参考資料:「江戸・東京のなかの伊予」玉井健三著、愛媛県文化振興財団刊、えひめブックス24、平成15年

December 23, 2004

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