第11章 1974-76年

世界初の火力発電用LPG気化器

プロトタイプ開発

 

ダス島LNGプラントのフェーズの設計作業を完了してロンドンから帰任した1974年10月、プロセス設計部に天然ガスプラント設計を担当する課が新設され、私は25名の課員の課長となった。それまでも増え続けるLPG・LNG輸入基地や海外のNGLプラントの設計を担当する臨時の小グループが化学プラント設計課の中に編成されていたのだが、仕事が増えるに従い、独立したのだ。

さて ダス島LNGプラントが製造するLNGとLPGは全量T電力が受け入れる売買契約を締結した。どうせLNGとLPGを全量発電用に使うなら、蒸留で分けることなく混ぜたまま運んだらどうなるか試算してみた ところ、タンカーやタンク建設費に大きな差があり、分けて運搬したほうが経済的だとわかった。使用する金属材料にニッケルが必要かそうでないかが大きな差の原因である。ブリジストン液化ガスも同じようなケーススタディーをして同じ結論だったと後で聞いた。

LNGの気化は海水を加熱媒体につかうオープンラック型気化器を使うことで非常にうまくゆくことが証明されていた。しかし、LPGは海水では少し温度が低すぎて気化しない。T電力からどのような気化器が良いか提案せよとおおせつかった。 縦型サーモサイフォン型が自然な形と考えて提案し、採用された。

水蒸気か温水を加熱媒体にしなければならないが、水蒸気ではこの温度範囲では凝縮圧力が大気圧以下となり、好ましくない。そこで温水加熱とした。

 

封じ込め型気化器

LNGの場合でもガス消費側の遮断で気化圧の暴走を避けるため、全量放出安全弁をつけている。メタンガスは大気より軽いのでフレームの伝播速度より早い流速で大気放出すれば、着火せず、速やかに希釈されて安全に放出できる。しかしLPGの場合は分子量が空気より重く、伝統的にフレアシステムに放出し、フレアスタックで燃焼放出するのが標準である。しかしリファイナリーならいざ知らず、発電所から大きな火炎が見えると慣れない付近の住民を不安に陥れるのは神戸のLPG輸入基地で経験済みである。なにしろ発電用の気化量は膨大で、これを全量フレアスタックで焼却するとなると途方もない大型のフレアスタックから巨大な炎が立ち上がることになり、非現実的であった。

というわけで原子力発電所の原子炉格納容器の封じ込めの設計思想を取り入れることにした。温水の最高設計温度でのLPG蒸気圧を封じ込める気化器とすることにした。そして温水の最高温度が守られなかったときは、小型パイロット安全弁の作動で温水を下水に放出しまうことにした。無論気化器が火災に包まれた場合に必要な安全弁は確保するのだ。

気化器概念図

この設計思想を顧客に提案するとそのまま受け入れてもらえた。そして以降日本各地に作られる発電用LPG気化器の標準となった。

 

LPGの発泡現象

プラントの制御は通常の化学プラントに使うモジュール化されたフィードバック制御機器とは異なり、発電システムに使われる、フィードバック制御とスタートアップシーケンスを一体化したシステムで 制御回路をソフトウェアではなく、ハードウエアで手作りするものであった。まだソフトウェアは信頼されていなかった時代である。メーカーも電力業界に独特の米系企業のベーレーに発注した。スタートアップシーケンスも組み込むため、ダミーのテスト回路を作り、事前にシーケンスも全て試験しておくのだ。したがって本格立ち上げはボタン一つ押すだけで、後はすべてシステムがやってくれる。我々は発電プラントの中央制御室の裏にある電算機室に篭って、システムの試験・調整を行い、スタートアップ立会いをした。運転は全て計画通り順調であった。

下の写真は今も使われている姉ヶ崎火力の気化器である。

 
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正式運転開始前に実際の試運転は開始されており、それが1ヶ月以上続くのだが、LPG液を張りこんでから1ヶ月たつ頃から計器の液面表示と現場の液面計のとの間に差が現れはじめて、その原因解明に1年かかった。運転は 問題なく継続されるのだが、差が出る原因がわからないでは困る。この差は泡が原因であるとすぐわかった。しかしなぜ発泡するのか?始めは内部構造原因説が優勢で内部構造の見えるモデルなどで実験したが説明がつかない。

私はドラム型ボイラーのドラムから数%のブローダウンをしないとボイラー給水中の不純物が煮詰まるということから、LPGに何らかの発泡剤が微量含まれていて、ちょうど1ヶ月たつと煮詰まるからではないかとの仮説をたてた。そして研究所にサンプルを送り、分析してもらうと約100種の物質が含まれていることが判明した。そこで気化器からLPGをサンプルして発泡テストしてもらうのだが、 大気圧に減圧すると軽質留分が気化してしまい、残る液は発泡しない。そこで透明な耐圧ガラスにサンプルをとってこれを振ると見事に発泡した。これで原因はわかった。対策は簡単である。常時数%のブローダウンをすればよい。こうして液面計の差は解消した。

 

創業社長の技術検討会

この気化器プロジェクトは電力会社との直接取引の初体験であった。電力会社の契約書にはコントラクタの無限責任が明記されている。通常の石油・化学会社との契約書には最大責任額というものがある。これは商習慣の違いでいかんともしがたいのだが、当初は社内でそのリスク分析が盛んに行われた。心配する社長も出席して何回も技術検討会が開催されたものだ。

January 30, 2005

Rev. February 25, 2009

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