Scene28 a piece of Noel
(『おまけの小林クン』より)


 
 表通りから一本裏道に入ったところにある紅茶屋さん。 
 映画を見終わった千尋と吹雪は、千尋の案内でここへとやってきた。
 ドアのところには赤と緑のリボンが飾られたクリスマスリースが飾られ、店内に入れば各テーブルに小さなクリスマスツリーが置かれていた。
 流れる音楽は、どこかなつかしい感じのするオルゴール調のクリスマスミュージック。会話の邪魔にならない程度の音量は、落ち着く感じがした。
 表通りから少し入っただけなのに、自動車の騒音も聞こえない。
 目立たない場所にあるけれど、そこは素敵な場所だった。
「よくこんなところにあるお店知ってたわね」
「それは吹雪ちゃんのためですから。クリスマスにふさわしいお店くらい簡単に見つけるよ」
 アンティーク調の丸いテーブルには、2人分のティーセットが置いてある。
 丸くて白いティーポットからカップにお茶を注ぐと、ふわりと甘い香りが漂った。
 クリスマス限定のお茶は、香りとともにほのかに甘い。
「それにしても吹雪ちゃんがあんなに涙もろいとは思わなかった」
 1杯目の紅茶を一口飲んで、千尋は思い出したようにつぶやく。
「もう、それは言わないでよ」
 吹雪にとってはそれについてはあまり触れて欲しくないところではあった。
 映画を見て泣くなんて、今までにないことだった。それなのに、何故か今日の映画は涙が出てしまったのだった。
 映画のクライマックスシーンで、ヒロインが悪魔にネコの姿に変えられてしまい、恋をした青年になんとか気づいてもらいたいのに気づいてもらえず、ヒロインの悲痛な想いがせつなくて、つい自分も切なくなっのだ。
「恋する乙女心に共感したってわけだ」
 何気なく言った千尋の言葉にドキリとする。
 恋する乙女心、なんてものは吹雪には理解できないと思っていた。
 けれど。
 今なら少しわかるような気がした。千尋のそばにいる今の自分なら。
「ねぇ、千尋」
「何?」
 白いカップに注がれた香り深い紅茶をゆっくりと飲みながら千尋は吹雪を見る。
「小林クンのこと、好き?」
「はぁ? 何でそんなこと訊くの?」
 話の流れからして出てきそうにない突然の質問に千尋は首をひねる。
「いいから答えて」
「そりゃ、好きだよ。なんてったって小ラッシーだし」
「私もね、小林クンが好き」
「それは知ってるけど……」
「千尋の好きと同じように私も小林クンが好きなの」
「俺の好きと……同じ?」
「そう」
 吹雪は千尋をまっすぐに見つめた後、軽く微笑んでティーカップに視線を移した。
 千尋の大和への好きは、友達、仲間としてのそれである。愛情ではあっても、小ラッシーに向けるものと同じで、恋愛感情ではない。
「だとすると、俺が小林クンへの好きと違う『特別な好き』があるように、吹雪ちゃんにも『特別な好き』が別にあるのかな?」
 少しからかうように千尋は訊いた。
 一瞬の間があいたあと、吹雪はうつむけていた顔を上げた。
「そう、かもね」
 特別な好きがあることがやっとわかったから、自分はここにいる。
 千尋と向かい合う自分がいる。
 吹雪はもう一度まっすぐに千尋を見つめた。 
 2人の視線が重なった瞬間、千尋は少し驚いたような顔をした。しかし、すぐに表情を戻す。
「ふうん、そういうこと、ね」
 何に納得したのか、千尋はひとつうなずいて、残りの紅茶を飲み干した。
「そういうこと、だよ」
 吹雪はそう言いながら千尋の分のティーポットを持つと、何も言わずにからになった千尋のカップに2杯目の紅茶を注いだ。
 甘い香りが2人を包み込む。そしてあたたかい紅茶を飲みながら、2人だけの時間をゆっくりと過ごす。
「小さいクリスマスツリーかわいいね」
「でも、この手のひらサイズじゃ小さすぎない? どうせなら大きい方が……」
 ふいに千尋の言葉が途切れた。
「千尋?」
「吹雪ちゃん、まだ時間大丈夫?」
「えっ? うん、まだ大丈夫だけど」
「じゃ、行こ」
 千尋は立ち上がり、急いで会計を済まして店を出た。吹雪は訳がわからずその後に続いていく。
 早足で歩いて行く千尋。時々後ろを振り返り吹雪を気にしながら先を急ぐ。
「ねぇ、どこまで行くの?」
「内緒」
 小走りに千尋の後を追う吹雪。
 住宅街の坂道をかなり登っていくうちに、少し息があがってきた。
 すでに陽は落ち、辺りは暗くなっていた。続く坂の向こうに視線をあげると、少し明るい何かが見えた気がした。
 その時どこからか鐘の音が聞こえてきた。
「吹雪ちゃん、急ごう」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
 さらに急いで坂道を登る千尋を、吹雪は追う。
「はぁ、はぁ」
「吹雪ちゃん、着いたよ。ほら」
 息を切らせていた吹雪は、千尋の示した場所を見た。
「ここ……?」
 そこは大きな教会だった。
 ステンドグラスになった窓からほのかな明かりが、すっかり暗くなった外にこぼれている。
 庭には大きなクリスマスツリーが飾られていてた。本物のモミの木を使った天然のツリー。青や赤の明かりが点滅し、一番てっぺんには黄色い星があった。
「わぁ、きれい」
 色とりどりの電飾とオーナメントで飾り付けられた大きなツリー、そして教会。こんな住宅街にこんな場所があったなんて知らなかった。そこはまるで外国の絵本に出てくるようなクリスマスの雰囲気があった。
 リンゴーン。
 教会の一番上の鐘が鳴る。
 さっき聞こえてきた鐘の音は、この教会のものだったのだ。
 しかし鐘の音はそれを最後に静かになった。
「やっぱり遅かったか」
 クリスマスツリーと教会の鐘を交互に見上げて千尋はつぶやいた。
「遅いって何が?」 
「ここの教会にはあるジンクスがあるんだ」
「どんな?」
「クリスマスイブにね、このクリスマスツリーの木のそばで午後6時の鐘、6回の鐘の全部を一緒に聞いたカップルは……」
 そこで区切って、千尋は吹雪に微笑む。
「いつまでも一緒にいられるっていうジンクス」
 そう言った千尋の優し気な瞳に、吹雪の胸がとくんと鳴る。心にあたたかい何かが広がっていく気がした。
「いつまでも一緒……」
「そう。いつまでも一緒」
 小さくつぶやく吹雪と同じように、千尋もつぶやいた。 
「6時過ぎちゃったね」
「もう少し早く思い出せば良かったな」
 残念そうにため息をつく千尋。そんな千尋のコートの袖を、吹雪はそっとつかんだ。
「でも、いいよ」
「?」
「来年また来ればいいよ」
「吹雪ちゃん……」
「ほら、6回の鐘は聞けなかったけど、最後の1回はちゃんと聞けたじゃない? だからきっと1年くらいの御利益はあるわよ。それから先のは来年でいいよ」
「……来年のクリスマスイブまで一緒にいてくれるわけ?」
「それは、アンタ次第じゃない?」
 吹雪はいたずらっぽく小さく笑う。
「だったら大丈夫だ」
 千尋は吹雪の頭に手を伸ばしてそっと自分の胸へと吹雪を引き寄せた。
「御利益って言ったら、なんだかクリスマスっぽい感じじゃないね」
「いいじゃない、御利益でも」
 吹雪は千尋の腕の中でほんの少し拗ねてみる。
「吹雪ちゃんがそういうと利き目ありそうだ」
「そうよ。私が言うんだから利き目あるのよ」
「そっか。ありがとう、吹雪ちゃん」
「ん」
 千尋の肩に頭を預けて、瞳を閉じる。
 回り道をしたけれど、気がついてよかった。ここが私のいる場所だと、今はちゃんと迷うことなく思える。
「ねぇ、吹雪ちゃん」
 耳もとで名前をささやかれる。
「なに?」
「キスしていい?」
「えっ、えっー?!」
 思ってもみなかったことを言われて気が動転する。吹雪は思わず千尋から離れて、身構えた。
「なにもそんなに驚かなくても」
「だ、だって、きゅ、急にそんなこと言うから……」
「俺がプレゼントした口紅つけてたから、今日はOKかと思ったんだけどな。前に言ったでしょ?口紅をプレゼントすることの意味」
「そ、それは……」
 今まで口紅について何も言わなかったからてっきり気づいていないのだと思っていた。
 とはいえ、キスをOKするつもりで口紅をつけてきたわけでもないのだが。
「ダメ?」
「ダメって……」
 この雰囲気で断る理由は見当たらない。しかし、そうはっきりと口に出されると、恥ずかしさの方が先に出てしまう。
 顔を赤く染めてどうしようと戸惑っている吹雪に、千尋は小さく笑ってみせた。 
「今日はここまでかな」
「……えっ?」
「まだまだ先は長いからね。焦らなくてもいいってこと」
 ちょっと残念だけど、と最後に付け加えて微笑む。
 2人の時間はまだ始まったばかり。これから長く続く時間だから、ゆっくりゆっくりと過ごしても大丈夫。
 今はこうして2人で一緒にいるだけでも幸せな気持ちになれるのだから。
「これからどうする?」
 いつもの調子で千尋は訊いた。
「えっと、そうだなぁ、あったかいお茶が飲みたいかな。もう一度さっきのお店行きたい」
「了解。じゃ、お手をどうぞ」
 すっと差し出された手に吹雪は自分の手を重ねる。
 手をつないだ2人は歩き出す前に一緒にクリスマスツリーを見上げた。
 来年のクリスマスイブにもう一度ここに来よう。
 その時は、もっと2人の距離が近くなっていることだろう。
「あ、雪」
 見上げた夜空は満天の星。まるで小さな星が降りてきたかのように、雪がひらひらと舞っていた。


                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

クリスマスネタ第4弾、これが最後(笑)のクリスマスSSです。
甘々なものを目指したのですが、いかがでしょう?
直接的な言葉での告白ではないですが、紅茶屋さんでのワンシーンは吹雪ちゃんなりの告白です。
遠回しすぎてちーさん以外だったら気づかないかも(^^;)
こういう雰囲気でするやりとりはちーさんらしいかと。
そして、キスシーンはまだお預けです(笑)
でも、ちーさんは本気ではなかったのかも。
本気だったらわざわざ断らないでしょうし、ここまできたら断る必要はないでしょう。
やっと吹雪ちゃんが素直になってくれたのが嬉しくて、照れ隠しだったのかも(笑)
吹雪ちゃんがYESと答えないのを前提に訊いた感じですが、これで吹雪ちゃんがYESと答えたら、どうなってたのかしら?
いつもとは逆に戸惑うちーさん……見たかったかも(笑)
さて、これを書く前に実は1本途中まで書いたものがありました。
ボツにしたものなのですが、気に入っている一部分があるのでおまけとしてUPしました。
おまけはこちらです。

    

   

  


 

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