永遙の花嫁

第五話 〜対立〜


 

 

「許嫁……だと?」
 あまりに突然のことで言葉をなくしていたヒノエだったが。やがて小さくそう言った。
「その通り」
 丹鶴はゆっくりと頷く。
「器量良しであろう? 私の縁のある姫君で、性格はもちろん、別当の妻としての身分も相応しく、申し分ない」
 そう紹介された胡蝶は優雅な笑みを浮かべた。
 丹鶴の言葉通り、家柄の良い姫君なのだろう。胡蝶は上流貴族を思わせる品の良さを醸し出している。それはわずかな所作から伺える。
「まさか、ここまで周到に用意されているとは思わなかったな」
 ヒノエは自嘲めいた笑みをかすかに口元に浮かべる。
 結婚に反対するだけでなく、望美に対抗する許嫁まで登場するとは、さすがのヒノエも考え及ばなかった。
「だけど、このオレが親が決めた許嫁とすんなり結婚するとでも?」
「親の承諾を得ず、勝手な婚姻が許されると思ってか?」
 ヒノエも丹鶴もお互いに引かない。
 二人は視線を結ばせたまま、どちらもそらさない。
「母上がそう来るとなればオレにも考えがある」
「ほぉ?」
 丹鶴は慌てずにヒノエの出方を待つ。
 その余裕のある丹鶴の態度は、ヒノエの心を苛立たせるばかりだった。
「ならば、訊く! オレは誰だ? オレは熊野別当だ。オレの決めたことを否定することは、誰であろうと許さない。オレは望美と……っ!」
 今一つの決断が下されようとする、まさにその瞬間だった。
「ヒノエ君!」
 望美がヒノエの袖を引っぱりながらヒノエの言葉をさえぎった。
 思わずヒノエは振り返り、不思議そうな顔で望美を見た。
「望美?」
「ダメだよ、その先を言っちゃ」
「何故止める?!」
 ヒノエは望美が自分を止める理由がわからなかった。
 ヒノエが第一に考えるのは、望美との結婚だけだ。望美もそうであるとヒノエは思っていた。それなのに望美自身がヒノエを止めるとは思いもしなかった。
「ヒノエ君」
 望美はヒノエを止めた理由は言わずに、ただ首を左右に振る。
 ヒノエが強引にでも自分との結婚を進めようとしてくれたことはとても嬉しい。けれど、それはしてはいけないことなのだと望美は思う。
 確かにヒノエが言うように、ヒノエは熊野の最高権力者である別当。その別当が決めたことは、熊野に住む者なら誰でも、たとえ父母といえど従うものである。
 ヒノエと望美が結婚すること自体はヒノエの一存でどうにでもなるだろう。けれど、そうしてしまえば、祝福は得られない。力でねじ伏せるのは簡単だけど、得るものは何もない。家族の祝福を得られなければ、結婚できたとしても本当の幸福とは言えないだろう。
 それに、強引な結婚のせいでヒノエと両親との間には亀裂が生じるのは間違いない。
 ヒノエのことだから今後一切両親と顔を合わせることはしないだろう。
 近くにいる親子なのに会う事をしなくなるのは悲しいことだ。
 自分との結婚のせいで、ヒノエ達親子が不幸になるのは見たくはない。
 ヒノエと結婚はしたい。
 そしてそれは祝福されての結婚でありたい。
 この結婚で周囲のみんなにも幸せな気持ちになって欲しい。
 望美はそう願う。
 だからこそ、望美はヒノエを止めたのだった。
「……っ」
 望美の思うことはヒノエも感じ取ってわかっているのだろう。だから、続きの言葉を飲み込む。唇を噛み締め、叫んでしまいたいほどの言葉を無理矢理我慢する。
「今日はもう失礼しよう、ね?」
 こうなった以上、穏便に話は続けられない。
 望美の言うように、ここは一旦この場を離れ、心を落ち着けてから出直した方が良いだろう。
 ヒノエは深い息を吐いた。
「……わかった」
 不本意な展開だが、そうするより仕方がない。
「とりあえず、今日は引く。けれど、オレの考えが変わることはない」
 最後にヒノエはそう言い残し、望美の手を引いて歩き出す。
 望美はヒノエに引っ張られながらも慌てて丹鶴達に向かって会釈する。
「し、失礼しますっ」
 そうして、二人はその場を後にした。
 二人の姿が見えなくなると、湛快は深いため息を、そして丹鶴は小さな笑みをもらした。
「あのヒノエを止めるとは、神子殿もなかなかやりおる」
 丹鶴は楽し気にそうつぶやいた。




 

第四話                                     第六話 

 


<こぼれ話>

 初戦敗退?
 望美ちゃんも黙っていればヒノエ君の宣言だけで結婚できたんですが、それをさせないところが望美ちゃんなのでしょう。
 次なる相手はいよいよ胡蝶。
 本人同士の対戦(?)です。

    

   

  

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