『冷ややかな夜』
 
 ベランダに出て、くわえ煙草で静かな夜を見る。
 遠くに見える高速道路の灯り。
 オレンジ色の光が繋がってみえる。近くで見ると一つ一つなのに。
 耳をふさぎたくなるような大きなクラクションも、離れていると
 この夜景を演出する音になる。
 あの雑踏の中で見上げても、周りが眩しすぎて、五月蠅すぎて、
 一度もこんなことを思わないのに。
 少し冷ややかな夜の風に、自分が小さい存在だと知らされる。
 寂しいのかもしれない。
 小さくなっていく煙草。
 それでも、最後まで燃えようとする。
 ごめん。
 それを阻止するのは、私。
 それでも、煙草はそれでも全うしたと思うのかな?
 ごめん。
 私は、やっぱり寂しいのかもしれない。
 
 二十歳の誕生日に、あの人が自分の吸っている煙草を差し出した。
 ドキドキしたけれど、あの人と同じ感じが味わえるのかと躊躇なく吸ってみた。
 初めての煙草は、苦くて煙たくてどうしようもなかったけれど、あの人と同じ味がした。
 今もあの時と同じ煙草を口にする。
 あの人が好きだったこと。
 そして、私が幼かったこと。
 慣れてしまった味が、少しだけ思い出させる。
 ううん、違うね。
 私は、思い出したいんだ。
 あの時の気持ちと自分自身を。
 少し冷ややかな夜の風が、新しい火をさえぎろうとする。
 前に進みきれない自分。
 でも、後ろに下がることなんて出来ない。
 それを、知ってるくせに、
 自分が一番知っているくせに、
 いつまでも煙草に火をつけようとする。
 ごめん。
 もう少しだけ、もう少しだけ。
 忘れずにいたいんだ。
 ごめん。
 私は、やっぱり寂しいのかもしれない。
 
 
 
 
〜終わり〜