『雨の匂い』
 
 
風が教える。
もうすぐ雨が降るよ、と湿気の混じった雨の匂い。
自転車で帰路を進む私を、少しだけ急がせる。
 
ぽつぽつぽつ、と雨は待っていてはくれなかった。
私以外の人達も、慌ただしく通り過ぎる。
ぽつぽつぽつ、と雨はだんだんと粒を増やす。
そして、私を濡らすまで時間はかからなかった。
 
ずぶ濡れ寸前の私を迎える誰もいない部屋。
私はタオルを探す。
私にも、雨の匂い。
 
いつからか、心は彼を求めてなかった。
それでも、私は彼を離したくなかった。
私、彼を当たり前のように感じていたのかもしれない。
 
駅前の喫茶店、窓際の席。
別れを切り出した彼。
別れることを考えなかったわけじゃない。
こんな日がすぐ側まできていると感じていた。
でも、来てしまえばとてもせつない。
雨が、窓を濡らし始める。
足早に通り過ぎる人を眺めながら、
私は、彼の言葉を受け入れた。
 
彼はコーヒーを半分置いて席を立った。
私は彼に持っていた傘を差し出した。
「私、折りたたみ持ってるから」
最初は断っていた彼。
「最後のプレゼントだよ」
激しく降る雨を見て、彼は受け取り、
「ありがとう」と笑って、店を出た。
 
カバンの中には、傘なんて入っていない。
最後ぐらい、彼に優しくしたかった。
今まで、当たり前のようにしてきてごめん。
彼は、いつも優しくしてくれていたのに。
その優しさに、甘えてたんだね、ごめん。
もっとそのことに気が付いていたら、
私たち、ずっと一緒に居られたのかな。
 
雨は、私に教えてくれる。
おかげで、私はあの時の後悔を忘れずにいる。
 
 
 
 
〜終わり〜