『青いリンゴのお話』
ボクは、リンゴ。
まだ少し青くて、食べるのにはちょっと早い。
でも、そのおかげで、ボクは姫様をずっと見ていられる。
ボクは、このお城にすむ姫様が好きなんだ。
だから、リンゴとして一人前じゃなくてもボクはいいんだ。
いつまでも、姫様を見ていられるなら、ボクは完熟しなくてもいい。
その姫様の泣き顔を最近よく見かける。
新しいお妃様が来たらしい。なんだか、意地悪をされているようで、
姫様は、とてもつらそうに日々を過ごしている……。
ボクに力があったら、すぐにでも助けてあげたい。
けれど、ボクはリンゴ。そんな力なんてない。
姫様、元気を出して。
ただ、そう思うことしか出来ないよ。
ある日、ついにボクは食べられることになった。
新しいお妃様の手の中に、ボクはいた。
まだ、完熟していないのに、この青いボクをどうするの?
連れて行かれたのは、厨房ではなく薄暗い地下室。
そこに響くお妃様の声。
「このリンゴを毒リンゴに変えて、あの姫に食べさせよう。そうすれば、姫は死ぬ。
これで、王の愛は私だけのものになる」
…ボクは、信じられなかった。
このボクが、姫様を殺してしまうなんて。
そんなこと、出来ないよ。したくないよ。
助けて!
けれど、ボクはリンゴ。ここから逃げ出すことなんて出来ない。
姫様、ボクを食べないで。
そう、願うことしかできないよ…。
気がつくと、ボクは深い赤のリンゴになっていた。
このボクがとんでもないものになってしまったこともわかる。
ボクは、お妃様と共に、薄暗い地下室から出た。
そして、庭で遊ぶ姫様のもとへ。
「さっきは、すまなかったね。さぁ、これをお食べ」
優しく、そして怪しく笑うお妃様から差し出されたボクを、姫様は嬉しそうに受け取った。
姫様、ボクを食べちゃダメ。
ボクを食べたら、姫様は死んでしまう…。
何度も何度もそう思ったけれど、姫様はボクを一口食べた。
すごく美味しそうに、すごく嬉しそうに…。
そして、お妃様に笑いかけて……倒れた。
お妃様は、自分の足下に倒れた姫様を見て、笑った。
…ボクはなんてことをしてしまったんだろう。
大好きな姫様を殺してしまう道具になるなんて。
ボクがリンゴだから、ただのリンゴだから…。
ボクがリンゴじゃなかったら、ただのリンゴじゃなかったら、姫様を助けられたのに…。
すると、空がボクに柔らかい光がさした。
「あなたの一生懸命な想いに力を授けましょう」
誰かの優しい声がボクを包んで、そして、柔らかい光がボクを人へと変えた。
ボクは、リンゴじゃない。もうただのリンゴじゃない。
今のボクなら姫様を助けられるかもしれない。
ボクは、姫様を抱き上げた。
ボクの想いに力があるなら、この全てを賭けて、姫様に再び命を。
そして、想いを込めて、ボクは姫様にKissをした。
姫様は、お城で元気に暮らしている。
お妃様は、姫様を殺そうとした事実がバレて、国を追放された。
お城には、穏やかな風が吹いている。
ボクは、と言うと。
ボクは、リンゴ。
まだまだ、青いリンゴ。食べるのにはだいぶ早い。
いつまでも姫様のことを想うリンゴ、です。
〜終わり〜