『眠りの呪文』
 
 むかーし昔、そのまた昔。
 小さな国に、色の白いお姫様がいました。
 お姫様には、父上である王様しか家族がいませんでした。
 母上のお妃様は、お姫様がまだ小さい時に亡くなってしまったのです。
 ある日、王様は新しいお妃様を迎えることにしました。
 お姫様は、新しいお妃様を自分の母上のように慕おうと思っていました。
 けれど、新しいお妃様は、美しく優しいお姫様を憎らしく思っていました。
「どうにかして、王を私だけのモノにしたい…」
 新しいお妃様は、魔女をたくさんのお金で雇いました。
「姫をこの世の中から消しておくれ」
 それを聞いて、魔女はとても困った顔をしました。
「そういうご希望は聞けない規則になっているのですが…」
「規則がなんだっていうの!あなたにこんなにもお金を出していると
いうのに!」
 新しいお妃様は、魔女の前にさらにお金を積み上げました。
「いえ…いくらお金を積まれても、私には出来ません」
 魔女が断ると、新しいお妃様は、
「この役立たず!」
と、魔女を追い返しました。
「魔女はおまえだけじゃない。他の魔女に頼むまでのこと」
と、ふっと笑う新しいお妃様。
 その笑顔を見た魔女は、とても不安に思いました。
「お姫様は本当に殺されてしまうかも…」
 すると、魔女はぴーん!とひらめきました。
「あぁぁ、それなら私がやりますぅ」
 魔女は、新しいお妃様にすがりました。
「ふ…、やっぱり金しだいなのだな」
 新しいお妃様は、魔女にたくさんのお金とお姫様をこの世から
消す命令を出しました。
「わかりました…。では、次の満月の夜に」
 魔女は、新しいお妃様の命令を聞き入れました。
 
 そして、満月の夜。
 魔女は新しいメイドに変身し、お姫様を森の奧へ誘い込みました。
「お姫様、今宵の満月は素晴らしき光を見せてくださいますね」
「でも、どうして森へ?」
「満月の光を浴びると、とてもキレイになれるのですよ。お姫様には
もうすぐ王子様との結婚があるかもしれないですし、より一層おキレイに
なって頂きたいですから」
 魔女がお姫様の手を引いて、更に森の奧へ着いた時、
お姫様のスキをついて、魔法の眠り粉をお姫様に振りかけました。
 そして、眠りの呪文をごにょごにょと唱えました。
 すると、お姫様はその場に崩れ落ちるように倒れ、深い眠りにつきました。
「私には、こんなに素敵なお姫様を消し去ることなんて出来ないわ」
 魔女は、魔法でふかふかベットを出し、そこへお姫様を寝かせ、
新しいお妃様からもらったたくさんのお金をお姫様のそばに置きました。
 そして、幸せの呪文をごにょごにょと唱えました。
「この魔法はまだ未熟なものだけれど、どうかお姫様に幸福の光が射しますように」
 魔女は、お姫様を森に残し、新しいお妃様の元に向かいました。
 
「ご命令どおりに、お姫様を消して参りました」
 それを聞いた新しいお妃様は、
「ほーっほっほっほっほ」
と、高笑いをし、
「これで、王は私だけのモノ」
と、喜びを露わにしました。
 魔女は、新しいお妃様が何の疑いも持たなかったことに安心し、あとは
『お姫様、どうかお幸せに…』
と、願うだけでした。
 
 満月が姿を隠し、まぶしい朝日が射す頃。
 お姫様はまだ眠っていました。
 そこへ、森の働き者小人5人衆が近くを通りました。
「ん?何かあるぞ」
「何だ?何だ??」
 小人達は、お姫様が眠るベットに近づいてみました。
 とても穏やかに眠るお姫様を見て、
「キレイな人だなぁ」
と、一瞬にしてトリコになってしまいました。
「どうしてこんなところで寝ているんだぁ?」
 小人達は、それぞれ考えてみました。
 けれど、よい考えは思いつきませんでした。
「起こしてみる?」
 1人の小人が言いました。
「そうだな」
と、あとの4人も賛成しました。
 そして、お姫様を揺らしてみました。
「ねぇねぇ、朝ですぞ」
「起きて、起きて」
 お姫様は、どんなに揺らされても目を覚ましませんでした。
「起きないなぁ」
「こんな所で寝てたら、雨が降ってきたら大変だね」
「びしゃびしゃになっちゃうよ」
「お屋根、作ってあげる?」
「そうだな」
 小人達は、森中を歩き回って、木を集め、ベットの上に
屋根を作ることにしました。
 とんてんかん、とんてんかん。
 ものすごく大きな音がしているのに、お姫様は目を覚ましません。
「だいぶネボスケだなぁ」
 小人達は、小さいながらも職人技ですばやく屋根を作り上げました。
「これで、雨が降っても大丈夫だね」
「そうだ、そうだ」
 小人達は、自分達の家に戻って行きました。
 
 一方、お城では、王様がお姫様の行方を心配していました。
「どうして、姫はいなくなってしまったのじゃ?」
「きっと何者かに連れ去られてしまったのですわ」
 新しいお妃様は、王様にバレないように、嘘の涙をこぼしました。
「姫を探すのじゃ。何としても」
 王様は、国の警備隊に国中をくまなく探させました。
 でも、お姫様は見つかりませんでした。
 それもそのはず。
 お姫様が連れて行かれた森は、国を離れ、ずっと遠い場所にある森だったからです。
 心配する王様の姿を見た魔女は、とても心苦しくなりました。
「いっそのこと、真実を王様にうち明けたらいいのかもしれないけれど、
そうすれば、お姫様はきっとあのお妃様に殺されてしまうわ…」
 魔女には、こんな状態を見守ることしか出来ませんでした。
 
 さて。森で眠るお姫様は、あれからずっと目覚めることなく、時が過ぎていきました。
 小人達は毎日、お姫様を見にやって来ます。
「お腹空かないのかな?」
「どうして、ずっと寝ているんだろう?」
 小人達は、聞きたいことがたくさん。
 でも、お姫様はすやすやと眠り続けています。
 そこへ、とある国の王子様一行が森を通り抜けようとしました。
「あれは何だ?」
 木の屋根の下で、ふかふかベットに眠るお姫様を見つけた王子様が
近くへやって来ました。
「この方は、あの国のお姫様ではないのか?」
 王子様は、お姫様が行方不明になってしまったという噂を聞いていたので、
すぐにお姫様だということがわかりました。
「あんたの国の人かな?」
「ずーっと寝てるんだけど」
 小人達は、次々と王子様に話しかけました。
 王子様は、話を聞いているうちに事情がわかったようで、お姫様を
国に連れて行くことに決めました。
 次の日。
 王子様は、自分の国から大きな馬車を持って来ました。
 その馬車なら、眠っているお姫様のベットごと運べるからです。
「気をつけてなぁー」
 王子様は、小人達に見送られながら、森を出発しました。
 森から、お姫様の国までかなりの距離があります。
 長旅になりそうです。
 王子様は、お姫様を気にしながら、馬を走らせました。
 幾日か走った頃、王子様一行をものすごい嵐が襲いました。
 川は水を増し、橋は今にも崩れそうになっていました。
「このままでは、今いる道にも水があふれてくる」
 そう判断した王子様は、少し無理をして、危ない橋を渡ることにしました。
 まず王子様が橋を渡ってみました。
 どうにか、渡れるようです。
 それに続いて、お姫様を乗せた馬車も橋の渡ります。
 みしみしみし…。
 橋は馬車の重みに耐えられず、馬車が渡り終えぬうちに、ものの見事に崩れて
しまいました。
「しまった!」
 王子様がそう思った時には、お姫様の乗せた馬車の荷台が、激しい川の流れに乗って
行ってしまいました。
 王子様が追いかけようとしても、川の流れはものすごく速く、しかも風や雨がきつく、
追いかけることができませんでした。
 お姫様を乗せた荷台は、瞬く間に見えなくなってしまいました。
 
 嵐も静まり、ある村で、おばあさんが川で洗濯をしていました。
「長い嵐で、ちっとも洗濯がでけへんかったもんなぁ」
「ばーちゃん、腹減ったなぁ」
 山でリンゴ積みを終えたおじいさんが帰って来ました。
「んじゃ、そろそろご飯にしよか」
 おばあさんが、洗濯物を片付けていると、何やら川の上流から流れてくる大きなモノに
気付きました。
「じーちゃん、何か変なん流れて来るで」
 そう言われて、おじいさんもおばあさんが指差す方を見てみました。
「ホンマや。何やあれ?」
 おじいさんは、川に入り、その大きいモノを受け止めて見ました。
「ぐをををををー。めっちゃ重いわぁ」
 おじいさんは踏ん張って、その大きいモノを川岸に寄せました。
「きゃー、じーちゃん、かっこええわぁ」
 おばあさんのその声に、おじいさんは少し自慢げです。
 さて、おばあさんがその大きいモノをよく見ました。
「こんな所に戸付いてる」
 おばあさんは、その戸を開けてみました。
「うわっっ、人がおるで」
 そうです。この大きなモノは、あの嵐で流された馬車の荷台だったのです。
 お姫様は相変わらず、ずーっと眠り続けていました。
「何やわからんけど、連れて行ってみる?」
 おじいさんは、馬車の荷台を抱えようとしましたが、当然持ち上げることが
出来ず、村の青年団に手伝ってもらい、家まで運びました。
 お姫様の眠るベットは、おじいさんの家の部屋全体を使うほどの大きさでした。
「うわ、めちゃ家せまなったなぁ」
 おじいさんもおばあさんも、ベットの大きさに驚くと共に困ってしまいました。
 でも、お姫様の気持ちよさそうな寝顔を見ると、起こすことも出来ませんでした。
「しゃーない。しばらくこうしとこか」
 おじいさんとおばあさんは、しばらくの間、となりの源さんのお家でお世話に
なることにしました。
「でも、どうしたらええねん?」
「警察に届けたらええんかなぁ?」
「でも、何て言うのん?」
「落とし物でもないしなぁ…」
 結局、村の警察には知らせておいて、お姫様はおじいさん達が
預かることにしました。
 それからの毎日も、お姫様はすやすやと眠り続けていました。
 おじいさんは山でリンゴ積み、おばあさんは畑で農作業。
 お姫様がやって来るまでの毎日とほぼ変わりなく、過ごしていました。
 そうそう。一つ変わった事は、毎日の疲れがお姫様の健やかな寝顔を見ると、
どこかに吹っ飛んでいくようになったことです。
 おじいさんの肩こりもおばあさんの腰痛も、信じられないぐらい軽くなりました。
 そのことを源さんに言うと、源さんもお姫様の寝顔を見に来ました。
 すると、源さんのヒザ痛も和らぎだような気がしました。
 これはすごい!とお姫様の噂は、村中に知れ渡り、村人が毎日お姫様の寝顔を
見に来るようになりました。
 毎晩、夜泣きしていた赤ちゃんがお姫様を見た夜からすやすやと眠るようになり、
お母さんも穏やかに眠れるようになったり、いつもいがみ合っていた人同士が
解り合えるようになったり…といいことは様々でしたが、みんなに幸せが訪れました。
「何?そんなすごい娘が?」
 その噂を聞きつけたある国の王様が村にやって来ました。
「どんな願い事でも叶えてくれるそうじゃな」
 噂はどんどんと広まっていくうちに、眠れる娘が願いを叶える…と伝わって
いったようです。
「私にもその娘に会わせてもらえないだろうか?」
 王様は、おじいさんとおばあさんに願い出ました。
「私の娘である姫が、ある日突然姿を消してしまったのじゃ。どんなに捜しても
今だに見つからない。その娘が願いを叶えてくれるのなら、どうか娘を捜し出して
もらいたい」
「願いが叶えられるかどうかはわかりませんが、あの眠る娘さんを見ると何故か心が
癒されますよ」
 おばあさんは、お姫様が眠る家に王様を案内しました。
「ひ、姫?!」
 王様はベットで眠るお姫様を見つけると、とても驚きました。
「何故、こんな所に…」
 おばあさんは、これまでの経緯を王様に説明しました。
「…そうですか。川を流れてきたのをあなたのご主人が助けてくださったのですか。
ありがとうございます」
 王様は、おばあさんに深々と頭を下げました。
「お世話になりました。姫は、国の城へ連れて帰ります。このお礼は必ず…」
 王様はすぐさま国の者を呼び寄せ、お姫様を連れて帰りました。
「姫が帰って来たぞ!」
 王様はお城に帰るなり声高らかに、そう言いました。
「何ですと?!」
 それを聞いた新しいお妃様は、ものすごく驚きました。
「そんなことはないはず。何故、姫が生きているのだ?!」
 新しいお妃様は慌てて、お姫様の姿を確認しに行きました。
 お姫様は、まだすやすやと眠り続けています。
 それを見た新しいお妃様は怒り心頭。
「あの魔女めっ、嘘をつきおったな?!」
 新しいお妃様は、王様がすぐそばにいることも忘れ、そう叫んでしまいました。
「ん?!どういうことだ?!」
 王様は、新しいお妃様に厳しく問いただしました。
 新しいお妃様は我に返り、王様の追求にとても困りました。
「ん、ん〜」
 お姫様がうっすらと目を覚ましたようです。
 王様は新しいお妃様を追求するのを止め、お姫様の元へ駆け寄りました。
「姫、大丈夫か?」
 お姫様は、ゆっくりと目を開けました。そして、ゆっくりと起きあがり、
目をこすりながら、周りを見渡しました。
「ん?おはよう」
「おはよう、姫」
 お姫様の声を聞いた王様は、涙をポロポロとこぼしました。
「おはよう、お母様」
 お姫様にそう言われた新しいお妃様は、思わず
「おはよう、姫」
と言ってしまいました。
 すると、お姫様はにっこり笑いました。
 新しいお妃様はその笑顔を見て、自分のしたことがとても悔やまれました。
「私はなんてことをしたのだろう…。こんなにも優しく笑いかけてくれる姫を
消そうとしたなんて…」
 新しいお妃様も、涙をポロポロとこぼしました。
「許しておくれ…、姫」
 新しいお妃様は、お姫様の元へ行き、ひざまずきました。
「どうして、お母様が謝るの?お母様は何も悪いことなんてしていないわ」
「…私は、あなたを…」
「お母様、聞いて。とても楽しい夢を見たの。小人さんが現れてね、王子様にも会えてね、
村のおじいさんもおばあさんも、みんなみんな、優しくしてくれたの。
すごく嬉しかった♪村ではね、村中のみんながニコニコしているの」
「…楽しかったの?」
「うん、とっても。みんなが嬉しい顔していると私まで嬉しくなるの!」
 お姫様は、とても楽しそうに話し続けました。
 それを見た王様は、お妃様のことを許してあげることにしました。
 だって、お姫様のお話を聞いているお妃様は、とても優しい顔をしていたからです。
 
「お姫様、お幸せになられたようですね」
 魔女も、お姫様の笑顔に安心しました。
「どうか、その笑顔が悲しみに曇りませんように…」
 魔女は今日もお姫様やみんなの幸福を願い、お客様の依頼を受けに飛び回っています。
 
〜終わり〜