『心の住人』
 
 ミツくんの心の中のずーっと奥の方に、スキライという子が住んでいました。
 スキライは、いつも楽しそうにいろんなものを眺めていました。
『んん?これ何?』
『にんじんって、オレンジ色してんねんなぁ』
 ミツくんは、お母さんが作ってくれたクリームシチューをもぐもぐ食べます。
『げげっっ。にんじんってマズぅ』
 スキライがそう思うと、ミツくんはにんじんをまずく感じてしまいます。
 ミツくんは、器の中にあるにんじんをスプーンでよけ始めました。
「ミツ、にんじんもしっかり食べなあかん」
 お母さんが、それを見て注意しました。
 ミツくんは嫌な顔を浮かべました。
 そう、スキライはミツくんの心の中に住んでいるので、スキライの思うことが
そのままミツくんの気持ちになってしまうのです。
『こんなマズイもん、食べられへんわ』 
 アイスクリームが目の前に出てきました。
 ミツくんはぱくっと口に入れます。
 冷たく甘い感じが口いっぱいに広がりました。
『うひゃぁ〜。めちゃおいしい♪』 
 ミツくんの気持ちも、同じように“おいしい”になりました。
『もう、おいしい物しか食べたないな』
 次の日から、ミツくんはおいしい物しか食べなくなりました。
「ちゃんと食べなさい。大きくなられへんよ」
 お母さんは、ミツくんの態度を見て叱りました。
 けれど、スキライが嫌なものはミツくんも嫌で、決して食べませんでした。
 そんなある日、スキライの小さい気持ちの中にもやもやとしたものが
広がり始めました。
『スキライが食べへんかったら、ミツくんも食べへん。食べへんかったら、
ミツくん、大きくなられへんねんなぁ』
『けど、マズイもんはマズイ。食べたないわ』
 2つの気持ちが、スキライの中にぐるぐると回ります。
 ミツくんの目の前に、またにんじんがありました。
 ミツくんは、いつものようにスプーンでよけます。
『ちゃんと食べへんかったら、大きくなられへんよ』
 スキライがそう思うと、ミツくんはいっぱい考えて、にんじんを
口まで運ぼうとします。けれど、
『でも、マズイでぇ』
 スキライのもう1つの気持ちがそう言うと、ミツくんはまた
にんじんを元の場所に戻します。
『けど、食べなあかんて』
『なんでやねん。マズイやんかっっ!』
 スキライの2つの気持ちがケンカし始めました。
 ミツくんは、心の中が暴れ始めて、困っています。
『なんやねんっっ!ミツくんの為やんかっっ』
『イヤやっっ。おまえとはやっとられんわっっ』
 スキライの中の気持ちがぶつかり合って、スキライは分身してしまいました。
 1人は、にこにこ顔のスキライ。もう1人は、ぷんぷん怒り顔のスキライ。
 スキライが2人になったことで、ミツくんの心の中は少し落ち着きました。
 けれど、まだにんじんは目の前にあります。
『ミツくん、食べてみよ』
 にこにこ顔のスキライがそう言うと、ミツくんはにんじんを食べてみることに
しました。
 もぐもぐもぐ…。
『げげっっ。やっぱりマズイやんかっっ』
 怒り顔のスキライがそう叫ぶと、ミツくんの顔がくしゃくしゃになり、
口にあるにんじんを吐き出しそうになりました。
『あかん、あかんて。がんばれ!ミツくん』
 にこにこ顔のスキライが叫び、ミツくんを応援します。
『あかんでっっ、こんなマズイもん食べられへんってっっ』
 怒り顔のスキライも、にこにこ顔のスキライに負けないように叫びます。
『がんばれ!ミツくんっっ!!』
『あかん!吐き出せっっ!!』
 ミツくんは、ガマンしてもぐもぐしています。
『がんばれ!!』
 ごくん…。
 ミツくんは、にんじんを飲み込みました。
 ミツくんの心の中に響いたのは、にこにこ顔のスキライの声でした。
『あぁ…食べてまいよった』
 怒り顔のスキライは、がっくり肩を落としました。
『がんばったねぇ』
 にこにこ顔のスキライは、もっとにこにこ顔になりました。
 ミツくんのお母さんも、がんばって食べたミツくんの頭を優しく撫でました。
「よう食べたなぁ」
 ミツくんの口には少しマズイ味が残っていたけど、お母さんの嬉しそうな顔を見ると、
嬉しくなりました。
 
 その日から、ミツくんの心の中の住人は2人になりました。
 1人は、にこにこ顔のスキ。
 もう1人は、ぷんぷん怒り顔のキライ。
 2人は、いつもケンカばかり。
 時には、スキが勝って、時には、キライが勝ったりします。
 でも、2人はなかよしです。
 だって、2人ともミツくんのことをいつも想っているからね。
 
〜終わり〜