『ユキくんの嘘』
 

 外はしとしと雨が降っています。
 お母さんは「今日はお母さん1人で行って来るからね」と買い物に出かけました。
 ユキくんは、お留守番です。

 テーブルの上に、ユキくんの大好きな苺のケーキ。
 お母さんが「おやつに食べていいよ」と置いていってくれたのです。
 お母さんが出かけたばっかりだけど、ユキくんはちょっと早めのおやつの時間にしました。
「いっただきま〜す♪」
 ユキくんは、ケーキを一口ぱくっっと食べました。
「んっ、おいしい〜」
 でも、いつもよりちょっと静かなお部屋で食べるケーキは、おいしいんだけど、
 なんだかちょっとおいしくない。
 ヘンだなぁ〜。
「そうだ!いいこと思いついたっっ」
 ユキくんは、食器棚にあるお母さんのマグカップを取りだしました。
「お母さん『これで飲むとおいしいだよね〜』って言ってたもんね〜」
 ユキくんは、オレンジジュースをお母さんのマグカップに注ぎました。
 そして、ごくごくごく。っと飲んでみました。
「あれ?いつもと同じだよ。ヘンだなぁ〜」
 ユキくんの「ケーキをいつもよりおいしく食べよう作戦」は失敗?
 仕方ないので、そのままケーキを食べました。
「ごちそうさまでした〜」

「そうだ!またまたいいこと思いついたっっ」
 ユキくんは、使った食器を洗うことにしました。
 帰ってきたお母さんが誉めてくれると思ったのです。
「キレイキレイにしましょうね〜♪」
 ユキくんは椅子の上に立って、流し台で洗い始めました。
 スポンジにいっぱい洗剤つけて。ごしごしごし。
「あわあわだよ〜」
 お母さんのマグカップはぴかぴかになりました。
 そして、食器棚にしまおうとしたら、なんとマグカップがつるんと落ちてしまいました。
 ガシャン。
 床に落ちたお母さんのマグカップは、割れてしまいました。
「あぁぁ、どうしようぅぅぅ」
 ユキくんは、割れてしまったマグカップをどうしていいのかわかりませんでした。
「…勝手に使っちゃったからかなぁ」
 ユキくんの目は涙でいっぱいになりました。
 お母さんが大切にしていたマグカップ。
 ユキくんの頭の中には、すごく怒っているお母さんの顔が浮かびました。
「お母さんに怒られる…。きっとすごく怒られる……」
 ユキくんは怖くなって、割れたマグカップを自分の宝箱の中に入れました。

「ただいま〜。すごい雨だったよ〜」
 お母さんが買い物から帰ってきました。
「…おかえりぃ」
「あら、ユキくんどうしたの?さみしかったの?」
「うぅん。違う」
 お母さんは、テーブルの上に何もないことに気が付きました。
「あら、ユキくん。ケーキ食べたの?
「…うん、食べた」
「あら、お皿洗ってくれたの?」
「…うん」
「ユキくん、ありがと〜」
 ユキくんの頭を撫でてくれるお母さんの顔はすごく笑顔でした。
 でも、撫でられているユキくんはあまり嬉しくありませんでした。
 頭の中には、お母さんが怒ってる顔が浮かぶからです。
「じゃあ、お母さんもちょっと休憩しよう〜」
 お母さんは食器棚を開けました。
「あれ?」
 お母さんは、いつものところにないマグカップを探し始めました。
「あれぇ、おかしいなぁ。ユキくん、お母さんのマグカップ知らない?」
 ユキくんの胸は緊張でドキドキ。
 言うなら今だよ、ユキくん。
「…知らないよ」
 ユキくんは、マグカップを割ってしまったことを言い出せませんでした。

 その夜。
 寝ているユキくんの瞳の中に、誰かが現れました。
「あ、妖精ちゃんかなぁ?」
 よーく見てみると、妖精ちゃんではなく、知らない人が立ってました。
「やぁ、ユキくん」
 知らない人は、にっこりとユキくんに笑いかけました。
「ボクと一緒に遊ぼうよ!」
 そう言うと、知らない人はユキくんの手を引いて、歩き出しました。
 ユキくんは、ドキドキしながらその人について行きます。
「ボク、名前ないんだ。ユキくんつけてよ」
「え…?名前…」
 ユキくんは、その人が鳥みたいな鮮やかな色の髪をしていることに気が付いたので、
「トリちゃん」
と、名付けました。トリちゃんは、
「トリちゃん。かわいいねー。ボク、トリちゃん」
と、にこやかに言いました。どうやら気にいったみたいです。
「ね、トリちゃん、どこに行くの?」
「ボクのお気に入りの遊び場さ!」
 トリちゃんは、ユキくんの手をひいてどんどんと歩いていきます。
 連れて行かれた場所は、いつも妖精ちゃんと遊んでいる森でした。
「ね、妖精ちゃんも呼んで、みんなで遊ぼうよ!」
 ユキくんがそう言うと、トリちゃんは、
「その前に」
と、あめ玉をひとつくれました。
「ひとつしかないから、ユキくんにあげるよ」
「ありがとう」
 ユキくんは、そのあめを早速食べました。
 とても甘くて、おいしいあめでした。
「んじゃあ、妖精ちゃんを呼びに行こう!」
 ユキくんは、トリちゃんと妖精ちゃんのお家へ行きました。
 妖精ちゃんのお家は、少し背の高い木の枝の上にあります。
 ユキくんは、木の下から妖精ちゃんを呼びました。
 すると、妖精ちゃんは眠い目をこすりながら、出て来ました。
「あら、ユキくん、どうしたの?」
「ボク、妖精ちゃんと遊ばないよ!」
「えっっ?」
 ユキくんが言った言葉に、妖精ちゃんも言ったユキくんも驚きました。
『ボク、そんなこと思ってないのに…』
と、ユキくんは思いましたが、それを妖精ちゃんに伝えると、
「ずーっとそう思ってたんだ!」
と、言ってしまいます。
『どうして?』
 ユキくんは、違う言葉が出てしまうことがよくわかりませんでした。
 妖精ちゃんは、ユキくんの冷たい言葉に涙をポロポロとこぼしています。
 それを見たユキくんも泣きそうになりました。
「ユキくん、妖精ちゃんと遊ばないなら、ボクとあっちで遊ぼう」
 トリちゃんは、ユキくんの手を引いて、森の奧へと歩いて行きました。
 ユキくんは、どうして妖精ちゃんにあんなことを言ってしまったんだろう…と、
考えていました。
「あら、ユキくん!」
 森の絵描きさんのさっちゃんが、野原で絵を書いていました。
「…こんにちは」
「あら、元気ないわねぇ、どうしたの?」
「ううん!元気だよ!」
 ユキくんは、自分と思っていることと逆のことを言ってしまい、
また驚きました。
「そう、元気ならいいわ」
 さっちゃんは、ニッコリと笑いました。
「ねぇ、ユキくん見て、今日は野原の絵を書いたの」
 さっちゃんは、書いたばかりの絵をユキくんに見せてくれました。
 その絵は、とても素敵な絵でした。
「ヘンな絵だね。ちっともよくないよ」
 ユキくんは、また思いとは逆のことを言ってしまいました。
「…そう。ごめんなさい、ヘンな絵を見せて…」
 さっちゃんは、絵の道具を片付けて、歩いて行ってしまいました。
『違うよ!さっちゃん!!すごく素敵な絵だよーっっ!』
 ユキくんはそう言いたかったけれど、また逆のことを言ってしまうかもしれないので、
黙っていました。
「さ、行こう」
 トリちゃんは、ユキくんの手を引っ張りました。
 でも、ユキくんは行こうとしません。
「どうしたの?」
 ユキくんは、泣きだしてしまいました。
「どうして、ボク、あんなこと言っちゃうの?あんなこと思ってないのに…」
「ユキくんは嘘つきだからさ」
「ボク、嘘つきなの?」
「そうだよ。ユキくん、今日、お母さんに嘘ついただろ?」
 ユキくんは、トリちゃんにそう言われて、お昼のことを思い出しました。
「さっき、ユキくんにあげたあめはね、嘘をついてしまう魔法のあめなんだ」
「どうして、そんなのくれたの?!」
「だから、言っただろ?ユキくんは嘘つきだからさ。嘘をつくとね、嘘をつかれた
人は、たいがいは悲しい思いをするんだ。みんなユキくんを大切に思ってくれている人達は、
ユキくんが正直に言ってくれていると思うからだよ」
「…ボク、今日、お母さんに嘘ついちゃった。お母さんが大切にしてたマグカップ、
勝手に使って割っちゃったのに、知らないって言っちゃった」
 ユキくんは、たくさん泣いてしまいました。
「謝りに行こう。ごめんなさいを言おう」
「…許してくれるかな?」
「うん、ユキくんがちゃんと謝ればね」
 トリちゃんは、ユキくんの手を引いて、さっちゃんのお家に行きました。
「さっちゃん、さっきはごめんなさい。ボク、本当はさっちゃんの絵、すごく素敵な絵だと
思ってるんだ。ボク、嘘ついちゃったんだ。ごめんなさい」
 すると、さっちゃんは、
「もういいよ。いつものユキくんなら、あんないい方しないのに…て思ってたんだ」
と、ニッコリ笑ってくれました。
「ボク、もう嘘はつかないよ」
 ユキくんは、さっちゃんと約束のゆびきりげんまんをしました。
 そして、ユキくんは、妖精ちゃんのお家に行きました。
「妖精ちゃん、さっきはあんなこと言ってごめんなさい。ボク、妖精ちゃんのこと大好きだよ。
これからも一緒に遊んで…」
 すると、妖精ちゃんは、
「あたしも、ユキくんのこと大好きだよ!だから、許してあげるよ!」
と、ニッコリ笑ってくれました。
「それに、そのコを見たとき、魔法の仕業かな?って思ったし…」
と、トリちゃんを見ました。
「妖精ちゃん、トリちゃんを知ってるの?」
「トリちゃん…ていうの?そのコ、魔法のあめを売ってるコでしょ?」
 トリちゃんは、へへっと笑い、
「そうだよ。今まで名前なかったんだけど、ユキくんにつけてもらったんだ」
「かわいいね」
と、妖精ちゃんに言われて、顔を赤くしました。
「ね、一緒に遊ぼう」
 それから、ユキくんと妖精ちゃんとトリちゃんは、森で仲良く遊びました。

 ちゅんちゅん…。
「ユキくん、おはよう」
 ユキくんは、いつものようにお母さんの声で目が覚めました。
「ユキくん、昨日はどんな夢を見たの?泣いたり、笑ったり忙しそうだったね」
『そうだ!お母さんに謝らなくちゃ…』
ユキくんは、勇気を出して言いました。
「お母さん。ボクね、お母さんが大切にしてるマグカップ、勝手に使って割っちゃったんだ。
…ごめんなさい」
 ユキくんは、すごく怒られると思っていました。
 でも、お母さんは
「そうなの?だいじょうぶ?ケガしなかった?」
と、ユキくんをのぞき込みました。
「…うん。だいじょうぶ」
「そう、だったらいいけど。でもね、ユキくん。割っちゃったんなら、ちゃっとそう言って。
黙ってるのはダメ」
「…ごめんなさい。…すごく怒られると思ったの」
「うーん。怒らない、って言えばウソになるかな〜。あのマグカップ、お母さんが大切にしてたし。
でもね、割れちゃったモノは仕方ないの」
「…ごめんなさい」
「うん。もうわかったよ。今度から気をつけてね」
「…はい」

 そうそう。
 ユキくんは聞いてみました。
「ねぇ、お母さんはあのマグカップで飲むとおいしいって言ってたけど本当?」
「ユキくんは、あのマグカップで飲んで、おいしくなったの?」
「…いつもと同じだった」
「あのマグカップはね、お父さんがプレゼントしてくれたマグカップなの。
だから、特別おいしかったの。お母さんだけに聞く魔法かな」
 お母さんは、にっこりと笑いました。

 ユキくんは、宝箱にしまってある貯金箱を取りだしました。
 がしゃがしゃがしゃ。
 出てきたお金を持って、お父さんの所へ行きました。
「ねぇ、これでマグカップ買える?」
「ん〜、どんなのマグカップ買うの?」
「魔法のマグカップ」
「魔法のかぁ〜。魔法のは無理かもしれないけど、よし、お父さんのお金も足して、買いに行こう」
 ユキくんは、お父さんと二人でマグカップを買いに行きました。

 


〜終わり〜