『涙〜Rui〜』
 
 気が付くと、ボクはここにいた。
 
 ひとつだけぽつんと置かれた椅子に、ボクは座って。
 キラキラと光が、ボクに集まり、ボクの中に消えていく。
 ただそれだけ。
 それが何度も繰り返されて。
 いつしか、ボクの中に消えていった光たちが教えてくれた。
 ここは、寒くて暗いということ。
 外はとても冷たく強い風が吹いて、氷が周りを覆い、広がる景色は
白く濃い霧が見えるだけ、だと。
 ここにはボクしかいないくて。
 それはとてもさみしいことなんだ、と。
 そして、この光たちは、人が悲しくて流す涙だということを知った。
 涙は、どこにも行き場所がなくて、ボクのところにやってくるんだ。
 ボクは少しずつ、ここにいる意味を感じていた。
 
 止めどなく集まる光。強くなる風。
 たくさんたくさん、悲しみがあるんだね。
 誰もいない部屋で一人でテレビを見て、お母さんの帰りを待っているコが
こぼした涙。
 友達にいじめられて、誰にも気付かれないようにベットの中でこっそり流した涙。
 大切な人を、意味のない争いでなくしてしまった人の涙。
 涙がボクに見せてくれるたくさんの悲しみが、とても心を痛くする。
「大丈夫だよ。ボクがここにいるから」
 ボクがそう言うと、冷たい涙は少しだけ暖かくなって、ボクの中で消える。
 ボクは、この涙たちの唯一辿り付く場所なんだね。
 ねぇ、ボクから悲しみがあふれたら、ボクも涙をこぼすのかな?
 ボクの涙は、どこへ行くんだろう…?。
 誰かが、ボクの涙を受け止めてくれるの?
 …誰もいなかったら、ボクの涙はどこへ行くの?
 ボクには、誰もいないね。
 だから、ボクは泣いちゃダメだ。
 そう、泣いちゃダメなんだ。
 
 時々、涙がボクに夢を見せてくれる。
 誰かが笑っている。とても楽しそうだ。
 涙をこぼした人達が見た楽しい出来事。
 ねぇ、何が楽しいの?どうして、そんなに笑えるの?
 ボク、笑ったことがないんだ。
 ねぇ、どうやって笑えるの?
 ねぇ、ボクにも教えて…。
 
 夢から覚めると、いつもと変わらない風景が目の前に見える。
 冷たく強い風。暗い場所。
 そして、ボクに吸収されていく涙…。
 ある時、ボクは夢から覚めると手の上に小人が3人いたんだ。
 小人達は震えて、涙をぽろぽろとこぼれている。
 涙が見せてくれる光景だった。
 こぼれた涙は、ボクに吸収されていく。
「悲しいんだね。大丈夫、ボクはここにいるよ」
 そう言っても、小人の涙は止まらなかった。
 ボクは、どうしていいのかわからず、ただじっと小人を見つめた。
 どうして、小人がここにきたのか、わからないけれど、
ボクはこの小人を大切にしようと思った。
 いつかこの小人の涙が止まり、笑顔が戻るように…と。
 
 そしてボクは、また夢を見た。
 男の子が妖精と楽しそうに遊んでいる。
 ね、何して遊んでいるの?
 小人達のように、ボクのところに来て。
 そして、たくさんお話しようよ。
 ボクも、一緒に遊びたいよ…。
 
 夢はすぐに覚めて目を開けると、夢の中にいた妖精が小人が現れた時と同じ
手の上にいた。
 妖精は、涙をこぼさず、恐い顔をして、ボクをじっと見た。
「…ねぇ、あなた誰よ!」
 ボクは、初めて声をかけられた。
 妖精の声は、とてもかわいく高い声だった。
「…ボクは」
 ボクは?
 ボクは誰?
「…ボクは、ルイ」
 ボクは、ルイ。
 いつしか、そう名前がつけられていたみたいで、ボクは初めて自分の名前と
いうものを口にした。
 手の上にいる妖精は、すぐに飛び立ち、外に出ようとした。
「…待って」
 ボクの声に、妖精は振り向いた。
「あたし、帰るから」
「…どうして?」
「ユキくんが待ってるからよ」
「…ユキくんて、誰?」
「友達だよ。大親友」
「…友達?…友達はいじめるんじゃないの?」
「そんなことないよ。いじめるコなんて友達なんかじゃない。友達といれば
楽しいことがたくさんあるんだよ。嬉しいことも楽しいことも、一人でいる時より
たくさん感じられるの」
「…じゃあ、ボクには友達はいないね」
「…ルイは友達がいないの?」
「…いないよ。ずっと一人だよ」
「ずっと?」
「…うん、ずっとだよ」
 そうか、友達といれば、楽しいことがたくさんあるのか。
 どうして、ボクはひとりぼっちなんだろう。
 どうして、どうして…?
 そう思うと、ボクは少しだけ涙がこぼれそうになった。けれど、ガマンした。
 ボクのこぼす涙は、行く場所がないもの。
「…あたし、友達になるよ。ルイの友達になるよ」
「…友達に?」
「うん、でも、今日は帰る。ユキくんが心配してると思うし…」
「…帰るの?」
「うん、でもすぐに来るよ。ユキくんと一緒に」
「…来れやしないよ。…ここはとても寒くて、冷たい氷だらけで」
「大丈夫よ。あたし、ここに来れたじゃない」
「…どうやって来たの?」
「え?どうやって、って?えっとぉ…、お空に穴があいて、そこに吸い込まれて、
気が付いたら、ここに…」
「…次もそうやって来るの?」
「…たぶん」
「…ホントに来る?」
「来るよ!」
 ボクは、妖精の言葉を信じていないワケじゃなかったけれど、妖精と離れたらもう会えない
ような気がしていた。
「…やだ。行かないで」
 ボクは、いつのまにか手元にあった透明な箱に妖精を入れた。
「…どこにも行かないで」
 ボクは、その小さな箱をぎゅっと抱きしめた。
 
 妖精ちゃんは、楽しそうに“ユキ”というコの話をしてくれる。
 ユキはとてもいい子で、優しい子なんだって。
 それを一緒に聞いていた小人の涙もいつのまにか止まって、
くすくす…と笑い始めた。
 そうやって笑うんだ。ボクもひっそりと練習してみる。
 ボクは、うまく出来ないや。
 そして、ボクもここでの話をした。
 妖精ちゃんは時々、悲しい涙を流した。そして、その涙がボクに吸収される。
「…泣いても大丈夫だよ。ボクがここにいるから」
 
 ボクは、このまま妖精ちゃんと小人とずっといたいと思っていた。
 けれど、そんなに長くはいられなくて、妖精ちゃんと小人は帰る時が来た。
 ユキが友達のもえちゃんを連れて、妖精ちゃんを迎えに来たのだ。
 強い風にも冷たい大きな氷にも負けず、妖精ちゃんを心配して、がんばって
ここまで来たんだって。
 そして、ユキはボクに言ってくれたんだ。
「お友達になって」
って。
 ボク、すごく嬉しかったんだ。
 でも、ボクはここを離れるわけにはいかなくて。
 けど、妖精ちゃんやユキがここに来ることは、とても大変なことで。
 だから、ボクは…。
 ボクは、妖精ちゃん達とお別れすることを選んだら、ボクの頬に一つだけ涙がこぼれた。
「…ありがとう」
 そう言うと、強い風が吹いて、妖精ちゃん達はあっと言う間にいなくなった。
 まるで、長い長い夢を見ていたよう。
 いつもと変わらない風景が目の前に見える。
 冷たく強い風。暗い場所。
 そして、ボクに吸収されていく涙…。
 でも、一つだけ違うことは、ボクは少し暖かかった。
 きっと涙が、ボクにご褒美をくれたんだ。
 そして、ひとりぼっちじゃないって教えてくれたんだ。
 ありがとう。
 大丈夫。
 ボクは、ずっとここにいるよ。
 
 
〜終わり〜