『ユキくんとサムイ山』 
 
 ユキくんはいつものように、妖精ちゃんと遊んでいました。
 広がる野原にたくさんのお花が咲いていて、鳥さん達が楽しそうに
鳴いています。
「今日、幼稚園で紙飛行機を作ったんだよ」
 ユキくんは、緑の折り紙で紙飛行機を作って見せてくれました。
 その紙飛行機の上に妖精ちゃんがちょこんと座り、ユキくんは
それを上手に飛ばしてくれました。
「きゃははは」
 妖精ちゃんは、とても楽しそう。
 ユキくんも、そんな妖精ちゃんを見て、とても嬉しそう。
「ユキくんも乗るぅ?」
 そう言うと、妖精ちゃんはポッケから魔法のステッキを取り出して「えいっっ」と
かわいく一振り。
 すると、ユキくんはいつのまにか紙飛行機の上に座っていました。
「ユキくんの思うとおりに飛ぶよ」
「んじゃあ」
 ユキくんは、時々スピードを上げたり、鳥さんがいる高い木の上に行ってみたり
しました。
 鳥さんは、少し驚いた感じ。けど、すぐに仲良しになって、
ユキくん達は、お空のお散歩に出かけました。
 そんな時、急にお空が真っ暗になりました。
 そして、すぅーっとお空に穴が空きました。そこから、びゅおぉーっっ、と
すごい風が吹いてきました。
「わあぁっっ」
 ユキくん達は、あっと言う間に飛ばされてしまいました。
 すごい風が止むと、ユキくん達は下へ落ちました。
「あいたたた…」
 ユキくんにけがはなかったのですが、お花は全部倒れてしまい、
鳥さんも落ちた時に羽を傷めてしまったようです。
「大丈夫?」
 周りを見ると妖精ちゃんの姿がありません。
「あれ?妖精ちゃん」
「きゃあぁ」
 妖精ちゃんの叫び声を聞いたユキくんは、声のする方を見ました。
 すると、妖精ちゃんはさっきすごい風が吹いてきたお空の穴に吸い込まれていってしまいました。
「妖精ちゃん!!」
 
 ユキくんは、目が覚めました。
 窓の外はまだ少し薄暗く、お母さんもまだ寝ていました。
 ユキくんは、ドキドキしていました。
「妖精ちゃん…」
 ユキくんは、妖精ちゃんがお空の穴に吸い込まれていってしまったことをとても悲しく思いました。
「ぐす…ぐす」
 ユキくんの瞳から、いくつもいくつも涙がこぼれました。
「…あら、ユキくん。どうしたの?」
 隣で寝ていたお母さんが起きました。そして、ユキくんをぎゅっと抱きしめてくれました。
「こわい夢でも見たの?」
 ユキくんの涙は、なかなか止まりませんでした。
 
 幼稚園に行っても、ユキくんは元気ではありませんでした。
「どうしたの?遊ばないの?」
 お友達のタカちゃんも心配しています。
 けれど、ユキくんは妖精ちゃんのことを思うと、今にも泣き出しそうでした。
 
 お家へ帰っても、ユキくんは元気がありません。
 大好きなドーナツも食べませんでした。
「ユキくん、食べないの?」
 お母さんは、心配しています。
「…うん」
 お母さんは、ユキくんを膝の上に座らせました。そして、おでこに手をやりました。
「熱はないけど…」
 ユキくんは、妖精ちゃんのことをお母さんに言おうとするけど、言葉が出ませんでした。
 
 ユキくんがそっと目を閉じると、暗くなった瞳の奥から、火の精もえちゃんが
走って来ました。
「ユキくーん」
「もえちゃん…」
「妖精ちゃんがお空の穴に吸い込まれちゃったんだって??」
「…そうなの。ボク、助けられなかったんだ」
 そう言うと、ユキくんは泣き出してしまいました。
「あたし、そのお空の穴のこと知ってるよ。森に住む物知りさんから聞いたんだ。
最近ね、小人さん達も吸い込まれたんだって」
「小人さんも?…それで、吸い込まれちゃうとどうなるの?」
「それがね、お空の穴とサムイ山にある穴が繋がってて、そっから先はわかんないんだけど」
「サムイ山?」
「うん。あたしも行ったことないんだけど、とっても寒い山なんだって」
「そこに行けば、妖精ちゃんに会えるのかな?」
「…たぶん」
「ボク行くよ。妖精ちゃんを助けに行く!」
 ユキくんともえちゃんは、サムイ山に行くことにしました。
 それには、まずサムイ山の場所を知らないといけません。
 ユキくんともえちゃんは、森に住む物知りさんの所へ行きました。
「何?サムイ山に行くと?」
「はい。妖精ちゃんを助けに行きたいんです」
 物知りさんは、少し困った顔をしました。
「サムイ山は、本当に寒いぞ。たくさん服も着ても、とっても寒い。
いつでも周りは氷だらけ。食べ物もないそんな所なんだぞ」
 ユキくんは、物知りさんの話を聞いて、少しこわくなりました。
「でも…妖精ちゃんがそのサムイ山の穴にいるなら、きっと妖精ちゃんもとっても寒いと思う」
「大丈夫よ!あたしも一緒に行くもん」
 もえちゃんは、胸を張りました。
「火の精のもえちゃんでも、寒いかもしれないぞ…」
「大丈夫よ!師匠にたくさん教えてもらってるもん」
 物知りさんは、ユキくんともえちゃんの熱く優しい思いに負けてしまいました。
「気を付けて、行くんだぞ」
 そう言って、サムイ山の穴までの地図をくれました。
「ありがとう、物知りさん」
「ユキくん、寒かったら、あたしがたくさん暖めてあげるね」
「ありがとう、もえちゃん」
 さぁ、出発です。
 
 サムイ山は、なつおちゃんがいる大きな森を越えて、ずぅーと先にあります。
 ユキくんともえちゃんは、そこまでたくさん歩いて行かなければいけません。
「待ってて、妖精ちゃん」
 ユキくんともえちゃんは、がんばって歩きました。
「ユキくん、もえちゃん」
 ユキくんともえちゃんの前に、鳥さんがやってきました。
「サムイ山に行くんだって?」
「そうなんだ」
「サムイ山まで遠い。ボク達の背中に乗りな」
「ありがとう」
 ユキくんともえちゃんは、鳥さんの背中に乗りました。
 鳥さんは、さっそうと空へ飛び出しました。
「サムイ山に吹く風はとても冷たくて、ボクの羽を凍らせてしまうから、
サムイ山の近くまでしか連れて行ってあげられないけど、ユキくんともえちゃんの
お手伝いをしたかったんだ」
「鳥さん、ありがとう」
「がんばってね」
 ユキくんともえちゃんは、鳥さんのおかげで早くサムイ山の近くまでやって来ました。
「鳥さん、ありがとう」
「ううん、ごめんね。これぐらいしか出来なくて…」
「そんなことない。ありがとう、ボク、がんばって行くよ」
「あたしも」
 ユキくんともえちゃんは、鳥さんに見送られながら、サムイ山に向かいました。
 サムイ山が近づくにつれ、だんだんと寒くなってきました。
 吐く息もとても白くなっていきます。
「ユキくん、寒い?」
「大丈夫、がんばるよ」
 そう言うユキくんの声も、寒さで震えてしまいます。
 もえちゃんは、ユキくんの手をぎゅっと握りました。
「もう少しだよ、がんばれ」
 お山を上っていくほど道は凍り、とても冷たい風が吹き荒れています。
 ユキくんは、寒さと疲れでだんだんと歩けなくなってきてしまいました。
「…妖精ちゃん」
 火の精のもえちゃんも、だんだんと寒くなってきました。
「このままじゃ、ダメだ。…よし」
 もえちゃんは、師匠に教えてもらったばっかしの変化の魔法を使いました。
「ユキくん、これで少しは大丈夫だよ」
 もえちゃんはコートに変身して、ユキくんに着せてあげました。
「ほら、これならユキくんもあたしも寒くないね」
「…もえちゃん、ありがとう」
「もうすぐだよ、がんばろうね」
「うん」
 もえちゃんのおかげで、少し温かくなったユキくんはまた歩き出しました。
 ただ真っ直ぐに、妖精ちゃんがいるサムイ山の穴に向かって…。
「…あれ、穴じゃない?」
 ユキくんは、もえちゃんの指差す方を見ると、たくさんの氷に囲まれた穴が見えました。
 物知りさんからもらった地図を見てみると、確かにその穴でした。
「着いたんだね」
「…うん、着いたよ」
「わぁーいっっ」
 ユキくんともえちゃんは、飛び上がって喜びました。
「よし、行こう!」
 ユキくんともえちゃんは、その穴の中に入っていきました。
 穴の中も、外に負けないぐらい寒くて、とても暗い。
 時々、小さい明かりが見えます。
 ユキくんともえちゃんは、緊張しながらゆっくりと中へと進んでいきました。
 すると、さっきより少しだけ明るい場所が見えました。
 そのまま、進んでいくと、
「ユキくん!もえちゃん!」
と、妖精ちゃんの声が聞こえました。
 そう、そこには小さな透明な箱に入れられた妖精ちゃんがいました。
「妖精ちゃん!」
 ユキくんをもえちゃんが、思わず妖精ちゃんのところへ駆け寄ろうとすると、
妖精ちゃんが入れられている箱の横に立っていることに気が付きました。
「…誰?」
 箱に横にいるのは、悲しそうな顔をしている少年でした。
「…ボク、ユキっていうんだ」
「あたしは、火の精もえだよ」
「…ふぅん」
 少年は、興味なさそうに奥にあるイスに座りました。
「…君はなんていうの?」
 少年は、何も言ってはくれませんでした。
「ね、どうして妖精ちゃんを箱に入れてるの?ね、出してあげてよ」
 ユキくんがそうお願いしても、少年は聞いてはくれません。
「…ユキくん」
 妖精ちゃんの声が小さく聞こえます。
「…このコ、『ルイ』っていうんだよ。ずぅーっとこのサムイ山にいるんだって」
「…ずぅーっと?一人で?」
「…そう、ずぅーと一人で」
「どうして?」
「ルイはね、人の悲しい涙から生まれたコなの。ほら、見て」
 妖精ちゃんは、ルイの周りの小さな光達を見渡しました。
「これは全部、人の涙なの。これが全部、ルイに集まっていくでしょ」
 妖精ちゃんの言うように、その小さな光達は、ルイに集まっていきます。
「…そして、これを見て」
 妖精ちゃんは、壁に人の姿を映し出しました。
 一人は、お父さんもお母さんも働きにいってひとりぼっちで留守番している子でした。
 一人は、クラスの子達に仲間外れにされていじめられている子でした。
 その他にも、戦争などで家族をなくした人達の姿がたくさんありました。
「ルイは、悲しいと言葉に出来ない人達の涙を全部集めて、その人達が悲しみに壊されないように
しているの」
 ユキくんともえちゃんは、そのことがとても悲しく、涙がこぼれました。
 そして、その涙がルイのところへ集まっていきます。
「…でも、どうして妖精ちゃんや森の小人さん達をここに連れて来ちゃったの?」
 ルイは何も言ってはくれませんでした。
 代わりに、妖精ちゃんが応えてくれました。
「ルイも悲しかったの。みんなの悲しい思いを集めていて、ルイの中にもたくさんの
悲しい思いがあふれているの。だから、少しでもそれを癒したかったの。お友達が欲しかったの。
でも、ここでずぅーっとひとりぼっちでいるし、ここには誰も来ないから、お友達の作り方が
わからなかったから、こんな風にしか出来なかったの」
「…ボクともえちゃんは、ここに来れたよ。寒いけど、がんばって来れたよ。ボク、
ルイくんとお友達になりたい」
 ユキくんがそう言うと、ユキくん達に興味を示さなかったルイがユキくんを見ました。
「ルイくん、お友達になって」
 ルイが、かすかに笑ったように見えました。
 そして、妖精ちゃんが入れられている箱を開けてあげました。
「…ルイ」
「…ありがと。ボクは、友達にはなれないよ。遊びにもいけないし、楽しい話もない。
それに、ボクがいなくちゃ、みんなの涙はどこにも行けない。だから、ボクはここにいるよ」
 ルイは、小さな声でそう話し、妖精ちゃんを箱から出してあげました。
「ボク、遊びに来るよ。楽しい話もたくさんする。ルイくんに悲しい思いさせたくないよ」
 ユキくんは、一生懸命に言いました。
 けれど、ルイは首を横に振りました。
「…ユキは、妖精ちゃんの言うとおり、いい子だね。…ごめん、いじわるして」
 そう言って、ルイはまた奥にあるイスに座りました。
「…もう来ちゃダメだよ」
「…ボク、会いに来るから、絶対会いに来るから」
 ルイは、一筋の涙をこぼしました。
「…もう来ちゃダメだ」
「ルイくん!」
「…ありがとう、ユキ。もえちゃんも妖精ちゃんもありがとう」
 ルイがそう言うと、強い風が吹きました。
 ユキくんやもえちゃん、妖精ちゃんはその風に逆らうことが出来ず、穴の外へ、そして、
山のふもとまで飛ばされてしまいました。
「…うわぁーん」
 ユキくんは、悲しくて悲しくて、涙が止まりませんでした。
 妖精ちゃんももえちゃんも泣いています。
 その涙達は、きっとルイの元へ集まっていくんですね。
 
「ユキくん…、ユキくん…」
 ユキくんは、お母さんの声で目が覚めました。
「どうしたの?涙がいっぱい」
 お母さんが、ユキくんの涙を拭いてくれます。
 ユキくんは、ゆっくりとルイの話をしました。
「…そう、ルイくんが悲しみに壊されないように、みんなを守ってくれてるのね。
きっと悲しいことがなくなったら、ルイくんもそのサムイ山から出て、ユキくんや
妖精ちゃんと遊べるようになるわ」
「…悲しいことはなくなる?」
「…そうね。全部はなくなるってことがないかもしれないけれど、
みんながみんなのことを思っていれば、少しずつなくなっていくと思うよ」
 お母さんは、そう言って、ユキくんをそっと撫でました。
 
 ある日。幼稚園の砂場では、ユキくんと同じクラスのモトくんが、同じクラスの男の子達に
いじめられていました。
「オレ、コイツとは遊ばない」
「オレも!コイツ、すぐに泣くもん」
 男の子達は悪口だけではなく、モトくんの背中に砂を入れたりしました。
 じっとガマンしていたモトくんも、ついに泣き出してしまいました。
「ほら、すぐ泣いた」
 それを見たユキくんは、走ってモトくんの所へ走っていきました。
「止めろよ!」
「なんだよ!オマエ、泣き虫の味方かよ」
「モトくんは泣き虫じゃないよ。こんな風にいじわるしてる方が悪者だよ!」
「なんだよ!」
 ユキくんとその男の子達とケンカになりました。
 ユキくんも、その男の子達に砂をかけられたりしました。
 けれど、ユキくんは負けませんでした。
「こら!止めなさい!!」
 先生が慌てて、やって来ました。
「こら!どうして、仲良くしないの?」
 先生は、困り顔。
 モトくんも、また泣き出しそうな顔をしています。
「…ごめんね、ユキくん」
「…どうして?」
「ボクのせいで怒られたし…」
「モトくんのせいじゃないよ。ボク、モトくんの悲しい顔見たくないもん、だってお友達だもん」
 モトくんは、にっこりと笑いました。
 ユキくんも、モトくんのその笑顔を見て、嬉しくて笑いました。
 
〜終わり〜