『ユキくんの涙』
 
 ある日、ユキくんはお家の庭に列を作るありさんを見つけました。
「ありさん、どこに行くのかなぁ」
 ありさんは、小さい食べ物を一生懸命運んでいました。
 やぁ、ユキくん。
 ユキくんも小さくなってみる?
 
 ユキくんは、夜、ぎゅっと目をつぶり、布団の中で待っていました。
 チリンチリン…。
 ユキくんの暗くなった瞳の奥に、ピンクの自転車に乗った妖精ちゃんが
現れました。
 妖精ちゃんは、ポッケから小さな魔法のステッキを取り出し「えいっっ」と
かわいく振りました。すると、ユキくんの体はみるみるうちに小さくなって、
お父さんの大きく開いた口の中にすっぽり入ってしまうぐらいになっていました。
 いつも手にもっているくまさんのぬいぐるみは、怪獣のように大きくなっていました。
 ユキくんは、お父さんのお鼻をこしょこしょ…とくすぐりました。
 すると、お父さんは
「はっくしょんっっ」
と、大きなくしゃみをしました。
 ユキくんは、あっと言う間に遠くに飛ばされてしまいました。
 ユキくん、大丈夫?
「うん、平気。びっくりしたねー」
 ユキくんは小さくなった体が、なんだか気にいったようです。
 では、お外に出てみましょう。
 
 いつもはお母さんと手を繋いで歩く道を行ってみましょう。
 おや?ありさんが食べ物を運んでいます。
「ありさん、どこへ持っていくの?」
「巣に持って帰って、みんなで食べるのサ」
 働き者のありさんは、そう言うとさっさと行ってしまいました。
 忙しそうですね。
 ユキくんも、いつもの道を進んで行きます。
 おや?お隣の猫のねここちゃんが歩いています。
「ねここちゃん、どこに行くの?」
「んとね、とらすけ兄ちゃんを探しているの。とらすけ兄ちゃんったら、
遊んでばっかりで、ちっともお家に帰って来ないから、ママが心配してるの。
だから、ねここが探しに行くの」
「そうなんだ、見つかるといいね」
「うん、きっと公園にいると思うんだけどね」
 ねここちゃんは、軽快な足取りで歩いて行きました。
 とらすけ兄ちゃん、見つかるといいね。
 ユキくんも再び歩き始めました。
 しばらく行くと、大きな物がどんと落ちていました。
「なんだろうね」
 近くに行くと、その大きい物がとてもクサイにおいを出していました。
「あ、これウンチだよ」
 どうやら、犬のウンチを飼い主さんが拾って行かなかったようです。
 いけませんねぇ。
「クサイねぇ」
 ユキくんは思わず鼻をつまんでしまいました。
「ちゃんと拾わないと、汚いし、クサイよぉ」
 仕方ありません。
 妖精ちゃんは、魔法のステッキを「えいっっ」と振り、ウンチを紙に包んで、
近くのゴミ箱に入れました。
 これは、飼い主さんがきちんと拾って持って帰らなければいけません。
「こんな所に落ちてたら、きっと踏んじゃうよ。ったく、ぷんぷん」
 ユキくんは怒りながら、道を進んで行きます。
 ぷっぷぅー。
 どうやら、道路沿いの道に出たようです。
「けふけふ」
 車の煙のせいで、ユキくんは咳が出てしまいます。
 このままでは体に悪いですね。
 妖精ちゃんは、マスクを出してくれました。
 これで、少しぐらいはましになるかもしれませんね。
 たくさんの人の足が続々をやってきます。
 ユキくんは踏まれないように、端っこのところを歩きます。
「ありさんは、とても大変だねぇ…」
 すると、いきなり大きい物が目の前に降って来ました。
「うわぁっっ!」
 降ってきた物は、ガムの包み紙でした。
 危なく、ユキくんに当たるところでした。
「こわかったぁ…」
と、一息つく間もありません。また、新たに物が降って来ました。
「なんだよぉー」
 しかも、今度のやつは火のついたたばこでした。
「大変、火がついたままだよぉー」
 大変です。火を消さなければ!
 妖精ちゃんは、慌てて魔法のステッキを「えいっっ」。
 小さい消防車を出しました。
 うー、かんかんかん。
 小さい消防士さんが、たくさんのお水をかけてたばこの火を消してくれました。
「危ないなぁー、もうっっ、ぷんぷん」
 ユキくんの怒りは、頭のてっぺんまで来てしまいました。
「どうして、みんな、ここに落とすの?」
 そうですね。どうして、みんなここに捨ててしまうのかな?
「ここは道だよ。『ゴミはゴミ箱に』ってお母さんが言ってたよ」
 そうですね。
「どうして、みんな大人なのに、わからないの?ぷんぷん」
 そうですね。
 道を歩く大人の人々が平気な顔して、いろいろな物を捨てて行きます。
 火のついたたばこのせいで、火事になるってこともあるのです。
 ユキくんは、道沿いを見渡してみました。
 すると、たくさんのゴミ、空き缶…が捨てられていました。
 目の前でも、サングラスを掛けたお兄さんが車の窓からたばこを投げ捨てました。
 どんどん道が汚れていきます。
「どうして…」
 ユキくんは悲しくなり、涙がぽろぽろこぼれました。
 どうして、心ない大人の人が多いのでしょうか?
「…どうして、ちゃんと出来ないのぉ?」
 きっとたくさんの人がそう思い、たくさんの人がその思いを踏みにじっているのです。
「ボクはちゃんとゴミ箱に捨てるよ…。きっと大人になっても」
 そうですよ、ユキくん。
 これは、子供でも大人でも同じことなのです。
 こんな汚くされた道も悲しそうです。
「ね、妖精ちゃん…。魔法でキレイにしてよ」
 妖精ちゃんは下を向いたまま、顔を横に振りました。
 ユキくん、それは出来ないよ。
 妖精ちゃんが魔法でキレイにすることは簡単だけど、きっと心ない大人の人がまた
 汚してしまう。
 大人も子供も、道にゴミを捨てないようにしないといつまでもキレイにならないんだよ。
「道さん、ごめんね…」
 
 ちゅんちゅん…。
「あら、ユキくん、泣いているの?」
 ユキくんはお母さんの声で、目が覚めました。
 ユキくんの頬には、一筋の涙の跡がありました。
 お母さんが、優しくぎゅうをしてくれました。
「こわい夢でも見たのかな?」
「…みんなが道にゴミを捨てるんだ」
「あら、いけないわねぇ」
「…うん、みんなでキレイにしなくちゃ。んで、みんな道にゴミを捨てないように
しなくちゃ」
「そうね、ゴミはゴミ箱、だもんね」
 お母さんが、ユキくんの頭を優しく撫でてくれました。
 
 そして、今日もお母さんといつもの道を手を繋いで歩きます。
 しばらく行くと、お隣のねここちゃんに会いました。
 今日は、とらすけ兄ちゃんもいるようです。
「見つかったんだね、よかったね、ねここちゃん」
「にゃー」
 ねここちゃんは、なんだか嬉しそうでした。
 またしばらく歩くと、犬を散歩させているおばさんがいました。
 おばさんは犬のしたウンチを紙に包んで、持ち帰りました。
「ありがとう、おばさん」
 おばさんは、少し驚いた顔をしたけど、
「当然のことだよ」
と、にっこり。
 道路沿いの道に出ると、やっぱりまだ空き缶などが落ちています。
 ユキくんは空き缶を1つ拾うと、近くのゴミ箱に入れました。
 すると、目の前でたばこの吸い殻を捨てたおじさんは、気まずそうに
吸い殻を拾い、吸い殻入れに入れました。
「ねぇ、少しずつでもゴミが少なくなるといいね」
 お母さんは、優しくそう言いました。
「ダメだよぉ。いっぱい少なくならないと」
 ユキくんは、しっかりした声でそう言いました。

 
〜終わり〜