今話題の大腸菌の横顔
 O-157ばかりじゃない・腸で有益、バイオ活用も

 Nikkei Business 96.07.29号


(著作権の関係上、内容をそのまま全て掲載出来ません。 概要として纏め直して掲載しています。)
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 O157騒ぎで、悪玉のイメージを定着させた大腸菌。
 通常は腸内に住み着いていて、体に悪影響を及ぼさないし、
 バイオ分野では、蛋白質の製造工場としても利用されているのだが・・・・。

 4人の死者を出して、その狂暴ブリが有名になった病原性大腸菌O157
発端は5月末の岡山県邑久町での集団発生で、計468人の患者が症状を訴えて、2人が死亡した。

 この一件を皮切りに、6月に入ってからは岐阜県、広島県、愛知県、大阪府、東京都でもO157による集団食中毒が相次いで発生。
 厚生省の調べによると、食中毒が原因でない感染例も含め1都29県で患者の便などからO157が検出された。 大阪府堺市での大発生もあって、7月15日現在、O157による患者数は累計で5,625人に上る

 検出数が増えた背景は、「騒ぎが大きくなり医療関係者の関心が高まって、綿密な検査をするようになった要素もある」と専門家は指摘する。 
 しかし、O157による食中毒は、1990年に埼玉県浦和市の幼稚園で初めて発生して以来、年1,2件発生した程度であり、今年の発生状況は異常だ。

 名前だけが、独り歩きすると怖い

 「これだけ同時期に発生したのは、やはり何か共通の感染源があったとしか考えられない」と専門家は指摘する。
 集団発生事例で原因が特定されているのは一部だけ。感染源がはっきりしなければ何とも言えないが、食品流通の変化によって蔓延した「現代病」である可能性もある

 このO157が恐ろしいのは、重傷になると腎臓や脳に障害を起こし、死亡する例もある為であり、これまでのところ、日本での死者の乳幼児と小児、老人に限られている。

 O157という呼び方は、大腸菌の表面に有る物質の構造に基づいて分類した呼び方(O血清型という)であり、この他に表面に生えた鞭毛の蛋白質の構造に基づいて分類する方法(H血清型という)なども有る。
 このO血清型には約170種類があり、今回問題になっている大腸菌は、正確には「O157:H7」と呼ばれるタイプのものと考えられている。

 このタイプの大腸菌は、ある種の赤痢菌が分泌するものに似たベロ毒素という、強い毒素を分泌する。この毒素は細胞の中に入ると蛋白質の合成を妨げて殺してしまう為に、腸や腎臓などの血管の細胞を壊し、出血を起こす。

 ベロ毒素を分泌する大腸菌はO157だけでは無い。
 O26やO111等の他の血清型の大腸菌の中にもベロ毒素を分泌するものが有り、総称して腸管出血性大腸菌と呼ばれている。「O157:H7」はこの内の一つのタイプにすぎない。
 80年代終わりに、愛媛県でO111型の腸管出血型大腸菌による出血性大腸炎が集団発生して死者を出している事実が有り、 恐ろしいのは、O157だけではないのである。

 一部の専門家は、「O157と騒ぎ過ぎた結果、病院や検査センターが『O157が検出されるか?』だけに関心を寄せ、他のタイプの腸管出血性大腸菌に感染している可能性を見落としてしまう方が、むしろ問題が大きい」と指摘する。又、「本来はO157の検査だけでなく、ベロ毒素が作られているかどうかを調べるべきであるが、病院ではそこまで検査をしていないところがほとんどではないか?」との懸念も有る。
 O157という名前だけが独り歩きすると、かえって不幸な事態を招きかねない。

 更に言えば、病原性大腸菌は今回問題になっている「腸管出血性大腸菌」だけでは無いのである。

 《 ”悪玉”大腸菌にも数タイプがある 》
主な病原性大腸菌 備 考 
腸管病原性大腸菌下痢と腹痛、嘔吐等が主な症状。
日本での検出数は多い。
腸管組織進入性大腸菌粘血便の下痢を伴う。
日本では少ない。
毒素原性大腸菌水様性の下痢を伴う。
病原性大腸菌の中で検出数が最も多く、海外旅行先での感染が多い。
腸管出血性大腸菌鮮血のような血便と激しい腹痛を伴う。
今年続発しているのはこのタイプである。

 国立予防衛生研究所が発行する病原微生物検出情報に依れば、全国の保険所などで腸管病原性大腸菌は毎年400件前後で、毒素原性大腸菌は 700件前後検出されている。
 これらの病原性大腸菌に感染する危険性は腸管出血性大腸菌よりも高く、重傷化するケースは少ないとはいえ、下痢などの症状を起こし、患者を苦しめているのも確かであるが、「O157だけが危険という捉え方には問題がある。他の種類の大腸菌や細菌を含め、食中毒全般に対する認識を新たにすべきである。
 食中毒は4〜50年前から医学的に全く克服出来ておらず、ほとんど患者が減っていないのが現状。今回のO157を契機に、飲食物の衛生状態にもっと注意してほしい」と、専門家は訴える。

 人の腸内には1000億個の大腸菌が・・

 今回の騒ぎで大腸菌が悪玉のとしてのイメージを定着させられてしまったような感では有るが、実際には病原性を持つものはごく僅かであり、大腸菌は人間や動物の腸内にごく当たり前に住み着いている細菌なのである

 人間の腸内には1000億個の大腸菌と、その約1000倍の細菌が住んでおり、大腸菌が最も数的に多いわけではなく、例えばビフィズス菌なども通常は大腸菌よりも多く住んでいるのである。
 腸内に住んでいる細菌は、全体でビタミンを合成したり、食べ物の消化・吸収を助けたり、他の有害な細菌に感染するのを妨げる働きをしている。

 その中での大腸菌の働きは明らかではないが、有益な作用をもたらす細菌郡の一つである事は確かなのである。腸以外の場所では、膀胱炎や胆嚢炎などを引き起こすが、腸内にいる限りはむしろ人間に不可欠な細菌なのである。

 腸内に住み着き便と共に排泄される大腸菌は、河川などの汚染度を測定する為の指標としても利用されている。更にバイオテクノロジーの分野では大腸菌を、蛋白質で出来た医薬品などの製造に用いている
 神奈川県鎌倉市に有る外資系製薬会社「日本ロシュ」の研究所、敷地内の或建物の2、3階部分に周囲の環境とは厳重に隔絶された一室が有る。同時に扉が開かない二重の扉の内側は、中の空気が外に漏れ出さないよう、周囲よりも低い気圧にコントロールされた室内に有る大小数個のタンク。遺伝子を組替えた大腸菌にインターフェロンという医薬品を作らせる為の培養装置である。

 遺伝子組替えは、微生物や動物などの細胞に人間の染色体などから取り出した遺伝子を組込み、その遺伝情報に基づく蛋白質を作らせる技術で、分子生物学の進歩により70〜80年代にかけて開発され、今でもバイオテクノロジーの根幹をなす技術となっている。

 インターフェロンを例に、この技術の基本的な部分を簡単に紹介すると、先ず人間の染色体からインターフェロンの遺伝子を取り出して、プラスミドと呼ばれる物質の中に組み入れる。プラスミドというのは細菌の染色体とは独立して細菌内に存在する、遺伝情報を担う物質でありプラスミドが細胞内に有っても無くても細菌の生育には関係は無いが、例えばプラスミドに有る遺伝情報が「或抗生物質に耐性を示す」というものであれば、このプラスミドが細胞内にある細菌はその抗生物質では死な無くなる。

 この薬剤耐性のプラスミドに、人間のインターフェロンの遺伝子を組み込んで大腸菌の中に入れ、抗生物質の入った培養液に入れると、プラスミドが中に有る大腸菌だけが生き残る。この大腸菌を培養すると、大腸菌自信も増殖するほか、プラスミドも大腸菌細胞の中で増える。
 インターフェロンの遺伝子を組み込んだプラスミドは、培養液中のアミノ酸を原料に、大腸菌の中でインターフェロンを作っていく。一晩も培養すれば、培養液は細胞内にインターフェロンが詰まった大腸菌で満たされる。その後は、培養液の中から大腸菌を集めて、細胞を壊して目的のインターフェロンを精製する。

 遺伝子組替えの宿主には、大腸菌のほかに枯草菌や酵母、カイコ等の昆虫細胞、人間やマウスから分離した動物細胞等が利用される。しかし、「バイオテクノロジーの研究は、歴史的に大腸菌を使ってきたし、性質も詳しく判っている。大腸菌が最も扱い易い」という。

 遺伝子組替えには「弱い大腸菌」

 大腸菌は繁殖が速く、培養液の材料も簡単に手に入るものばかりで有る為、大腸菌を宿主に用いれば蛋白質の製造にコストが掛からないという利点が有る。例えば、宝酒造では、細菌などが作る酵素を研究試薬として販売しているが、現在約200品目に上る製品の内10%以上は元の細胞から遺伝子を取り出して大腸菌に作らせている。

 「大腸菌を宿主にするのが最も安上がりなので、遺伝子を取り出したらまず大腸菌に作らせて見る。それで旨く出来なかったならば、枯草菌や酵母で試して見る。大腸菌は生産性が良いので、ものによっては元の細菌に作らせるいるものよりも1000倍もの酵素を手に入れる事が出来る。」と、宝酒造バイオ研究所・主管研究員の浅田起代蔵氏は説明する。
 但し、大腸菌が宿主では、作り出せないものもある。キリンビールの医薬事業本部では、遺伝子組替えにより、白血球増殖因子と赤血球増殖因子という2種類の医薬品を製造しているが、このうち白血球増殖因子は大腸菌が宿主。 赤血球増殖因子の方は、動物細胞を宿主に用いている。

 キリンビール医薬事業本部・研究開発部部長代理の今村寛司氏は「赤血球増殖因子は、蛋白質に糖をつけた構造にしなければ肝臓で分解されてしまう。しかし、大腸菌を宿主にすると蛋白質しか作る事が出来ない。動物細胞は培養液に高価な試薬を用いなければならないし、増殖にも時間が掛かるなどの欠点は多いが、やむを得ない。」と説明する。

 遺伝子組替えに用いられる大腸菌は、22年にジフテリアの患者から分離され、米国巣田んフォード大学で学生実習に使われていた「K12」と呼ばれるもの。その後、世界中の大学や企業の研究室にこの大腸菌が分けられ、分子生物学の研究に用いられてきた。大腸菌はバイオ分野の研究者にとっても、最も身近な細菌である。

 但し、遺伝子組替えに用いる大腸菌は、研究室から外に出ると死んでしまう。遺伝子操作で人口的に作った細菌が蔓延しない様に「万が一、研究室から漏れ出ても、自然環境では生存出来ない弱い菌を用いるように規制されている」からだ。

 病原性のあるものから、研究や工業生産に利用されるものまで、同じ外観を持つ大腸菌でも、その中身は様々。

 今回の騒ぎが無くても、恐らく誰でも耳にした事があるこの細菌は、こんな横顔を持っている。
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