健康と腸内細菌 母子医療から成育医療へ

 1995.01.29 東京読売朝刊

(著作権の関係上、内容をそのまま全て掲載出来ません。 概要として纏め直して掲載しています。)
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 従来の医療の枠にとらわれず、誕生前から出産→乳幼児期→思春期を経て成人に達するまで、健やかな生命を育む「成育医療」が胎動しつつある。本シリーズの狙いは、小林登・国立小児病院長をかじ取り役に、各分野の専門家との座談を通し、成育医療の使命を探ることにある。七回目の今回は、「健康と腸内細菌」がテ―マ

座談会出席者

 光岡 知足(みつおか・ともたり) 東大名誉教授
   東大農学部獣医学科卒。70年理化学研究所主任研究員。
   82年東大農学部教授(理研兼任)。90年から日本獣医畜産大学教授。
   日本獣医学会会長。専門は細菌分類学・微生物生態学。

 市橋 保雄(いちはし・やすお)  国立小児病院名誉院長
   慶応大学医学部卒。川崎市立川崎病院小児科医長などを経て67年から慶大小児科教授。
   81年から87年まで国立小児病院長。日本感染症学会常任理事。専門は小児感染症。

 小林 登(こばやし・のぼる)   国立小児病院長
   東大医学部卒。70年東大小児科教授。84年に国立小児病院小児医療研究センター長。
   87年から現職。元国際小児科学会会長。専門は小児免疫アレルギー学、乳児行動学。


 ●母親からの初乳が大切・・・・・・ 

小林 子供の健康に重要な役割を果たしている腸内細菌について・・・・。
  腸内細菌(そう)とも腸内フローラとも称される腸内の細菌群と、生まれた時から一生付き合っていくわけですが・・・・。

光岡 腸内細菌の研究に関していえば、培養方法が本当に確立されたのは今から20年ほど前からです。
  それまでは同じ腸内フローラでも、乳児にはビフィズス菌が沢山いるけれど、大人にはいないと言われていたのです。
  しかし培養技術の進歩で、幼児にも大人にもいることが判りました。赤ちゃんと幼児、成人のビフィズス菌とでは種類が異なっている
  ことや、赤ちゃんの時には有害な腐敗菌が非常に少ない。腐敗菌が多いと育たないといわれた理由は、細菌、ウイルスなどの感染防御ができないからとされています。

小林 母乳栄養で育った赤ちゃんは、死亡率も少なく病気にかかる割合が低いようですが・・・・。

光岡 人工栄養だと感染防御の機能に問題があるのです。最初に赤ちゃんのお腹に入って定着する菌が免疫機能を与えるらしいのです。
  つまり、お母さん自身の初乳と、最初に定着する菌が大切な意味を持つわけです。獣医の目でも、豚でも同じことが起きています。

市橋 臨床医の立場から言っても、感染予防の意味も含めて、母子同室で母乳を先におやりなさい、というのは本当ですね。

小林 母乳を与えるのは、体内に住み着く常在細菌の定着のほかにも意味がありますね。



 ●免疫与え細菌感染防ぐ・・・・・・

市橋 体内に侵入した異物を排除する免疫の仕組みに係わっている分泌型(免疫グロブリン)Aが、特に多く初乳に含まれています。

光岡 初期の一か月位が、免疫機能の付与に大事な様です。

小林 母乳の中には、他にもラクトフェリン等の重要な要素も含まれるます。
  先ほどのお話にあったビフィズス菌と免疫の関係をもう少し詳しく・・・・。

光岡 最近判ってきたことですが、腸内フローラが体の免疫機能を刺激したり、 逆に低下させたりしております。
  高めているのがビフィズス菌を中心とする乳酸菌なのですね。年をとると、ビフィズス菌が減っていく現象もわかりました。
  逆に老齢に伴って、ウェルシュ菌のような有害菌が増えていきます。平たく言うと、腸内フローラは老化するのです。
  ただ、老化の話になると、このシリーズとは関係ないようですが?・・・・・。

小林 いいえ、関係有るのです。成育医療という考え方は、生殖医学からスタートして胎児医学、周産期医学、小児医学、思春期医学と進んで成人、老年へと一生のライフサイクルを踏まえた中での考え方ですから。

光岡 そうですね。赤ちゃん、子供の時に持っている腸内細菌のバランスが、将来になって影響が出てきます。
  厳しくいうと、小さい時に悪い腸内細菌を持っていると、それが発癌物質の素になって、50、60を過ぎると癌になって現れてくる。
  そんなことも若い世代から考えておく必要があるのではと、おぼろげながら言える時代が来たということでしょうか?・・・。

市橋 私たち臨床医も、かつて子供が下痢症で亡くなった時に、腸内細菌とどう結び付ければ良いのか苦労したものです。
  光岡先生からビフィズス菌を入手して、臨床に使わせてもらいましたが、そういった経験から言えることは、腸内細菌一つ一つが兵隊の役目を担って、色々な悪い敵が侵入してこられないようにするという働きです。それが体内バランスを保っているのです。

小林 新生児の免疫を考える場合、母乳を通じて母親から移行した免疫グロブリンと、常在細菌が悪い菌の侵入を阻止する作用が非常に重要だという事です。自然は随分細かい芸をするものです。

市橋 腸内細菌で一番気になるのは、やはり感染症の場合、抗生物質の影響を十分考えて使わなければならないことです。
  使うと何が正常なのかわからないぐらい、腸内細菌叢がバラバラになってしまうことが多いのです。抗生物質の投与が原因で、色々な副作用が出てくることが、最近詳細に判ってきましたので、重要な感染症を治療する場合、腸内細菌の変遷もきちんと見ていないと駄目だという意見が、小児感染症の学会などで強く言われるようになっていったわけです。

小林 抗生物質を使って治療する時は、常に常在細菌のバランスを考えて対応する よう医師は注意する必要が有るということですね。
  15年ぐらい前でしたか、米国の中米援助でグアテマラに立派な病院を作って新生児医療を始めたら、みんな細菌による感染症を起こして大騒ぎになりました。ところが、ずっと山奥に入れば、助産婦さんが赤ちゃんを取り上げて、直にお母さんが抱っこするから、常在菌が赤ちゃんにパーと出来上がって、病的な細菌の入る余地がない。
  近代的な設備を作っても、そういうところを考えなければ、かえって病気を作ってしまう見本です。

市橋 確かに真理です。

小林 腸内細菌も、生まれたばかりの新生児期と、母乳を活発に飲む乳児期、雑食に移行した幼児期、それから思春期と変わっていくのです、いつも変わらないでいるのはビフィズス菌ということになりますか?。

光岡 ビフィズス菌も勿論そうですが、病原性もある日和見菌のバクテロイデスを筆頭に大腸菌などがバランスをとって住み着いています。しかし、最初に入った菌がかなり長期間続いている可能性が強いですね。私は人相があるように、菌相も有ると言っているのです。

小林 個人差が有ると?・・・・・。

光岡 或る人は悪玉に取りつかれ、ある人は善玉が優勢なのも、最初に取りついた菌によって決まると考えられます。
  ですから、超未熟児にビフィズス菌を投与するのは、善玉で占拠させてずっと将来につなげる意味でも良いことだと思います。

市橋 良い腸内細菌叢が長く保たれるかどうかは、非常に興味深い問題です。

小林 ビフィズス菌をたっぷり含んだ乳酸菌製剤を飲むと良いわけですね。

光岡 そうなのですが、その人の体質に合っていないビフィズス菌を取り入れてもなかなか定着しません。
  赤ちゃんの場合は別ですけどね。それと、ビフィズス菌は酸を出すが、それ自身は酸に弱いので、外から摂取しても胃酸の中を無事に通過するのはかなり難しい。そこで、空腹時に牛乳と一緒にぱっと胃を通してしまう方法のほかに、もう一つ、胃酸にびくともしないが腸内では溶けるカプセルにビフィズス菌を入れて飲ませたところ、腸内のビフィズス菌を殖やすのに効果がありましてね。しかし、全部に効くわけではなく、10人中3人位は効かない
  飲み方に問題があるのか? 相性が悪いビフィズス菌なのかハッキリしませんが?・・・・。

市橋 ビフィズス菌にも種類が随分ありますねー・・・。

光岡 今は28種類見つかっており、大人にいるのは5、6種類です

市橋 一口にビフィズス菌といっても、種類や働きなど判らない事が多いよう です。

光岡 乳幼児期から由来し、自分が受け入れてきたビフィズス菌が一番相性が良い わけですから、いずれ老化してビフィズス菌がなくなる事態に備え、若い時に自分のビフィズス菌を預けておいて、減ってきたら培養してもらう、いわばビフィズス・バンクも考えられます。

小林 夢よもう一度と若返ることが出来るわけですか?
  所で、常在細菌のついでに、常在ウイルスというのはありますか?・・・・・。

市橋 ウイルスが腸内細菌と何か関係しているに違いないと思います。腸内微生物という観点から研究を進めていくと、腸内細菌と同じように新しい知見、成果が得られると期待しています。


 ●妊娠時には良い菌の摂取を! 

小林 潰瘍性大腸炎クローン病など原因がよくわからず、治療にも困惑する疾患と、常在細菌の関係の研究も今後の課題です。
  また、胃潰瘍の原因とされ、今話題になっているヘリコバクター・ピロリという細菌も常在細菌とは言わないけれど、新たなテーマでしょうね?。

市橋 子供の成長を考えると、環境からの影響も大きいので、母親からもらう部分も相当重要ですね。

光岡 産む前に良い菌をたくさんおなかの中に抱えていることが、良い腸内フローラを持ったお子さん作りに繋がるようになるかも知れません。

小林 妊娠したお母さんはなるべく良い菌を取るようにする。それが成育医療の始まりとも言えますね。
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