直径約5mmほど
まだオスの口中には稚魚が残っているようだったが、コワイので深追いはせず水槽に戻す。
いくら子孫を残すためとはいえ、オスにしてみれば手酷い扱いを受けたことには変わりない。水槽に戻されたオスはしばらく自閉症気味になってしまった…
しかし飼い主のほうはといえば、プラケース内で「ひえぇ〜、ここ何処?」とうろたえているふうの稚魚を満足げにニンマリと眺めている。まったく血も涙もない話だ。
さらに友人は「これ浮かべておくといいよ」と、我が家に立ち寄る前に田んぼで取ってきた水草を分けてくれた。水草をたくさん入れて身を隠す場所を多くすることによって、魚が精神的に落ち着くのだ。それまでは混泳(多種など、ひとつの水槽に複数の魚を泳がせること)のうえに、お世辞にも水草が繁茂した水槽とは言えなかったもので…
するとすると、どうだろう!それから2日後に再び繁殖行動を起こしたオスは、今度は4日たっても5日たってもゴックンしなかった。いくぶん透けて見える口の内部が、卵の白色から稚魚の黒ずんだ色へと変化していく。
口中で孵化した稚魚は、親から吐き出される時にはすでにヨークサックも取れ、自由に泳ぎ回れるまでに成長している。
(ヨークサックとは卵から孵ったばかりの稚魚がお腹にぶら下げている養分袋のことで、孵化したての稚魚はすぐには餌を捕らずに、しばらくはこのヨークサックから養分を体内に吸収して成長する。実際には次第にサックが小さくなっていき、最後は身体と同化するだけで別にポロリと取れるわけではない)
だが自由に泳ぎ回れるといってもそこはひ弱な稚魚、スイスイ機敏にとはいかない。そこで混泳水槽の場合は他魚の恰好の餌になってしまう。
当のエニサエの親にしたところでオスには自分の仔という認識があるのか食べないようだが、メスは2週間の間にすっかり親子の縁も切れ、久しぶりに対面した我が仔に対して餌という認識しか無いらしい。
逃げ惑う稚魚を他の魚たちと一緒になって情け容赦なく捕食しているメスの横で、オスは為す術もなくオロオロしているような雰囲気だった。しかしこの時点での稚魚の救出は、ドンクサイ人間、つまり私にとっては不可能な話だ。
そうならないために、稚魚の生き残りを賭けて飼い主自らが手を下す方法がある。つまり親魚から強制的に稚魚を吐き出させるのだ。
アクアサイトの諸先輩がたからの情報を頼りに、産卵から11日目、ついに決行。
まずオスを網ですくい、あらかじめ60水槽の水を張っておいたプラケースに移動する。と、ここまではさしたる苦労もない。ドッキドキの大問題はこのあと。指なり耳掻き様の小さな道具なりを使ってオスの顎の下を押し上げねばならないのだ。こうすることによってオスが口を開き、稚魚が吐き出されるという寸法なのだが、いかにせん相手はたかだか7,8cmの小さな生き物だ。力余って肝心な親魚を潰してしまっては元も子もない…
いくぶん震える手つきで、プラケースの端に追い込んだオスの身体を固定しようと手を添える。その時、なんと偶然にも中指がオスの顎下に滑り込み、あれよあれよという間に大量の稚魚が吐き出されてきた。その数、約50匹。まさにビギナーズラックとしか言いようがない。

産卵が近づくと、それまで喧嘩ばかりしていた(うちはたいがいカカア天下)2匹が手のひらを返したように連れ立って泳ぐようになる。
エニサエも動物の常に漏れずメスはやや地味だが、繁殖期のオスはいつもにも増して色彩が鮮やかになる。普段は上の画像のように水色っぽい青色をしているが、この時期には全身が赤紫がかった色に濃さを増し、その上にラメをちりばめたような水色の色彩が非常に美しい。
オスとメスは互いに絡みあうように交尾をし、その後ヒレを広げてバナナような形に身体をのけぞらせたオスの上にメスが1度に数個の卵を産む。卵は白色で、やや平べったい(ように見える)丸形だ。
メスはすぐに産み終えた卵を口に含み、オスの見ている前で吐き出す。キャッチボールの要領でオスがでそれを口で受け取るわけだが、タイミングが悪いとメスが再び卵を含んでしまう。
オスはメスの吐き出した卵を慌ててひったくっているように見えるし、メスはメスでなんだか出し惜しみをしているようにも見える。
この動作を朝から晩まで…というのはオーバーかも知れないが、少なくとも半日くらいは延々続けている。
1度の産卵でおよそ100前後の卵を産むらしいが、メスのお腹のどこにそんな数が潜んでいたのかと不思議に思う。さらにオスはそれらを全部口に入れるわけだからサカナってスゴイ!!
3枚目の画像は手前がメスで後がオス。メスに比べてオスの顎のあたりが膨らんでいる。
4枚目の画像は正面から見たところ。けっこうおマヌケ顔。
オスはこのあと約2週間ほど何も食べずにひたすら卵を守り続ける(かなり涙ぐましい)
しかしオスは必ずしも稚魚を吐き出すとは限らない。何らかの理由で卵が孵化しなかった場合などはゴックンしてしまう。産卵から3〜4日してオスが妙にすっきりとした顔で餌をねだりにくるのですぐ分かる。
幾度かこの苦い絶望を味わったのち、たまたま遊びに来ていた熱帯魚に詳しい友人にその話をした。すると「もっと水位を下げたほうが良い」とのお達し。水位が高すぎると受精がうまくいかないのか、失敗に終わることも多いそうだ。
ワイルドベタはジャンプ力がある。自然界では水面付近の小さな虫なども捕らえて食べているのであろう。油断するといつの間にか水槽から飛び出してしまい、煮干のような、泣くに泣けない変わり果てた姿になっていたりする。
だから我が家の60cm水槽も飛び出し防止に上層部の隙間という隙間を塞ぎ、水位も下げ気味にはしてあったのだが、通常の60cmよりも高さのある水槽だったため、結果的にあまり水位が低いとは言えなかったようだ。



ベタはさらなる別名として「ラビリンスフィッシュ」とも呼ばれ、体内に特殊な器官を持つことによりエラ呼吸の他に空気呼吸も行う。したがって時おり浮上しては、ほんの一瞬口を水面から出して空気を吸っている姿が見られる。
この特殊な器官のおかげで、ある程度の狭い場所でも飼育が可能なわけだ。ただしワイルドベタをスプレンデンスのように壜で飼育している人はいないと思うが…たぶん。
ベタの繁殖行動には2タイプあり、どちらもなかなか興味深い。
ひとつはバブルネストという水面泡巣を作るタイプ。オスが口から小さな泡を吐き、ちょうど唾をベーっと吐き出した時のようにいくつも連鎖させる。そしてその泡巣の中にメスが卵を産み付ける。
ベタの場合、育児はオスの仕事で泡巣に産みつけられた卵が孵化し、稚魚が自由に泳ぎ回れるようになるまでオスは泡巣の傍に陣取っている。そして敵が来れば追い払い、泡が消えかかれば補充し、卵や稚魚が巣から落ちれば口でくわえて巣に戻す。
もうひとつはマウスブルーディングという、口中保育するタイプ。エニサエはこのマウスブルーディングに属する。
少なからず熱帯魚店に足を運んだ経験のある方は“ベタ”というと赤色や青色の長いヒレをした壜入りの魚を連想されることだろう。
別名「ランブルフィッシュ」その名の通り闘争心が強く、タイなどでは日本でいうところの闘鶏のようにオス同士を闘わせて勝ち負けを競ったりするそうだ。
エニサエはこのヒレの長いベタ(スプレンデンス)とは表現上区分され「ワイルドベタ」と呼ばれている。
どこが違うかというと、顔が違う…などと言ったら殴られそうだ。おおまかに言えば改良種と野生種の違いだろうか。