僕はチョコレートが嫌いだ。
残念なことに、今まで生きてきたなかでチョコレートが嫌いだという人間には出会ったことがない。
僕からすれば何故あんなモノを平気で口の中に入れられるのか、全く信じられない。
ただし、僕も何も生まれてこの方チョコレートを食べたことがない、というわけでもない。
というよりも、少年時代はチョコレートが大好きだったのだ。
・・・あれは、夏の日。
川蝉が鳴き、川のせせらぎも遙か彼方に聞こえる、
そんな静寂もあるのだと気がついた、そんな日だった。
静寂を破る音が遠くから聞こえる。それはどんどんと僕らに向かって近づいてくる。
一台のジープだ。
当時珍しかったカーキ色をしたジープは、僕らにとって未知の物体であり、混乱の元だったのだ。
ジープが巻き上げる排気ガス。
蔑みにも似た笑い。
ばらまかれるチョコレート。
作り笑顔で拾い集める子供たち。
そう。それは僕だ。
「ぎぶみーちょこれーと」
それは時代が生んだ一つの物語だった。
玉音放送と人間宣言とが重なり、マッカーサアという米兵が吉田総理と親しげに話していた驚きを、僕は忘れない。
そして、僕はチョコレートが嫌いになった。
理由は、川蝉の声が聞こえるからだ。