岡本太郎かく語りき

岡本太郎が週刊プレイボーイでやっていた人生相談をまとめた「太郎に訊け」(青林工藝舎)という本を読んだら、タロー氏が小脳論的ヒーローのみなさんと全く同じことを言っていて面白かった。例えば、「会社勤めをしているが処世術がうまくなくて上司に気に入られない」という悩みに対して、「出世なんかしなくていいと思ってしまえば悩みもなくなるんだ」と言い、「勤務時間を離れたら、ほんとうに自分のやりたいことをやってみる。スポ−ツでもいい、芸術でもいい。そこから新しい自己発見が生まれる」と教える。

これは、インターネット村上朝日堂で同じような悩みを訴える読者に対して、会社社会から本当にドロップアウトするのは大変なので「会社内ドロップアウト」してはどうかと奨め、勤務時間以外は自分のやりたいことをやるように諭す村上春樹の回答と全く同じである。会社勤め云々の部分を除けば、「自分のやりたいことを続けて下さい」と訴えるイチローとも同じだ。

岡本太郎によると、「自分は出世なんかしなくてもいいと思ってしまえば、逆に魅力的な人間になってくる」のだそうである。これは、良く考えてみると、「岡本太郎は、出世なんかしなくてもいいと思っている人間が魅力的だと思っている」ということであって、出世をしたくて頑張っている人間の方が魅力的に見える人もいるだろう。岡本太郎がこの人生相談をやっていたのは1970年代で、まだまだ経済成長が続くと思われていた時代だから、岡本太郎の回答はあまり理解されなかったのではないだろうか。実際、インタヴューしているプレイボーイ誌記者は「出世なんかしなくてもいいという人は卑屈に見えるのではないか」と反論して、タロー氏を「なぜ、キミはわからないんだ」と嘆かせている。

その後、年月が経って1990年代になり、我々はいろんな企業や役所で出世した人たちが起こした数多くの不祥事を知ってしまった。更に最近は、出世した人もしていない人もリストラの嵐に巻き込まれている。今では「出世」ということの価値も暴落してしまい、岡本太郎の言っていることも理解しやすくなった。

更に、「現代には世界を変えるような英雄が出ないのはなぜでしょう」という質問に対して、現代は冷たく計算どおりのリズムで動いている時代で、そういうシステムのなかから歴史を変えるような英雄なんか出現しない、と答えている。そして、世界が変えられないなら、変えることができるものがある、それは自分自身だよと語る。多くの人が自分自身を変えていけば、絶望的に思われている世界の状況や、非人間的システムも変えることができると言い、その方法は「人に理解されたり、よろこばれることを求めようとせず、むしろみとめられないことを前提として、自分を猛烈につきだすんだ」とのことである。

なんだか激しくて大変そうだが、これを我々凡人のレベルに落とすと、さっきの「勤務時間を離れたら、自分のやりたいことをやってみる」という話になる。現代社会は、英雄によってではなく凡人一人ひとりが変わることによって変わるということだ。つまり、僕が言っている「みんなが自分のやりたいことをやると、社会も変わる」というのは、岡本太郎の言っていることと同じなのだった。

もうひとつ、「忘れ物をするクセが直せなくて困っている」という相談に対する回答も面白かった。岡本太郎は自分もしょっちゅう忘れ物をするという話をし、「昔、パリで同棲していた女性の名前だって、どうしても思い出せないことがある」と言う。相当の強者である。それで、「忘れ物をする癖を直したいと思ったことはないのですか」と問われると、「ないね。ないどころか、ぼくは忘れるということを、素晴らしいことだと思っている」と答える。「つねに新鮮でいられる極意は忘れることだ」と言うのだ。奥田民生の「全ては忘れることだと解った」という歌詞と同じだ。

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