眠れない男


 5月の終わり頃から、光太がとんとお昼寝しなくなった。
 「体力がついてきたから」ではない。疲れて、疲れて、ヨレヨレになりながらも眠れない、といった感じ。
 お昼寝しないからといって、夜も早く眠るわけではない。ハイテンションになったまま、なかなか寝付けない。
 そんな日が続くと、当然昼間の活動にも影響が出る。
 園でもぼーっとしたり、ごろごろしたり、ぐずぐずだったりすることが多い。休息を園でとってどうするよ。帰宅する前にはドロドロに眠そうな光太。

 そんな光太、見ているだけでもかわいそうなので、私もなんとか家で休息をとれるように苦心している。
 園から帰宅すると、給食を食べない二人のために遅い昼ご飯を食べさせ、その後はとにかく刺激をすくなくして、ゆっくり、何もせず過ごす。
 悠太は適当に布団に入ってくるのだが、ごろごろしている私と悠太のそばで、光太だけが「キャーッ」とハイテンションのまま、ジャンプ、ジャンプ。
 さっきまであんなに眠そうだったじゃない!

 疲れても、疲れても、眠れない。
 そんな日が続いて、とうとう「眠ろう」とするとパニックを起こすようになってしまった。
 夜、「さあ、寝ようね」とそれまでつけていたテレビを消す。すると、絶叫が始まる。部屋の電気を消す。また絶叫。私が布団に入るのを見て、さらに泣き叫ぶ。
 そんな光太を尻目に、悠太はにこにこで私のそばに横になるのだが、それを見てまた絶叫する光太。涙と鼻水でぐちゃぐちゃ、真っ赤な顔をして、私と悠太の間に割り込んでくる。そうまでして、真ん中にいたいか!
 耳元で泣き叫ばれるので、光太に背を向けると、また絶叫。「あー、もううるさいなあ」と私が起き上がると、また絶叫。私の動きひとつに過敏に反応する光太。
 勘弁してくれよ・・・

 7時半に消灯してから延々泣き叫び続けて、結局眠りにつくのは10時過ぎ。夜中や明け方に泣いて起きてしまうこともたびたび。それでも朝は7時前には起きているのだから、睡眠時間が足りていないことは明らか。
 どうしたらぐっすり眠ってくれるんだろう・・・

 週末にはゆっくり過ごさせてやろう。
 そう思って、家族みんなでお昼寝。み〜んながごろごろしているそばで、やはりハイテンションの光太。しかし、そのハイテンションは「疲れたよ、でも眠れないよ!」。
 ヨレヨレのままハイテンションが続く。ヨレヨレで泣き叫びながら、「お外行こう」と手を引っ張る。「だめだよ。疲れてるよ、お昼寝するよ」、とたしなめると、また絶叫しながら、自分のズボンと靴下をもってきて「これ、履くの。お外行くの!」
 これ以上、光太を疲れさせることはできない。
 どうしたら、休んでくれるんだろう・・・

 家の中での多動も目に余るようになってきた。
 家の中では絶えず動いている。走り回ったり、その場でくるくる延々とまわっていたり。

 挙句の果てには、園から帰宅して、車から降ろそうとするとパニックを起こすようになってしまった。絶叫して、頑として、車から降りようとしない。どうにか光太をつかまえようとするのだが、すばしこく、必死の形相で車の中を逃げ回る。
 「いやだ!降りない!家には入りたくない!」
 おいで、と手をさしのべる私を、殺人鬼でも見るような顔をして見る光太。
 なんで?どうして?光太にとって、家はくつろげない、疲れる場所なの?

 子供が光太だけなら、光太を待つこともできる。パニックがおさまり、家の中に入る気持ちになるのを待ってから、車から降ろすこともできる。
 けど、うちには悠太もいる。園で何も食べられずにお腹をすかせた悠太がいる。悠太に(もちろん光太にも)1分、1秒でも早くご飯を食べさせてやりたいのだ。
 有無を言わせず、光太を引きずり降ろすしかない。
 家の中に連れ込むと、光太のパニックは頂点に達する。
 家の中、光太の泣き叫ぶ声を延々聞かなくてはいけない。
 私も疲れているんだよ。どうか、泣くのをやめて、眠ってよ。

 私は毎朝4時半に起きる。子供の起きる前に一通りの家事を済ませておかなければまわらないのだ。朝一番に、その日の夕食を作り始める生活。
 夜も、光太がこんな調子ではなかなか眠れない。
 光太もしんどいのだろうが、私だって限界だ。
 お願い、眠ってよ。あんたが寝てくれれば、私だって眠れるのよ。
 
 疲れたなら、抱っこを求めてくれればいいのに。
 抱っこして、背中をトントンしてあげるから、私の胸で眠ってくれればいいのに。
 抱っこしようとすると、わきをぐっと閉め、泣き叫び、抱っこをかたくなに拒絶する光太。
 疲れた君に、お母さんは必要ないの?
どうすることもできない。お母さんは虚しいよ。
疲れたなあ・・・


水曜日、子供は単独登園。
この日を待っていた!子供から少しでも離れたい。
光太は朝からぐずぐずで、いつもは目を輝かせて乗る園バスにも乗りたがらない。先生の抱っこでようやく乗車。
大丈夫かなあ?体調は悪くないはず。
一抹の不安を抱えたまま、お見送り。

とにかく、少しでも子供のことを忘れよう。
この日、お見送りを済ませた私は映画館へ直行。見たのは「電車男」。
今の私に、名画や超大作なんて必要ない。感動巨編もしんどいばかり。ささやかな、いい話にほっとする。
「電車男」、予想以上によかった。意外にもぼろぼろ泣けた。
映画の世界にひたって、泣いて、ちょっとすっきり。

この日の帰りのバスの中、光太は2、30分寝たらしい。
びっくり。でも、よかった。久しぶりに、疲れたときに眠れた。

次の日も、夕方お昼寝できた。
それはそれで、夜眠れなくなってしまったんだけど・・・
「ちゃんとした生活リズムをつけること」、これだけのことが、こんなに気を配っているのに、なんでこんなに難しいんだろう?

映画の感動も余韻もあっという間に吹き飛ばしてしまう子供のパワー。
家に入るときに起こすパニックも相変わらず。
そのすさまじさを見た夫も、「すごいねえ・・・」
それでも、少しずつだけど、眠れるようになってきつつある。
夜中に起きることも少なくなった。
私の気持ちも、少し穏やかになった。

今週から、月、水、金と単独通園になる。
少し、子供と離れる時間が増える。正直、今の状態の二人と1日24時間付き合うのはつらい。体も、精神的にも自信がない。
母にもお休みをもらおう。笑顔で子供と向き合うために。




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