お母さんのバカ!


 ここ数日のぽかぽか陽気に、今まで午後はお昼寝してゴロゴロしてビデオ見てテレビ見て・・・という生活から脱出、お外遊びを満喫しています。
 我が家の目の前に廃屋があるのですが、そこのお庭で遊ぶのがお気に入りの二人(我が家に庭はないのです)。この廃屋、持ち主はいるのですが、年に2回ほど・お盆とお正月に荒れ果てた庭の手入れをするためだけにしか現れません。それをいいことに、目下のところ悠太・光太のプライベートガーデンとなっています。

 お庭一面に雑草がいい感じに生えています。
 光太はその草むらに寝転んだり、悠太は砂遊びをしたり、アリの動きを追ったり・・・思い思いに楽しんでいるようです。私はそんな二人を眺めながら、春の日差しを背にシャボン玉を吹いて・・・
 二人が目の届く範囲で遊んでくれるので、いつものように子供を追いかけたり、死角になって見えなくなる子供にハラハラ、行方を視線で追ってカリカリすることもありません。
 実にのんびりした春の午後を満喫しているのです。
 は〜、幸せ〜・・・

 そんな日が続いたある日の午後。
 めいっぱい遊んで、もうそろそろいいだろう。私もちょっと休憩したいな、小腹もすいたしコーヒー飲みたい。帰っておやつにしよう・・・と子供を家に連れ込もうとしました。
 「お外遊びはこれでおしまい、おうち、帰ります」
 いつものお決まりのせりふ。言葉は分からない悠太ですが、「おしまい」だけはキーワードになっているようで、いつもはこのせりふを言うと、割とすんなり遊びをやめ、手をつないで家へ帰ってくれます。

 が、この日はそうはいかなかった。
 いくら「おしまい」と言っても「まだ遊ぶんだー!」と抵抗します。抱っこで強制撤去しようと思っても、両手をバンザイして「ギャーっ!」と抱かせてくれません。それどころか、「まだシャボン玉やれ」だの「車に乗せろ」だの、とにかく家には帰りたくない様子です。
「車はさっき乗ったよ。おうちへ帰るよ」
 そう言っても、私の手を引っ張って車まで連れてきます。
 そんなに車に乗りたいならもう一度乗せてやるか、ともチラッと思いましたが、なにせ腹が減った。コーヒー飲みたい。ここは譲れんなあ・・・
「車には乗りません。おうちへ帰ります」
 そう繰り返す私に心底悔しそうな顔をする悠太。手を目元に当てて、「ふえ〜ん」と泣きまねさえします。

 こりゃあしばらく動きそうにないなあ・・・ちょっとほっとこう。
 先に光太を家に連れ帰ることにしました。墓場で黙々と水遊びに興じていた光太も、「いや〜!」と帰ることを拒否。
 まったく、どいつもこいつも・・・
 さ、強制撤去。米俵をかつぐがごとく、ひょいっと光太を肩にかつぎあげて家まで運びます。

 光太を家に連れ込んで、さてお次は悠太。コーヒーはもうすぐだ!
 駐車場に戻ってみると、まだ車にへばりついています。
「悠太、おうち帰るよ」
 私の姿を見るやいなや、悠太がはじけたように泣き出し、私に抱きついてきました。
 なに、なに?なんなんだ。私の姿が見えなくなって、おいてけぼりにされたと思ったか?いや、悠太に限ってそんなことは・・・
 けど、そうとしか思えないような泣きっぷりで、「抱っこ、抱っこ」としがみついてきます。
 わけが分からないまま、そのまま抱っこで家に連れ込みました。

 家に帰っても、悠太は泣きやみません。一層激しく泣き、抱っこから下ろそうと思ってもしがみついてきます。
「うわーん、うわーん!」と腹の底からの泣き声をあげながら、渾身の力でしがみつく悠太。まるで、「お母さんのバカ!お母さんのバカ!」となじられているようです。
 そんな悠太をもてあまし、戸惑いながらも、目頭が熱くなっていくのを感じました。

 だって、初めてだったのです。悠太が「負の感情」をぶつけてくれたのが。

 悠太も光太も普通の子供同様、よく笑い、よく怒り、よく泣きます。そして、べたべたの甘えん坊です。
 遊んで欲しいときや甘えたいときは真正面からぶつかってきてくれますが、怒ったり泣いたりするときは一人で感情を処理していました。「お母さ〜ん」と助けを求めて駆け寄ってくることはありません。
 それは、ちょっぴり切ないことでもありました。

 どこかで頭をぶつけて泣いたときや、よほどのことがあれば私が子供に駆け寄り、抱いてなだめることはありますが、そんなときでも子供はただ抱かれているだけ。抱かれることはイヤではないけれど、子供自らしがみついてくることはありません。
「もしかして、こんなふうに抱いてなだめる必要なんてないんじゃないか?」と思いながらも、「母」としての自分の立場を確認するかのように子供を抱きしめていました。

 けど、今、悠太は一生懸命気持ちを私にぶつけている。
「お母さんのバカ!もっと遊びたかったのに、車に乗りたかったのに!なんで分かってくれないの!?」と私に訴えているのです。

 私は子供の泣き声がキライです。ぐずぐず言われるのもいや。イライラしてきます。
 でも、この日の悠太の泣き声の愛おしさはなんなのか。体中が粟立ち、なんとも言えない、喜びとしか言いようのない感情に包まれました。
 なおもしがみついて号泣する悠太を、私も力いっぱい抱きしめました。
 ごめん、ごめんね悠太。もっと遊びたかったね。悔しかったね。ごめんね・・・

 悠太は、夕方の教育テレビをつけると落ち着いてくれました。さっきの泣きはなんだったの?と思うような、いつもどおりの笑顔です。
 そんな悠太を見ながら飲むコーヒー。

 いつでも、どんな気持ちでも安心してお母さんにぶつけてね。君たちのどんな気持ちも、お母さんは受け止めるから。それがきっと、お母さんの喜びだから。
 信頼を、絆を、一つひとつ作っていこう。
 そうして、ゆっくり、ゆっくり「親子」になっていこう。
 そんな親子関係があっていい。

 私たちは、それでいい。



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