魔のインフルエンザ


 今まで他人事だったインフルエンザ。
 周りのお友達がかかったという話をちらほら聞く。特に今シーズンはピークが遅いらしく、3月になったとはいえ、依然猛威をふるっているらしい。
今シーズンは家族みんな予防接種を打っているし、うちは無事だといいけど・・・
そんな祈る気持ちをよそに、我が家もついに、ついにインフルエンザにかかってしまった。

 ことのおこりは月曜日の夕方。
 定時退社の日でもないのに、夫から「体調が悪くて、今から帰る・・・」と電話があった。
 帰宅するなり熱をはかると、そのときすでに38度台。
 むむ、これはやばいかも・・・
 見るからにしんどそうな夫、そんなことは理解の範疇にない悠太・光太は、不意打ちで早く帰ってきたお父さんに狂喜乱舞。抱っこしろ、遊べ、あれやれ、これやれとまとわりつく。
 「うーんと、お父さんお熱あるんだけどなあ・・・」とつぶやきながら子供にされるがままの夫。こんなときでも、「えーい、お父さんはしんどいんじゃ、あっちへ行け!」とはならない人なのだ。
 そして、「ほらほら、お父さんはしんどいんだから休ませてあげなさい」などと決して助け舟は出さない私。
 だって〜、子供がお父さんのそばにいると私はフリーになれるんだもの〜♪

 翌日火曜日、早速夫は病院へ。検査の結果インフルエンザB型と判明。夫の会社でもインフルエンザがはやっているらしく、ウィルスをもらってきてしまったらしい。
 あーあ、えんがちょっ!(私の第一声)
 うつるぞ〜、うつるぞ〜、家族全滅だー!

 しんどいとはいえ、割合元気そうな夫。食欲もあり、暇だと言っては重松清の小説を読んでいる。一応布団に入り横になっているのだが、そんなお父さんを子供が放っておくわけもなく、寝ているお父さんに馬乗りになったり、踏みつけたり、おおいかぶさったり。ゆっくり静養なんてできたもんではない。
 それでも助け舟を出さない私。
 寝ているだけとはいえ、子守の貴重な戦力なのだから頑張っておくれ〜。
 子供にうつってしまうのが心配だけど、いくら夫を隔離しておいても、同じ家にいる以上うつるときはうつるだろう。

 水曜日、夫の様子は一進一退。朝はどうしても高熱が出てしまう。
 それにしても相変わらず元気いっぱいの悠太・光太。
このままうつらずに済むのか?うん、大丈夫かもしれない。

 そう思っていた矢先の木曜日の朝。
 光太がいつもとは違うぐずり方をしている。いつも寝起きは機嫌が悪いのだが、それに輪をかけて機嫌が悪い。
 ついに来たか?!
 思い当たるふしは山ほどある。だって、お父さん命・お父さんストーカーの光太、熱のあるお父さんのそばで寝ているんだもの〜。
 早速光太の熱を測る。38度5分。きたーっ!!

 その日は区の双子サークル「ふたりっこ」の最終日で、4月から通園になる悠太・光太は今回で最後の出席となるはずだった。なんとしても、悠太だけでも出席したい!
10時半から始まるサークル、今から病院に行けば間に合うかもしれない!

 夫に悠太をまかせ、私は光太を連れて小児科へ。普段はわりとすいている小児科だ。しかしまだまだインフルエンザシーズン、駐車場からしていっぱい!玄関先には子供用座席のついたママチャリがずら〜っ!
 こ、これはどうしたことか・・・
 待合室に入ってさらにびっくり。人であふれかえっていた。診察は1時間まちだという。「ふたりっこ」はあきらめた。光太は雰囲気に圧倒されたのか、ぐずって、熱でしんどいのもあり、わんわん泣き出した。

 泣き続けること20分、30分。心配して受付のお姉さんが声をかけにきてくれた。
と、その直後、光太が「ごふっ、ぐふっ」と妙なセキ。そして、がふっ!ついに嘔吐。
私の服、光太の服もろとも、光太の朝の牛乳ゲロをかぶってしまった。
手際よく濡れたタオルとゲロ吐き用の洗面器を用意してくれる受付のお姉さん。そのまま診察室奥のベッドが3床ある部屋に通してもらい、さらに子供のお着替えの服も貸していただいた(なんて親切なクリニック!)。
泣き疲れた光太は、私の抱っこで寝息をたてはじめた。
ふ〜、やれやれ。

待って、待って、診察を受け、そして検査の結果はやはりインフルエンザB型。
やっぱりね・・・こればかりは仕方がない。特効薬の幼児用タミフルと解熱剤の座薬をもらって帰宅。
光太、お疲れ様。

帰宅後、早速タミフルを飲ませる。
しかし、自閉症の子供を持つ多くのお母さん共通の悩みが、この「薬をどうやって飲ませるか」。
悠太・光太しかりである。
薬を飲むのはいやなものだ。「頑張って薬を飲む→病気が治る」という図式がなかなか理解できない。ある程度年齢が上がれば理解できるようにもなるのだろうが、今の二人には「理解しろ」といっても不可能だ。
薬を食べられるもの、飲めるものに混ぜることも危険だ。味の違いを敏感に察知して、その食品を口にしなくなるのだ。
悠太・光太に薬を飲ませる際も、唯一飲むことのできる牛乳やミルクに混ぜてみてもだめ。ちょっと苦味がのこるものの、フルーツ牛乳みたいで飲めるでしょ、と大人が思っても、二人にとってみれば「これは違う!」と口にしようとしない。

お薬を混ぜても大丈夫な例のリーフレットにあるもの・・・アイスクリーム、ヨーグルト、ココア、オレンジジュース、スポーツドリンク・・・普通のお子様ならこれならOKというものも、悠太・光太なんて口にもできないものばかりじゃん!ゼリー状オブラートなんて問題外だし。

結局、粉薬に2、3滴の水をたらし、お団子状にねってから口の中に放り込む、なすりつける、そして牛乳を飲ませてごっくんさせる・・・のが我が家の常だ。
しかし、もともと医者いらずの二人。薬を飲む機会そのものが少ないうえに、普通の風邪なら、薬を飲ませるのも最初の1日ぐらい。薬を飲む子供も飲ませる私もストレスになってしまうので、熱さえ下がったら、「後は自分の力で治しなさい」とあえて薬は飲ませない。

普段はそれでいけるのだが・・・今回はインフルエンザ。先生にも、「この薬を飲むのと飲まないのでは全然違うよ」と念を押されているため、光太には頑張ってもらうしかない(自分の免疫力だけで治そうとすると、7日〜10日かかるらしい)。
かくして、お薬タイム。
体のまだ小さかった頃なら私1人でもなんとかなったが、力もつき、それなりに知恵もついた今となっては、薬を飲ませるのも夫と私二人がかりだ。

まず、夫が光太の体を確保。おひざにごろん、が理想。しかし、嫌な予感を察知した光太はすでに激しく抵抗。もちろん、「お薬飲むよ、元気になるよ」と事前に説明するのだが、そんなことは分かるはずもない。あばれまくり、夫の手からにげようとする。私も参戦、二人がかりで光太を押さえつける。なおも、激しく泣き叫び抵抗する光太。
どうにか光太の口をこじあけようとするが、歯をいーっと固くかんでいる(光太、賢くなったなあ!)。
指一本ぶんのすきさえあれば。よし、指が入った!と思ったらおもいきりその指をかまれる。脂汗がでるほど痛い。光太も必死、指を噛み切らんばかりの力だ。
どうにか薬を光太の口の中に入れる。しかし、にがい!
今度は必死で吐き出そうとする光太。それをまた押さえつけ、阻止する。
「ほら、牛乳のんでごらん」と牛乳を飲ませてみたものの、かえってそれで口の中に苦さが広がってしまったようだ。
これが大失敗。高熱ゆえ水分だけでもとってくれ、とその後何度も牛乳を飲ませようとしたのだが、「牛乳=薬」がつながってしまい、光太唯一の水分の牛乳をまったく受け付けなくなってしまった。

このまま水分をとらず、脱水症状になってしまったら・・・もう、入院して点滴をうってもらうしかなくなる。どうしよう!
頭を抱え込みたくなるほどの不安。
薬も、規定量の半分入ったかどうか。
光太はあまりのショックに延々泣き叫び続け、恐怖におののいた目で私と夫を見る。ごめんね、光太・・・でもこうするしかないんだよ。

高熱で虫の息の光太。目もうつろでぐったり。
我が子が苦しんでいる姿を見るのは親は本当に辛いものだが、そんな光太の姿に、私以上に夫が辛かったらしい。
「光ちゃんが、光ちゃんじゃない・・・」
いつもはぴょんぴょん元気にジャンプして、キラキラお目目で抱っこをせがみ、傍若無人にお父さんにまとわりつく光太だもんね。

その後6時間以上たって、ようやく牛乳を口にしてくれた光太。入院は免れた!よほど喉がかわいていたのだろう、堰を切ったように飲み始めた。
こんな状況でも、パンツをはくことを拒否する光太。本当にいいのか、それで。
普段はおねしょはしないので安心。これも光太のこだわりなのか、お布団の上におしっこすることはまずない。もよおすと、ちゃんと寝室隣のフローリングの居間まで行って立っておしっこ(おまるでしてくれたら完璧なのに〜)。
しかし高熱もあり、「おしっこ」と思ったときに立ち上がれず、失敗してしまったら。
そんな心配は無用だった。
夜半、光太、熱で朦朧とした意識の中、むくっと立ち上がると居間で放尿。
ほー、さすが光太。夫は雑巾を取りに走る。

深夜3時、寝苦しいらしく起きる。牛乳を200mlがぶ飲み。座薬を入れて寝かしつける。座薬のおかげで朝までぐっすり。ようやく長かった1日が終わった。


金曜日。
3日間会社を休み、ほぼ復活した夫は出勤。相変わらず悠太は元気いっぱい。
元気な悠太を家に閉じ込めておくのもかわいそうで、急遽、夫かたのおばあちゃんにヘルプに来てもらう。
おばあちゃんに光太のお守りとお留守番をたのみ、私は悠太と外出。ひとりっこ悠太と、こんなときならではの冒険。ドライブをして、帰り道でコンビニへ。
「じゃがりこ」なら口にできる光太のために、じゃがりこを買いに行く。
普段は、多動ちゃん二人を私1人で店内に連れて行き、たった一品買い物をすることすら不可能なので(手がまったく使えない、商品を手に取ることすらできない!)、車の中に子供を待たせ、ダッシュして買うのだ。

しかし、子供が1人ならそんなこともしなくていい。
いつもは車の中で待たせる悠太も、車から降りて店内へ。
「あれ、ボクも行くの?」と怪訝そうな悠太。しかし、すぐさまニコニコお顔で手をつながれ、ぴょんぴょんジャンプ。
「じゃがりこ、買うよ」と見せても分かっているのか分かっていないのか。そのままレジでお金を払う。
コンビニの何がいいといって、自動ドアじゃないのがいい。
お金を払っている間、悠太は大好きな玄関マットにぺたんと座り、ご満悦だ。
「お買い物終わり、帰ろうね」と言っても「まだここにいたいよ〜」とマットから立ち上がろうとしない。視線の先には、荷物の重さなどを量るはかりなんかがあったりして、悠太は興味津々(規則的に並んでいる数字、目盛りが好き)。
 それでも、「お買い物おしまい。おうち、帰ります」と言うと、すんなり店を出ることができた。
 「お買い物、できたね〜、えらかったね!」
 こころなしか、悠太もうれしそう。えっへん!
 何もしなくても、分からなくても、店内を走り回らなかったり、脱走を企てようとしなかっただけでも大成長!

 午後、お買い物第二弾。
 200円だけポケットに突っ込んで、今度はスーパーへ牛乳一本を買いに行く。コンビニよりも広い店内、意外にも悠太は手を引かれ、ぽてぽて大人しく歩いてくれる。
牛乳を一本つかみ、「牛乳、買います」
悠太の好きな惣菜売り場は避けて通って、レジへ。悠太の手をつないだまま、ポケットの200円を出してお金を払い、おつりもそのままポケットへ。牛乳一本だけなので、レジの人が袋にもさっと入れてくれる。手を離さずにお買い物終了。
終始大人しくニコニコ・ご機嫌の悠太。
私も大満足!
しかし、気持ちは複雑。子供が1人だと、こんなこともできるんだ・・・
おバカちゃんの子供が二人、それがどれだけ私の、子供の行動を制限していることだろう。私だけでは、こんな普通の経験もさせてやれないのだ。

 さて、一方光太は相変わらず高熱が続いている。
 何度熱をはかってみても、39度9分(電子体温計の最高測定値?)。
しんどいだろうが、解熱剤の座薬はあまり使わずに頑張ってもらうことに。光太も、熱のある状態に少し慣れたのか、たまに起き上がってソファに座ったりしている。
 
 夕方、いつものように教育テレビをつけて、お風呂の準備をしていた。
 今日も光太はお風呂なしね。
そう思っていたのに、光太、お風呂の時間を察知してお風呂の前まで来てしまった。当然のごとく、本人はお風呂に入るつもりらしい。お風呂の前から動かず、「早く入ろうよ」とでも言いたげに私を見ている。
えーっ、無理だよ、光太・・・
でも、ここでお風呂に入れてやらなかったら、光太、わけが分からずパニックになってしまうことだろう。それならいっそ、少しでも入れてやったほうがいい。
光太の「いつもの予定」なのだから。

服を脱がせ、湯船に入れると、光太、ぷるぷる震えている。
だ、大丈夫なのか?
しかし、光太は納得したように湯船のお湯に口をつけたりして、リラックス。いつもはすぐにのぼせて湯船から立ち上がってしまう光太も、この日はずっと湯船につかっていた。

このお風呂での荒療治(?)が効いたのか、その後の夕ご飯も、じゃがりこと並行しながら3口ほど口にしてくれた。
ご飯、食べられたね。よかったね、光太!

土曜日。
頑張って苦い薬を飲み続けたかいあってか、朝一番で光太の熱を測ると、37度台まで下がっていた。
体が楽になり、光太に笑顔がもどってきた。
そして、ぴょん!久々の光太ジャンプ。
「光ちゃんがジャンプしたよ、ジャンプしたよ、やったー!いつもの光ちゃんだ!」と涙を流さんばかりに喜んでいた夫。
しかし、その感動は長く続かないのだよ。なぜなら。

ここ2日、みんなに気を遣われ、普段になく優しい言葉をかけられていた光太、すっかりいい気になってしまっていたのだ。
やっと体当たりで甘えられるうれしさもあってか、超ウルトラスーパー我がまま坊主になってしまった。
抱っこー、あれやれー、これやれー、それやれー!
ま、その標的になるのは夫だけなので、私に被害はないんですけどね。
お父さんストーカー・光太復活!
しかも、体調がまだ万全でないので、ぐずり方もすごい!
とても私の手におえません。
さすがの夫も、「光ちゃん、うっとうしい・・・」
でも、当然のごとく、安心しきった顔でお父さんの胸に顔をうずめる光太。
お父さん抱っこ、気持ちいいよね!

とにかく、よかった!インフルエンザの峠は越えたらしい。
次にうつるのは悠太か、私か・・・とヒヤヒヤしていたけれど、どうも、二人とも大丈夫らしい。

嵐のような1週間。
普段、健康で元気いっぱいの我が家だけに、こたえました〜。
元気が一番!改めて身にしみます。

今シーズンのインフルエンザ予防接種の効き目は約5割とか。
我が家も、二人はかかって二人は無事で。予防接種にかかった計1万8千円は高かったのか、安かったのか・・・?

そういえば、去年、扁桃腺からの熱で家族みんながダウンしたのもちょうど同じ頃。
去年は、子供がなかなか食事をとろうとしないことにいちいちパニックになっていた。「食べないと死んじゃうんだよ!」と、それはもう、一口でも食べてくれと必死だった。
けど、今年は「ま、腹が減ればいつかは食べるよね」と余裕をかましている。
光太も発熱2日目にして少しでも口にしてくれたし、子供も体力がつき、「そう簡単には死なないだろう」と思えるようになった。
光太が食べないぶん、悠太がちゃんと二人ぶん食べてくれるので(!)食材があまり無駄になっていないし・・・ありがとう、悠太!それにしても、恐るべし食欲。

怒涛の1週間があけての月曜日。
あれ、光太、また熱が・・・
実は悠太、インフルエンザは無事だったのだが、光太のインフルエンザに並行するようにかる〜い風邪をひいていた。その悠太の風邪が光太にうつったらしい。
悠太にしてみれば、大したことのないハナ風邪でも、抵抗力の落ちまくっている光太には駄目押しの一発だったようだ。
つくづく、ついていないねえ、光ちゃん・・・

それでもインフルエンザの山を越えた光太、たとえ熱が38度あっても、すっかり体はラクになった気になっている。くしゃみを連発、水っパナを垂らしながらも浮き輪を身につけ、プールに行くつもり。
ごめんね、光ちゃん。プールはもう少し先にしておこうね。




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