悠太画伯が・・・


 悠太と光太はお絵かきに興味がない。
 随分前からお絵かきボードを用意したり、クレヨンを用意して目の前でお絵かきしてみたりするのだが、一瞬興味は示すものの、ほんの少し殴り描きをしておしまい。絵描き歌を歌いながらドラえもんを描いてみても、クレヨンを奪い取って、がががっと殴り描きをしてぽいっ。
 なんとも味気ない。画才はないのね・・・
 そのクレヨンも、私が目の前で描いてみない限り、光太はトーマスの絵のケースだけに興味を示し、悠太はずらっと並んだクレヨンにチューして、ケースをひっくり返してばらばら落として遊ぶのが常。
 じっくり相手をする暇のない私は、結局早々にクレヨンを片付けてしまう。
 隠しておかないといつまでたってもケースをひっくり返してしまうので、二人の目の届かないところ・・・冷蔵庫の上にクレヨンを隠しておいた。

 けど、「クレヨン=お絵かき」の図式はちゃんと頭に入っているよう。
 先日のことだ。
 リビングに階段のある我が家、階段を数段上った悠太がふと冷蔵庫の上を見つめている。視線の先にはトーマスの絵のクレヨンケースが・・・
 クレーンで、「あれ、とって」
 要求を無視するわけにもいかず、「どうせひっくり返すだけでしょう」とブツブツ言いながらもクレヨンを「はい、どうぞ」
 悠太は満足げにクレヨンをひっくり返して遊び始めた。
 
 時刻は夕方、晩御飯の支度の最中。すっかり台所に没頭してしまっていた私、ふとリビングに目をやると・・・
 「あーっ!」
 思わずあげた声。
 悠太が、嬉々として赤のクレヨンでフローリングの床に殴り描きをしていたのだ。
 「こらーっ!」と叫ぼうとした声を飲み込んだ。
 これって・・・怒ることじゃないよね。だって悠太があんなに楽しそうにやっている。床に描くのはいけないことだけど、怒る前に「紙に描こうね」って教えなきゃ。悪いのは悠太ではなく、それを教えない私。でもなあ・・・今忙しいしなあ。ま、いっか。床は後で拭けばすむことだし・・・
 すごい集中力。うんうん、楽しそうだねえ。それに、随分筆圧も高くなっているじゃない。
 な〜んて、妙なところで感心してしまった。

 そこへ、お風呂掃除を終えてリビングに戻ってきた夫が「ああああーーーーっ!」
 私は平然と、「悠太よ、悠太。すごいでしょう」
 あわてて夫は落書き帳を持ってきて、「悠太、紙に描きます」と、悠太のクレヨンの先に紙を持っていく。しかし、なおも悠太は床に描きたい様子。そのたびに、「ああっ、ああっ」とあわてる夫。
「いーじゃん、後で拭けば」
 もちろん、後で拭くはめになるのは夫である。
「もーっ!妙なところで寛大なんだから・・・」とブツブツ。
・・・そう?ま、子供相手、どっしり構えんとね。おほほほっ
今までこんないたずらをしなかったことのほうが奇跡だし、そのうち壁なんかにも描いちゃうようになるんだろうし。それはそれで、自分の家なんだし誰にも迷惑かけることじゃないもんね。
壁に悠太のアートなんてちょっとうれしい、なんて感じる私は変なのかな?
そんな、子供らしいいたずらをしてくれることの方がうれしくて。
 
 そういえば、こんなこともあった。
 落書き帳を抱えてお絵かきボードの前に立った悠太。おもむろに、お絵かきボードの付属のペンをとり、落書き帳に何か描こうとしている。
 思わず吹き出した。
 真剣な表情の悠太。
 うーん、悠太、残念!そのペンはお絵かきボードにしか描けないんだよ〜!
 でも、賢い!ちゃんと、描く道具っていうことがわかっているんだよね。

 「悠太、そのペンでは描けないから、紙にはこっちで描こうよ」とクレヨンを渡す。
ほんの仏心があだとなり・・・かくして、ちょと殴り描きしてはぽいっ!またクレヨンをひっくり返して遊ぶ悠太。
 前言撤回。やはり君は悠太だった。
 あーあ、もっと他のところにクレヨンは隠しておかなくちゃ・・・

 そんな悠太、少しずつ要求の出し方が変化している。
 クレーンには変わりないのだが、以前は電源を入れて欲しいおもちゃがあると、まずは私の手をとり、その手を引っ張っておもちゃのところまで私を連れて行っていた。
 最近では、そのおもちゃを私のところに持ってくるようになってきたのだ。
 この違いの大きさ!
 前者はただ、「電源を入れる手=道具」が欲しかった悠太。後者はそうではなく、「この電源を入れて」と人(私)の顔をちゃんと見て頼んでいるのだ。
 さらにさらに、ここ数日では、少し離れた場所から、「あーっ、あーっ!」と助けを求める声を出し、私を見据え、私に向かって手を伸ばす。自分が動くことなく、相手を「呼ぶ」ことを覚えたのだ。伸ばしたてはさながら手招きのよう。
 自分が動くことなく・・・って、それってズボラになっただけ(笑)?
 いえいえ、ちゃんとその人を見て呼ぶ。すごい自発的コミュニケーション!
 悠太の口から出る音はたとえ「あーっ!」でも、私にはちゃんと「おかあさ〜ん、ちょっと来てー!」に聞こえるから不思議。

 今日も、悠太が困った顔をして「あーっ!」と私を呼べば、呼んでくれたことがうれしくて、いそいそと「何かな、何かな」と悠太に駆け寄る私。でも、悠太の用事って「ちっ、な〜んだ、こんなことか」っていうことばかりなんだよね。
 「んもー、忙しいのにこんなことでいちいち呼ぶな!」なんて毒づく私だけど、何のかんの言っても・・・我が子に「おかあさ〜ん」と呼ばれる幸せは格別なのだ。




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