こだわりの一品


 悠太は常に手に何かを持っている。
 それは日替わりで、トーストしたパンのひとかけらだったり(さわり心地が好き)、生の食パンのひとかけらだったり(においが好き)、一冊の絵本だったり、おもちゃの鉄琴だったり、花だったり草だったりと、その日の悠太の気持ちに合わせて様々。
 今日はこの一品!と決めたら、とにかくどこに行くにも放さない。よほど他の遊びに夢中になったら「よっこらしょ」とその一品を置くのだが、それでもまたいつの間にか手にしている。
 お風呂にも持って入るものだから、絵本はお湯に浸かってべろべろに。湯船にパンがふやけて広がって・・・なんてこともある。

 プールの指導員のお姉さんなどは、「今日の悠ちゃんは何を持ってくるか」を楽しみにしているらしい。
 「猫じゃらし持ってる〜っ!かわいいーっ!」
 と、何を持っていても大笑い、というかバカ受けしてくれる。
 えっとお、そんなにおかしいかしら? ま、うれしいんだけど。

 2歳前後までは、このこだわりの品はガーゼのハンカチに限定されていたのだが、いつの間にかガーゼハンカチには目もくれなくなっていた。
 このガーゼハンカチにも当時は困って、とにかく何十枚もの中からお気に入りの一枚を探す。縁どりの糸が青色のもので、適当にくたくたになって肌になじむ物。その一枚を二人が取り合いするのだ。
 食事をするにも、ガーゼハンカチがなければ食事にならない。けど、隣り合わせの椅子の上では二人がハンカチを取り合っている。「ほら、これでもいいでしょ!」と好みにあいそうなハンカチを渡すのだが、それでも納得しない。
「同じじゃないかーーーっ!」とこめかみがぶち切れそうになりながら母は思うのだが、どうしても同じ一枚を取り合う。エンドレスな戦いだった。

 こだわりの一品に特に執着するのは悠太。
 最近では光太はあまり目立たなくなった。とはいえ、光太は家から外に出るたび、お気に入りのお花に向かって一直線。茎にかじりついてお花をゲットしてからでないと、どこに行くにも始まらないのだが。

 基本的に、モノに執着する悠太と、モノには興味のない光太。
 争いは少ないのだが、それでもたまに取り合いのケンカになる。
 この間などは、外出間際の玄関先で「すき焼きのタレ」のペットボトルを奪い合い、手がつけられなくなった。
 ええ、ええ。なぜこんなものを。
 けど、二人にとってはものすごいお宝に見えるのでしょうねえ。
 すさまじい奪い合い。なだめようにもなだめられず、靴を履かせようにも履かせられず。急いでるんだっていうのにっ!

 こんなこともあった。
 その日の悠太のお気に入りは粉チーズの容器。魅力的なラベル、振ったらシャカシャカ音がする。悠太はご機嫌だ。
 私も、危ないものでない限り欲しがるものは与えている。
 夕飯の支度に没頭していてしばらく子供に目が行かず、「さあ、できた。悠ちゃん、光ちゃん、遊ぼうか」と顔を対面のリビングに向けた瞬間、絶句。
 リビングは粉チーズの海・・・
 うう、やられた。普段こんな失敗はしないのに、油断していた。
蓋が開いちゃったんだ〜(涙)
もちろん、怒るに怒れない。悠太に悪気はなく、蓋をちゃんと固定していなかった私が悪いのだから。
けどね。粉チーズ、安いものじゃないのよ〜!

この粉チーズには後日談が。
粉チーズぶちまけ事件に懲りて、粉チーズの容器を欲しがるときは、空の容器を与えることにしていた。
その日は土曜日、朝から容器のラベルをじっと見つめてはご満悦な悠太。
夫に子守をまかせ、1週間分の食料の買出しから帰ってみると、激ぐずりの悠太。どうも、遊んでいるうちに粉チーズの容器がどこかへ行ってしまったらしい。
夫も、「一生懸命探したんだけどねえ、ないんよ〜」
ないんよ〜、じゃないでしょ!
もう、悠太は手がつけられないほど泣き叫びパニック。
この日は午後一から外出せねばならず、早めの昼食をと思っていたのに、これでは昼食を食べどころじゃない。

そりゃあね。買いに走りましたとも。
我が家の一番近くにあるくたびれたスーパーに、粉チーズなんてしゃれたものあるはずもなく(それでも一応探しましたがね、やっぱりなかった)、2軒目の品揃えのいい、こぎれいなスーパーへ。
「ここならあるぞ!」と走ってチーズ売り場へ行くも、「な、無い・・・」ショック!
大きな緑色の容器の粉チーズはあるものの、私が欲しいのは小さな赤い容器なのっ!私はね、粉チーズならなんでもいい。容器が大きかろうが色が違おうが。けど、悠太が欲しいのは、あの赤い容器。
3軒目のスーパーでようやく見つけ、意地になって二つ同じものを買い、帰宅。
「ほらっ、あんたの探してたのはこれでしょっ!」
両手にお気に入りの粉チーズの容器を持ち、ようやく納得の悠太。
ああ、疲れる・・・・
こんなに右往左往しても、そのこだわりの一品は「日替わり」。次の日には見向きもしなくなってるのだからねえ・・・やってられません。

危ないもの、迷惑をかけるものじゃない限り持たせているとはいうものの、お母さんの分厚いマンガを持ってユニクロに行かれた日には、さすがに恥ずかしかった・・・
「他のものにしようよ〜」となだめても、今日の一品はコレ!

こだわりの一品。それはきっと、悠太の世界と不安な外の世界をつなぐ大事なもの。これがあれば、お外に出ても何があっても大丈夫、悠太の心の拠りどころなのだろう。
いつか、このこだわりの品を手にしなくても平気になるときがくるのかな。

さて、今日のこだわりの一品はなんだろう?




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