<双子との生活・1歳代後半>
 1歳半検診には引っかからなかったものの、発達に遅れがあるんじゃないか、という思いは日に日に強くなっていった。
 子供の様子はいっこうに変化がみられない。体を使った遊びが好きで、くすぐったり「たかいたかい」をしたりすると喜ぶし、全く笑顔がなくなったというわけではないが、一人になると、たんたん、もくもくと遊ぶ二人。以前はあんなに二人でじゃれあっていたのに、今ではお互い眼中にない、といったふうだ。

 私の不安がピークに達した頃、見かねた夫が、言葉の遅れや発達に関する本を買ってきてくれた。その本を読むと、悠太と光太の様子がかなり「自閉症」の症状に重なっている。
「なんか、すごく自閉症にあてはまるよね」
「うーん、そうだね・・・」
 恐れていた現実。でも、この現実から目をそらすことはできない。漠然とした不安を抱え続けるのはもっとつらい。
 私はすぐさま、子供たちが新生児の頃からお世話になっている保健師さんに連絡をとり、我が家に訪問してもらった。そして、児童相談所の先生のカウンセリングを受け、そこで療育センターの専門医を紹介してもらうことができた。初診の枠は少なく、2ヶ月待ちの5月になるという。2ヶ月の間、ただこまねいているだけの状況はつらかった。

 療育センターの医師の診察を受けるひと月前の4月、桜がちょうど見ごろな季節、我が家は初めて隣の山口県の温泉に1泊二日の家族旅行をした。
 子供が小さいとやはり旅行は難しい。移動は疲れるし、うちの子が一番心配だったのは食事だった。ただでさえ食の細いこの子達が、旅先でちゃんと食事ができるのだろうか。大人の食事からのとりわけは難しいので、レトルトのカレーや雑炊を持っていったのだが、なんとか食べてくれてほっとした。
 初めてのお泊りは、子供は良くも悪くもさほど影響はなかったようだ。ただ、私は子供に気を遣うやら、大きな旅館だったためか旅館の不手際が目立つわ、部屋のエアコンで乾燥して息苦しくて眠れないわ、イライラして夫婦喧嘩するわ散々だった。

 だが、この旅行、うれしいおまけもついてきた。
 2日目の昼食、子供と初めての外食にチャレンジ。子供は何が食べられるか思いつかない。ショッピングセンター内のフードコートを見て回り、さんざん迷った挙句、「ドリアやグラタンだったら食べられるかも!」と、小さな軽食レストランに入る。そこでドリアとピラフを頼んだのだが、簡素な店構えに反してとてもおいしかったのも意外、子供も少量ながらちゃんと食べてくれたのだ。
「わ、すごい、ちゃんと食べた、食べた!」とそれだけで小躍りしそうなほどうれしかった。あの、何をあげても食べなかった子が、親と同じものを食べられるまで成長してくれた。
 初めての旅行、初めての外食は大収穫だった。
(後日談:このときはちゃんと外食でも食べてくれたが、こだわりの強くなった今となってはお外では頑として食べようとしません。トホホ・・・)

 そして、母個人のこの旅行の大きなおまけ。私が小学校1,2年生のときの担任の先生との23年ぶりの再会。子供を持った今、こんな機会でもないと、と住所と住宅地図をたよりに先生のお宅に突然訪問。
 御歳80歳の先生はご健在だった。この先生、私を受け持った頃は50代半ばだったのだろうが、とにかく元気なひとだった。休憩時間になるとクラスの生徒全員を引き連れて運動場で鬼ごっこして走り回っていた。みんな先生が大好きで、白髪を抜いてあげたり、お手伝いをするとあめをもらえたりしたのを覚えている。
 私は3年生のとき転校してしまったのだが、それ以来ずっと今まで絶えることなく年賀状や手紙のおつきあいをしてきた。いつか、もう一度先生に会いたい、という願いがかなったのだ。
 先生に、自慢の夫と子供を見せることができてうれしかった。
 何十年経っても会いたいと思う人がいるということは幸せなことだな、とつくづく感じた。私個人のわがままなお願いに、嫌な顔ひとつせず付き合ってくれた夫にも感謝。

 5月、ゴールデンウィーク明けに早速療育センターの医師の診察に出向いた。
発達が「幼い」ことを指摘され(この時点ではまだ障害の診断はつかなかった)、月1度程度、センター内で保育士さんと個別で遊びながら経後観察していくこととなった。
 ようやく、ほっとした。発達の遅れを指摘されてほっとするというのもなんだが、
今まで友人、知人に「この子たち、発達が遅れているのよ」と言っても、「えー、大丈夫よ、個人差があるっていうし、全然普通だって」と、とりあってもらえなかったのが何より辛かった。こんなに普通と違うのに、誰も気付かないの?
 でも、これでやっと私ひとりでこの子たちを背負わずにすむ。

 療育センターでの個別指導は、二人の保育士さんとうちの子ふたりとマンツーマンで遊ぶというものだった。最初は戸惑って、隙あらば脱走しようとしていた二人も、しばらくするとなれてくれたようだった。

 6月、センターの個別指導で先生が絵本を読んでくれるのだが、今までは絵本に見向きもしなかった二人が、ある日、それをおとなしく座りじっと見詰めていた。
 もしや、絵本に興味が出たのかな?
 早速1冊の絵本を買ってきてみた。松谷みよ子さんの「いいおかお」。
 ビンゴ!絵本は見事二人のつぼにはまっていたようだ。何度も「読んで!」と本を手渡してくる。同じ本を何十回と読まされる。これには辟易したが、子どもからのこうした意思表示は初めてで、それがとてもうれしかった。
 ほんの2ヶ月前までは、絵本を見ても表紙やページを破ったりかじったり(光太にいたっては食べたり)するばかりだったのに、今はこうして話を聞こうとしてくれている。
 思わぬ成長にびっくり。
 たちまち、我が家に絵本が増えていった。
(後日談:この絵本ブームは3ヶ月ぐらい続いただろうか。次第に「読んで」というより、自分でページをめくりたいと思うようになって、読み聞かせはまったく興味がなくなってしまった。それとともに、「読む絵本」から「見る絵本」に興味が移っていった)

 7月は悠太と光太の誕生月。もうすぐ2歳だ。が、この7月はつらいものだった。
 悠太の自閉傾向が顕著になっていった。表情もまた一段と乏しくなり、笑顔が消えかけていた。
 二人とも夏場で食欲はがた落ち。食事をほとんど口にしようとしない。朝と昼はまったく食べない、食べるのは夕食だけという日が続いた。
 この、食事をしないという状況は、離乳食期からの苦労ですでにトラウマとなっている。わりと食べるようになった今現在でも、食事の時間の前になると「今日は食べてくれるだろうか」と毎回不安で体は硬くなる。ちゃんと食べてくれた日はいい日、食べてくれない日は気分は最悪・地獄だ。
 駄目押しは二人して手足口病にかかったことだ。治るまでずいぶんかかった。熱は出ないのだがしんどいらしく、元気がない。口内炎も最後のほうはひどくなり、まる3日食事をいっさい受け付けなかった。
 こうして、7月26日、せっかくつくった二人の好物のクリームシチューも手をつけることなく、二人は2歳になった。



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