視覚優位

 自閉症の人は視覚優位と言われる。
 うちの子もそうなんだろうなあ、と思いながらもそんなに思い当たるふしはなし。
まあ、耳からの情報(私の言葉)なんてほとんど理解していない奴らなので、見せたほうがいいのだろうと思うのだが、たとえば、靴を見せて「外へ行くよ」と言っても知らんふり。これってどうなの?
 日々の生活の中では、視覚にたよって判断するというよりは、毎日ほぼ同じスケジュールの中、およその見通しで生活しているようだ。

 それでもやはり、視覚優位のようだ。

 悠太の車ブームは一時のことを思えば随分下火になった。ショッピングセンターの駐車場めぐりをするということはもうない。
 自動車図鑑を与えようものなら、1週間もたたないうちにぼろぼろになっていた。
そんなに好きなら、と3歳の誕生日に私の兄夫婦から同じ図鑑の改訂版をプレゼントしてもらったのだが、それには見向きもしない(お兄さん、ごめんなさい〜)。
 あんなに好きだったのになあ。
 
 それが、先日ふと思い出したように、ぼろぼろになって数ページ分しか残っていない自動車図鑑を手にして、じーっと見ている。
 その図鑑を手にお友達のKさん宅に遊びに行った。
 するとKさんが、「同じの、うちにもあるよー」と、Kさんのお子さんの自動車図鑑を出してくれた。
 はっ、これはまさしく同じもの!
 悠太は食らいつくように自動車図鑑のページをめくりはじめた。
 そんな悠太を見たKさん、「よかったらあげるよ〜」
 いいんですかー?
 太っ腹Kさん!確かにあの悠太の様子を見ると「あげるよ」としか言えないかも・・・
 親が感謝しつつも申し訳ない気持ちでいるそばで、悠太はしっかり新品の自動車図鑑を手にKさん宅を後にした。

 家に帰って、いただいた図鑑と、改訂版の図鑑を並べて置いてみた。しかし手に取るのは以前のお気に入りと同じ、いただいたもの。
 改訂版は確かに表紙の写真も違うし、中にある車の写真も違う。
 けど、私の目から見ると同じ自動車図鑑。同じ出版社のつくったもの、装丁も同じ。
「ほらほら、こっちも自動車いっぱいよ〜」と目の前で改訂版をちらつかせるのだが、やはり、手にとってもちらっと見る程度。
「これじゃないよ。ボクのはこっち」とでも言うようだ。
大好きだった自動車図鑑。大好きで、大好きで、ぼろぼろになって、いつの間にかなくなってしまっていた自動車図鑑が、またボクの手に戻ってきたのだ。
図鑑の隅々まで、しっかり見て、記憶していたのだろう。
そんな悠太に、改訂版はニセモノでしかなかったのかもしれない。
唯一無二のボクのお気に入り。

これじゃなきゃだめ!は悠太に限ったことではないよなあ、と自分の子供の頃を思う。
たぶん、4、5歳の頃だったのだろう、大好きな人形があった。今でいう「ぽぽちゃん」みたいなものかな?ピンクの服を着たその人形は、小さい頃の写真を見るとよく一緒に写っている。
大好きで、一番のお気に入り。
ある日、母がその人形を私に黙って捨ててしまった。
きっと汚れて、ぼろぼろで。母にしてみれば捨てたくなる代物だったのだろう。
私は怒り、泣き叫んだ。
後日、あまりの私の落胆ぶりに、父親が新しい人形を買ってきてくれた。
お気に入りのあの人形が帰ってきた!そう喜びいさんだ私は、次の瞬間奈落の底に落ちた。父の買ってきてくれた人形は、お気に入りだったあの子とは似ても似つかぬものだったのだ。
違う、これじゃない。
そう思いながらも、「私の喜ぶ顔を見るために、せっかく父が買ってきた」ということが分かっていた私は、喜ぶふりをした。おなかの中に苦いものを飲み込みながら。

その後人形はいくつか代替わりしたが、あの一番のお気に入りの人形に変わることはなかった。
だから、だからね。悠太の気持ちも分からんでもないんだけどね。大人になってしまった私は、ついつい思ってしまう。
(改訂版だって)同じ自動車図鑑じゃないかー!


一方、光太も微妙なところで視覚の人である。
数日前から、光太は自分の座るチャイルドシートを決めてしまった。
左右の感覚はまだ分かっていない光太、何が決め手になるか?
これがまた、微妙。チャイルドシートのベルトの留め金の裏側の生地の、むしり具合なのだ。

これまで、運転席側、助手席側、どちらに座ろうと気にしなかった。それが、数日前、いつものようにチャイルドシートに座らせたところ、ギャーッと声をあげ、のけぞるようにして座るのを嫌がったのだ。
????どうしたの?車に乗らないの?
訳が分からず反対側のシートに乗せてみると、すぐさま留め金の裏側を確認して、ほっとしたように体をシートに預けた。
もしかして、このむしったところで判断しているわけ?

反対側のシートの留め金の裏を見ると、同じようにむしった後がある。とっても似ている。私には違いが分からない。けど光太には一目瞭然の違い、「ボクの席」(ちなみに助手席側)の目印のようだ。

返す返すも、左右の感覚は分かっていない。それが証拠に、「あんた、こっち側は絶対乗らんやろ」と思うのに、運転席側のシートに抱っこポーズで「乗せて」。
「いや、あんた絶対乗らんて」そう思いつつも運転席側に乗せると、いそいそと留め金の裏を確認して、「ギャー!」・・・だから言ったでしょっ!
やれやれ、面倒くさいヤツ・・・

人の顔を覚えるのが自閉症児は苦手らしいが、光太はそうでもないらしい。
プールでいつも光太を抱っこしてくれる人は、明らかに顔を覚えている。「水泳キャップの色で判断しているのかな?」と思ったけど、さにあらず。違う日に違う色のキャップをかぶっていたおじさんに、しっかり顔を見て抱っこをおねだりしていたのを見てびっくりした。

光太がどこまで分かっているか、人を認識しているか。
私が思っている以上に、ちゃんと人の顔を見て、判断しているのかもしれない。
それは、きっと悠太も。

 視覚支援なんて、うちはまだまだ何もしていないけれど、そろそろ本格的に取り組む時期にきているようだ。




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