小さな電車の旅

 2週間前の週末のこと。
 買い物を済ませ、時間が余ってしまいました。
「何をしようかねえ」とつぶやく夫に、思いつきで、「電車に乗せてみようか」

 電車といえば、初めて4月に乗せたときは大パニックを起こした悠太。それ以来、乗せたことはありませんでした。
 あれから5ヶ月。
 音の比較的静かな新交通システム・アストラムラインには乗ることができたけれど、電車はどうだろう?
 ドキドキの再チャレンジです。

 我が家の近所のデパートに車をとめ、デパートから目と鼻の先、徒歩1分の小さなJRの駅まで手をつないで歩いていきます。
 わずかな距離とはいえ歩いていくなんて、これも5ヶ月前には考えられなかったこと(5ヶ月前はベビーカーごと乗り込みました)。
 最低料金140円分の切符で二駅先まで行き、そのままUターンして戻ってくるコースです。

 電車に乗り込むと、席が空いていません。このまま抱っこか?どうしよう、と思っていると、目の前にいた20代の女の子2人がすっと席を立ち、私たちに譲ってくれました。席を譲ってもらったのなんて初めてで感動!助かった〜!
 お年寄りや障害のある人に席を譲るのは当然ですが、小さな子どもを連れた移動も、実際こうやって初めてやってみて、実に大変なものだとわかりました。
 席を快く譲ってくれたお姉さん、ありがとう!

 さて、子どもたちの反応はというと。
 意外と平気だったのです。光太は時折不安げな表情を見せながらも、まわりをキョロキョロ。私のひざの上でリラックスしています。悠太も、お父さんの首にしっかり腕をからめて、ぴったりくっついていますが落ち着いています。
 とってもいい子で、電車二駅の往復の旅をあっさりクリアした2人。

キョロキョロ光太 お父さんの首に腕をからめる悠太

 これに気をよくした私、次の週の土曜日も電車に乗せることにしました。
 先週も同じコースをたどったことで、今からどこへ行き、何をするのかすっかり見通しが立っている様子。
 電車に乗り込んでも、2人とも時折笑顔さえ見られます。
 電車だよ。楽しいね。
 先週と同じように二駅先まで行き、そのまま反対側のホームから帰ります。このローカル線は単線のため、電車のすれ違いでほどなく帰りの電車が入ってきます。
 帰りも余裕の2人。降りる駅に到着。小さな電車の旅は終わろうとしていました。
 そこで光太が思いもよらぬ行動をとったのです。
 光太を抱っこして電車から降りようとしたところ、はしっ!と出口ドアのそばにある手すりを光太がつかんだのです。バーをぎゅっと握り締め、「降りないぞ!」それはもう、物凄い力です。
 「ちょっと光ちゃん、放して!降りるよっ!」ドアが閉まっちゃうー!思い切り焦る私。何とか光太の手をバーから引き剥がし、去って行く電車をお見送り。が、光太は去っていく電車を追いかけ、ホームの先まで走り出したのです。
 電車が見えなくなっても、まだ電車を追いかけようとホームから降りようとする光太。
 おいおい。そりゃあいかん、勘弁しておくれ。
 こうなると抱っこしかありません。抱っこしても何とか逃れようとします。改札口で切符を駅員さんに渡そうとしたところで、光太がひっくり返って泣き出してしまいました。
「まだ、電車に乗りたいらしいです」と私が苦笑交じりに言うと、駅員さんもニッコリ。
 駅から出ても涙、涙で、歩くのを嫌がる光太。私では手に負えず、夫にバトンタッチ。
うーん、そんなに電車が楽しかったのか・・・

 夫と話し合い、急遽、「小さな電車の旅・拡大版」を翌日の日曜日に行うことにしました。目的地は広島駅。今までの片道5分ほどの乗車と違い、片道約20分間の乗車です。
 さあ、本当に大丈夫なのか?
 もちろん、9割方大丈夫だろうという確信がありました。少し不安だったのは、まるっきりベビーカーなしだったということです。

 いざ、広島駅に向けて出発。
 電車はすっかり慣れたもの。2人ともおとなしくひざの上に座っています。光太はかなり眠たそう。目がとろ〜んとしています。悠太は私にべったり引っ付いていますが、ニコニコです。この表情、よかった、大丈夫!

 駅に着いてからも、階段もちゃんと自分で上りました。見たことのない光景に不安になると抱っこをせがみますが、しばらくすると落ち着いて歩き出してくれました。
 何をするでもなく、広いフロアで走り回って遊びます。
 悠太は、焼肉レストランの入り口にあったタイマツ(もちろん偽物)の、炎がメラメラしているのが気に入って、何度も何度も行ったり来たり。そんな悠太にウェイトレスさんが声をかけてくれるのですが、悠太は偽物の炎に夢中です。
 光太はちょっとお疲れ気味。お父さんに抱っこされています。

 新幹線も見に行きました。あまり興味はなさそうでしたが・・・
 ちょうど広島始発のこだまが停車していて、車内を探検。心地のいいシートに座り、みんなでしばしリラックス。
 いくつか新幹線をお見送りして、ホームを後にしました。

新幹線でくつろぐ光太・悠太

 喉もかわきました。お店の中に入るのも、この2人連れでははばかられる。そこで、ちょうどいいオープンカフェスタイルのお店を発見。大人ぶんのアイスコーヒーを買い、子どもたちには家から持ってきた温かいお湯でミルクを作ります。
 案外、いい子で座っている二人。
 は〜、なんとかお茶ができたねえ。
ほっとした矢先、光太がもじもじ動きだしました。そして、ミルクを飲みながら逃走!
 せめて、ミルクを飲む間だけでもじっとしていておくれー!
 あわててアイスコーヒーを飲み干し、光太の後を追うお父さん。
 するとミルクを飲み終わった悠太まで動き出し、逃走!私もあわててコップの乗ったトレーを返却して悠太を追いかけます。
やっぱりなあ。こんなもんだよ。ホットコーヒーにしなくて良かった・・・

帰りの電車まで適当に時間をつぶし、電車に乗り込みました。発車するまでしばらくありましたが、ぐずることはありません。不安な表情ももはやありません。
電車が走り出すと、疲れがどっと出たのか、とろ〜んとしてきた悠太。
光太は目がランラン、にこにこで車窓を眺めています。とっても楽しそう。
そうそう、そうこなくちゃ。君が「電車に乗る」というから、この広島駅までの旅を企画したんだからね。

それにしても、時間にして2時間半程度だったけれど、2人ともベビーカーなしで頑張りました!しっかり歩きました。
歩き方はへにょへにょで、突然走り出したり、座り込んだり、はいつくばったり寝そべったり(汗)。どうしても抱っこしなければいけない場面はあったけれど、それでもちゃんと、自分の足で歩きました。ベビーカーでどこかへ連れてこられ、またベビーカーで連れて帰られるのではなく、ちゃんと、自分の意思で、自分の足で。
自分の足で歩いた道のりは、しっかり二人の世界に根を張っていくことでしょう。
どうしてもへっぴり腰になり、座り込んでいた苦手だった階段を、手をつながれながら一歩ずつ頑張って上る悠太の姿が、とても頼もしいものに見えました。

明日は、小児科の診察です。
きっとまた、医師に言われるでしょう。「指差しは出ましたか?」
「まだです」。きっと、私は笑って答えるでしょう。指差しがとても重要な発達の鍵であることは知っています。けど、成長の証はそれだけじゃない。
 2人はたった5ヶ月前に不可能だったことを可能に変える力を持っているのです。
 楽しく電車の旅ができたこと。手を繋いで歩けるようになったこと。それは、指差しに負けない大きな成長のはずです。
 もうすぐ発達テストも受けますが、そういったソフト面の成長も評価してくれないかしら・・・




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