育てたように子は育つ


 親の育て方、親のポリシーは如実にその子どもに反映されます。
 私の親が口すっぱく言っていたこと、それは「他人に迷惑をかけてはいけません」。
 その結果、私は他人に甘えることが極端に下手、また迷惑をかけてしまうことに、必要以上に罪悪感を持つようになってしまいました。

 それは、夫に対してすら。
 今回、風邪をひいて熱を出し、夫に会社を休ませてしまったこと、その自分のふがいなさが許せないのです。
 もし私が熱を出さなかったら、夫に迷惑をかけることはなかったのに。
 熱を出したくらいで、情けない。夫に迷惑をかけることなく、夫に頼らなくてももう少し頑張れたのじゃないか?
 夫に迷惑をかけた自分は最低だ。

 その罪悪感はとどまるところを知りません。どんどんエスカレートして、こんな自分は居なくなったほうがましだ、死んだほうがましだ、と本気で思ってしまうのです。
 元気なときは大丈夫なのですが、体力がなくなる、抵抗力が落ちると、とたんにこうです。

 最近はそうでもないですが、日本人って「風邪ぐらいで(学校や会社を)休むなんて、とんでもない」という風潮がありますよね。
 私の親もそうで、風邪をひいた、熱を出した、といって心配して、休ませてくれたのはせいぜい小学校の頃まで。
 
 中学校の頃、冬場、こたつで寝ていました。なんだかだるくて、しんどくて、熱を計ると38度以上あって、母親に「熱が出た、しんどい」と訴えました。すると母は、「こたつで寝てるからでしょ!」とまったく取り合ってもらえず、それどころか怒られてしまいました。
 
 また、たとえ熱が出てしんどくても、「お兄ちゃんは、熱があっても、授業が遅れるからって学校を休んだことないけどねえ・・・」と学校を休もうとすると、あからさまに嫌な顔をされました。まるで、ズル休みのように。

 そのうち、どんなに喉が痛くても、鼻が詰まってしんどくてもフラフラでも、母親に訴えたところで無駄だ、と学校を「休みたい」と言えなくなりました。
すごく辛かったなあ。

 今から考えると、熱があっても学校へ行かせるなんて虐待だし、密閉された教室のなか、他人に風邪をうつす可能性は極めて高く、迷惑この上ないんですけどね。
 私の親だけじゃない、なんだったんでしょうねえ、あの頃の「しんどくても頑張ることが正しい」みたいな風潮は。
しんどかったら、休まなきゃ。


ともかく、「他人に迷惑をかけてはいけません」と育てられた私、成長するにつれて、「お互い様」という考え方があるのを知りますが、どうにも身につきません。
中にはいるのですよ。すごーく甘え上手、おねだり上手、世渡り上手で要領いい子なんだけど反面、こっちが困ったときは何の掛け値なしに助けてくれたり手伝ってくれたりする。

「困ったときは、助けを求めていいんだよ」というのを親から教えられていたらなあ、と思います。
  私の中では「誰かに助けを求める=その人に迷惑をかける」で、それは一番やってはいけないことなんです。

 実際は、どんなに気をつけていても、誰かに助けを求めることは私だってたびたびあります。けど、笑顔で「ありがとうございます、すみませ〜ん」と言っているその裏で、罪悪感にのたうちまわっていたりします。
 「そんなときは、お互い様。罪悪感なんて持たなくていいんだよ」と理屈として知っているだけに、それでもなお罪悪感を持ってしまう自分が、一層情けなくなったり・・・


他人の助けなしにはこの先一生暮らすことはできないだろう悠太・光太を育てていると、迷惑ってなんだろう?と思います。
どんなに気をつけていても、一歩家から外に出れば、その障害ゆえに周囲に迷惑をかけてしまうことってあります。迷惑をかけずに生きようとすると、悠太・光太を一生家に閉じ込めておかなければならない。けどそれはできないよね。

悠太・光太には、困ったとき、何かができないとき、他人に遠慮なく「助けて」と言える子になって欲しい。にこっと笑って、「やって」「お願い」って。その笑顔で多少のことなら許せちゃうような、愛嬌のある人になって欲しい。
 私に、そんな育て方ができるのかなあ?


我ながら、書いていること、暗いなあと思います。
体調を崩したせいもあるけれど、もう一つ原因があるような気がします。
もう一つの原因は、先日見たテレビ番組。
おととしに広島県内であった、母親による我が子二人の殺害事件(5歳と3歳の男の子で、二人ともに発達障害があった)をきっかけに、自閉症などの発達障害のある子どもの母親は、どんなふうに孤立し、一人で抱え込んでいってしまうのかを特集した、NHKで中国地方限定で放送された番組です。

今は悠太・光太のことで悩むことなんてあまりないし、楽しいことのほうが多いし、我が子の障害に絶望したのなんて遠い過去の話。
そう思って、番組を見始めたのですが・・・過去の話なんかじゃない。つい昨日の記憶だったのです。

前に進まなければいけないから、封印していた記憶が、テレビに出てくるお母さんの言葉とシンクロして、あの頃の記憶がどんどんよみがえって、苦しくなって・・・

夫も一緒にその番組を見ていました。
「私、何度も、悠ちゃん・光ちゃんをこれ以上育てられない、施設へ入れてくれって頼んだよね。それでも何もしてくれなかったよね」
「1週間でいいから、子守りを代わってくれ、私から子どもを離してくれ、って頼んだのに、何もしてくれなかったよね」
夫は、針のむしろだったでしょうねえ。

でも事実、一番しんどいときに、夫はボロボロの私に子どもの世話をさせてたんですから。
夫も精一杯のことはやっていたのかもしれません。会社が休みの日には。
でも、そういうことじゃないっていうことを、とうとう分かってはもらえませんでした。

「また、昔の話をねちねちと始めて・・・」と夫は思っているでしょう。
だから、それは昔の話じゃないのです。昨日のこと、なのです。たぶんそれは、何十年先でも、いつまでたっても。
蓋をあけたら、当時の暗闇にあっという間に吸い込まれてしまう、強烈な力で。
まだ、冷静に向き合う勇気はないなあ。
封印、封印。


そんな鬱々とした日々を過ごしていた、つい先日のこと。
友達から何の前触れもなく荷物が届きました。独身時代の職場の友達で、もう3、4年会っていません。お互い忙しい身、年賀状と、年に1、2度思い出したときにメールするくらい。けど、このHPは見てくれているらしいので、うちの状態は良く知ってくれている(らしい)。
荷物の中身は、ビデオテープ一本。なんだろう?

ビデオテープに入っていたのは、ちょっと前にテレビ東京系で放送された「みゅーじん」といういう番組。その番組に、私の大好きな宮沢和史さんが出ていたのです。
広島県はテレビ東京系って入らないのです。民放は4局のみ。けど、その友達が住むのは広島県と岡山県の県境近くなので、岡山の電波も入って、テレビ東京系も映るのですね。

「みゅーじん」に宮沢さんが出るのは知っていたけれど、広島では見られないし、関係ないわと諦めていました。
友達は、ふと私のことを思い出して、私が喜ぶだろうなあと思って、番組を録画して、そのビデオをわざわざ郵送してくれたのです。

うれしかったです。
番組が見れたのはもちろん、そのビデオを送ってくれた彼女の気持ちが。
ええもう、泣きました。
なんてタイミングなんだろう。

いや~なスパイラルに陥ると、「いかんなあ」と思っていても、なかなか自力では抜け出せないのですね。「私って結局独り〜」とずるずる。
そんなとき、どこかで、誰かが自分のことを思ってくれているって知る。
むくむくと勇気がわいてきて、大げさなようだけど、ああ、私って生きていてもいいんだなあ、って思えてきて・・・

いろんなこと、吹っ飛んじゃいました。
送ってもらったビデオで大好きな宮沢さん見て、音楽聴いて、復活!
日々に埋もれて忘れそうになっていた、音楽が好きという感覚も思い出しました。
自分をなすものはいろいろあるはずのに、「母親」のウェイトがあまりに重すぎて他の部分を忘れてしまう、そうなると精神的にバランスを崩してしまうのですねえ。

ということは、日々、子どものいない間にふらふら遊んでばかりいる私だけれど、それも私の精神衛生上必要なこと。うん!
でも、このシーズンのバーゲンでの散財はいささかいきすぎたかしら。おほほ。
いくらお金を使ったかは、夫にはナイショ!



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