悠太の笑顔と運動会


 5月24日に行われるはずだった運動会は、雨で27日に順延になりました。
 この運動会の2、3日前から、私は眠れぬ夜が続いていました。
 運動会が楽しみで、楽しみで・・・な〜んてことではなく、悠太のことで思い悩んでいたのです。

 この5月、悠太は3回熱を出しました。
 風邪をひいたわけではなく、どう考えても原因は疲れとストレス。
 この4月からまったく新しい環境に入って、疲れもストレスも当たり前かもしれません。けど、この悠太の状態はどうにかしてやらないといけない。

 疲れの最大の原因は、エネルギー不足。
 もともと、朝ごはんを受け付けない子です。朝、なにか口にしたとしても、たかがしれています。
 おなかがすいているのに、給食も悠太が食べられるものはありません。結局、1日で口にするのは、帰宅後のおやつと夕食だけ。それも、疲れが勝ってしまうと、食欲そのものが落ちてしまって、おやつも食べられない、夕食もお皿に一杯食べるのがやっとだったりします。

 そんな慢性的なエネルギー不足にあっても、悠太は頑張ってしまいます。行かなきゃいけない、やらなきゃいけない、と分かっているからです。頑張れるエネルギーなんてもうどこにもないのに。
 そして、挙句の果てに熱が出る。
 もう駄目。ボクは限界です。

 頑張るにはエネルギーがいる。
 どうにか、学校で悠太が食事をとれるようにしてやりたい。

 悠太は、白ごはんが食べられません。カレーやシチューなど、ごはんの上に液体がかかったものしか食べられません。パンもほとんど口にしません。
 今まで、K学園時代は、家からカレーやシチューなどを持たせて、温めたものをごはんにかけて食べさせてもらっていました。
 けど、学校ではそういった配慮はできないと言われて、あきらめていました。

 まあ、学校なんだから仕方がない。
 給食が食べられない自閉ちゃんは珍しくもなんともない、よくある話。
 おなかがすいたのなら、給食で出されたもの何でも、あきらめて食べなさい。食べないのは君の責任。
 ほら、頑張って行ってこい。生きて帰っておいで〜。
 そんなふうに私も諦め、そんなふうに送り出してきました。

 でも、やっぱりそんなの間違ってる!
 悠太にあんな顔、あんなしんどそうな、苦しそうな顔させちゃいけないんだ。
 悠太が給食を食べないのは、悠太のわがままなんかじゃない。生まれ持った障害に起因した味覚・食感の過敏さのせいで食べられないんだ。

 学校にはアレルギー除去食がある。きざみ食、流動食だってある。それは、病気や障害に配慮したもので、流動食しか食べられない子に普通食を「ほら、食べなさい」、それってまぎれもない虐待じゃないか。
 それなら、味覚・食感の過敏さを持つ悠太に、食べられないものを食べなさいっていうこと、それだって虐待だ。
なのに、どうして「偏食」とひとくくりにされて、さも子どもに責任があるように言われて、配慮してもらえないんだろう。
やっぱり、それっておかしい!

「食育」という観点から、給食でみんなが同じものを食べるのが大事なことは分かります。
もちろん、私だって悠太にみんなと同じものを食べて欲しい。カレーやハヤシライス以外にも、いろんなおいしいものがいっぱいあるよ、と気付いて欲しい。

でも、発達に偏りがある子どもには、「さあ食育です、バランスよく食べましょう、何でも残さず食べましょう」なんて真正面からせっついても、無理です。
味覚の幅を広げるには、まず遊び。遊びを通して、精神的・肉体的発達を促すことで、ひいては味覚も発達するのだそうです。

なのに、遊びに必要なエネルギーがないということは本末転倒もいいとこ。
まずは、給食を無理強いするのではなく、とにかく今、悠太の食べられるものを保証すること。それが、遠回りに見えて、一番の近道の悠太の「食育」なのです。

しかし・・・
アレルギーもないのにお弁当を持たせるなんて、前例がないことです。私の主張は通るんだろうか?
でも、私は間違っていない。
前例がない、それがどうだっていうんだ。親が諦めてどうする。親が子どもを守れないでどうする。
担任の先生に話して駄目なら、校長に直談判してやる。それでも駄目なら、もういい。学校は午前中だけ、給食前になったら早退させよう。そうでもしなければ、悠太はどんどん衰弱していってしまう。
 
 ちょうどよいタイミングで運動会。担任の先生に相談してみることにしました。


 さて、運動会当日。
 絶好の運動会日和、っていうか、暑いぞ・・・
 
 体調を崩していた悠太ですが、欠席、代休を含め4日間たっぷりお休みして、すっかり元気になりました。光太は相変わらず元気いっぱい。
 祖父母に声をかけると、遠方にもかかわらず、父方・母方両方のじじ・ばばが二つ返事で応援にかけつけてくれました。
 保護者席テントの最前列にレジャーシート広げて陣取り、夫はビデオカメラ、私はデジタル一眼レフ・望遠レンズ付きを三脚にセッティングして準備万端!

 そこへ、悠太が先生と手をつないで校舎からニコニコで出てきました。
 その笑顔を見て思いました。あー、悠太はやっぱり学校が嫌いじゃないんだな、と。じゃあ、この先、学校を嫌いにならないためにも、笑顔でいてもらうためにも、どうにかしてやらないといけない。

 光太も先生と手をつないで校舎から出てきました。
 光太は、ぶーな顔。かったるそうにぽてぽて歩いています。「なんだよー、この暑いのに、何させるんだよー」顔に書いてあります。
 まー、分かりやすい子だこと。

 開会式、音楽に合わせて入場です。
 待機していたテントからそのまままっすぐ校庭へ。悠太、先生と手をつないで、ちゃんと歩いています。
光太はすきあらばしゃがみこむ。そして、「先生、抱っこ〜」。まったくもう。
でも、先生も光太なりに頑張っていることは分かってくれているので(何が起こるかわからない、それでもその場所にいられるだけでも頑張ってるんです!)、「はいはい、抱っこね」と抱っこしてくれていました。

準備運動のラジオ体操。
2年生以上はちゃんと定番ラジオ体操をやっていたのですが、1年生は特別バージョン。あの音楽に合わせ、みんなで手をつないで輪になって回ったり、簡単な、楽しめる体操になっていました。いい感じ。

開会式終わって、最初のプログラムは小学部のかけっこ。いきなりメイン競技です!
1年1組の悠太は一番に走ります。
よーい、ドン!でうひょうひょで走り出した悠太、と思ったら5、6歩で止まる(笑)。先生に軽く背中を押されると、再びぽてぽて走り出し、止まり、背中を押され、走り、そしてゴール!
ちゃ〜んとまっすぐ走れました!
ゴールした後は、待機用の長いすに座るのですが、その長いすに向かってニコニコで走る、その足の速いこと(笑)。こんなふうにコースも走ってくれたらねえ・・・

1年2組の光太。
よーい、ドン!で、とりあえず歩く。歩く、歩く、歩く・・・ぽてぽて、のんびり歩いてゴール(笑)。おーい、かけっこだってばよ。
でも、脱走もせず、まっすぐゴールできました。上等、上等!
そしてゴールするやすかさず、「せんせ〜」と担任の先生に救いを求める光太。先生は忙しいから後でね。他の先生に長いすに誘導されると、「ここに座ればいいんだね」と納得。他のお友達が走り終わるまでちゃんと待つことができました。

かけっこのゴール後、元気に走り出す悠太、光太。


中学部は徒競走ではなくチーム対抗リレーだったのですが、これが見ごたえ抜群!
もう中学部にもなると、ちゃんとトラックを走ることができるのですね。で、足の速い子は速い!びっくりしました。

中学部、高等部の競技を小学部のちびっこは観戦。
実際テントの中ではだるだるだったのでしょうが、それでもちゃんとおとなしくテントの中にいるのですね。すご〜い。
この日は本当に暑かったので、先生がずっと子どもたちをうちわであおいでくれていました。

午前の部最後に、再び小学部の出番。
1年生だけ特別に保護者も参加で、パラバルーン(大きな布です)を持って踊りました。

お弁当は教室に戻って、親子で食べました。
光太はハンバーグと玉子焼き弁当。悠太はカレーライス弁当(先生が電子レンジで温めてきてくれました)。
おなかがすいていた二人、よく食べてくれました。
悠太もにっこり。満たされて幸せいっぱい、隣に座る母にチュ〜っ。食べられるってうれしいね。

 お弁当を食べ終わり、担任の先生に「お弁当」持参のことを切りだしてみました。
 すると、「僕も頼んでみたんだけど、やっぱり難しいって言われて・・・でも、もう一度頼んでみます」というお返事でした。
 何が難しいんじゃー!?と思ったけれど、そこは大人。よろしくお願いします、と引き下がりました。

 午後の部が始まる前、小学部・中学部合同チーム対高等部保護者チーム対抗の玉入れ競争がありました。
 自由参加、となればやらなきゃ損、楽しまなきゃ損!ということで、夫とともに参加してきました。
 けど・・・この玉入れ、子供用じゃないから難しい!玉は小さい、飛ばない。玉を入れるかごは小さい、遠い。
 結局夫も私も、一つもかごにはいらないまま・・・戦力にならず(夫は結構ショックをうけていました・笑)。
 それでも、小学部・中学部合同チームが勝ちました〜。

 中学部はフラフープを使った演技をしました。
 音楽に合わせて、簡単な動きながら、みんな同じ動きをしていてびっくり!
 こんな集団演技ができるようになるんですねえ。それに、組体操なんかもしちゃうのだから、拍手喝采です。

 高等部のチーム対抗リレーもすごかった!
 耳栓してたり、イヤーマフつけて走っていたり、ぽてぽて走る子ももちろん、でも、足の速い子も相当いて、それはもう、普通の高校生のリレーとなんらひけをとることはありませんでした。応援するほうも大興奮!
 悠太も、走者が目の前を通るたびに、目で追っていました。
 君も何年後か、あんなふうに走るんだよ!

 最後は、小学部から高等部まで児童・生徒、先生、保護者、みんなで輪になってダンス。
 もう悠太も光太も、このときにはバテバテだったのですが、頑張りました。悠太はしょんぼりうつむいて、光太は先生に手をとって踊らされて、それがおもしろくてニッコリ。

ダンス中、ニッコリ光太としょんぼり悠太。


 閉会式までちゃんと参加して、百点満点!楽しかった〜!
 じじ・ばばたちも、悠太・光太の頑張りを間近で見ることができて、とても喜んでくれました。
 私も、「悠ちゃん、光ちゃん、すごいでしょ、えらいでしょ!」と鼻高々でした。

 その夜。
 子どもは寝る時間。私は悠太の「お弁当持参申請」の文書をちゃんと作成しようと、ノートパソコンを持って二階に上がろうとしたまさにそのとき、電話が鳴りました。
 こんな時間(まだ8時前ですが、我が家では十分夜中)に誰だろう?と思って受話器を上げると、悠太の担任の先生。なんと、お弁当持参の許可が下りたとのこと!
 思わずガッツポーズ!
 ただし、ランチルームへのお弁当持込はできなくて、給食時間が終わった後、教室に戻って食べるようになるけれど、それでもいいですか?と聞かれて、もう、もちろんいいです、いいです!

やったー!
これで悠太にひもじい思いをさせなくてすむ。
「生きて帰ってこい」なんて、うそ。ずっと辛かった。しんどそうな悠太の前で笑っているのが辛かった。でも、私が笑っていないと悠太はもっと辛くなるから、笑って「お帰り」って言わなきゃ、って。
でも毎日、泥のようなぐったりした顔でバスから降りてくる悠太を見て、ずっと辛かった。
これで、安心して送り出せる。涙が出ました。
うれしくて、うれしくて、その晩はまた眠れなかったのでした。


翌日から早速「お弁当」持参です。ごはんと、別容器にカレーやシチューなどを入れて、食べる前に先生に電子レンジで温めてもらいます。先生には余計な手間をかけさせてしまいますが、これはもう、すみませんがよろしくお願いします、と。
悠太、お弁当完食して帰ってきました。
帰宅後の体力も全然違います。

そして、お弁当を持たせて2日目。
とうとう、入学後初めて、バスから満面の笑顔で降りてきました。
あー、ずっとこの顔が見たかったんだぁ。
子どもが「ただいまー!」って笑顔で帰ってくる。当たり前に見えるそれが、親にとってどんなにうれしいことか。

お昼に食べられるようになって、落ちていた食欲も戻ってきました。お昼を食べられなかったときより、食べて帰ってきたほうがおやつも夕食も進むんです。
きちんと3食(朝ごはんをほとんどとらない悠太は2食に近いけど)食べることって、ほんとに大事なんだなあ。
よし悠太、これからどんどん食べて、元気を取り戻そうね。光太に負けるな!

ほんの少しの配慮で、一人の子どもがこんなに元気になれる。
別人のように元気になった悠太を見ていると、入学してから今まで、どれだけしんどい思いを押し付けてきたことか・・・。申し訳なさでいっぱい、そして自分に対するふがいなさでいっぱいです。

しっかり食べて、これからは学校生活も充実したものになるはず。
悠太は学校で、新しいお仕事を始めました。
何本か鉛筆を鉛筆けずりで削って、キャップをさし、それをトレーに載せて保健室まで運び、保健室の先生に「どうぞ」します。
その一連の作業、とっても上手にできるそうです。見てみたいなあ。


光太は相変わらずよく食べ、さらに、さらにムチムチに。手の甲までお肉がついています。いまだに、ぽっちゃり光太って見慣れない・・・
もう、大人顔負けに食べますからねえ。大人以上かも。とりあえず、私よりたくさん食べています。
ラーメンもぺろり大人1人前。この間なんて、さばの味噌煮を半身、それこそ最後の最後までなめるように食べてくれました。ごはんのおかわり3杯は当たり前だし・・・
君はどこまで食べるのか?心配になるほどです。

まー、贅沢な心配ですけどね。
2、3歳の頃は、食べない、食べない、どうしてこの子たちは食べないのだろうか、と。生命力が弱いんじゃないかと、悩んでいたものです。
光太にいたっては、こんな食い意地の張った子になろうとは、想像もつきませんでした。

卒園前から、微妙な、「これは指差しか?」という仕草が出てきていた光太、今やしっかり指差しして意思表示します。その意思表示とは、テーブルで向かい合った悠太のお皿の上のおかずを懸命に指差し、「あれ、くれー!」と(笑)。
はいはい。
プリンのスプーンといい、君のモチベーションの全ては食べることにあるんだね。

ちっちゃくて、細くてかわいい「子リスちゃん」だった光太。夫もいまや、裸で走り回る光太にうっと目をそむけ、「大味・・・」大味ってなんだ、大味って(笑)。

どんどん幼児のしっぽがなくなっていく二人。
頼もしくもあり、寂しくもあり・・・


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