夫の目覚め


 夫が、夕食の後片付けをしながらぽつりとつぶやいた。
 「お父さんに必要なのは、野心じゃないかと思う」
 ほう、野心ですか。
 今頃気がついたかい。
 「うーん。野心があってもいいのかな、って」
 あながち冗談でもなさそうな夫の表情に、爆笑の私。
 夫が野心。野心家の夫。似合わねーっ!

 どんなに普通に見える人、普通に家庭生活を送っている人でも、心の内にはある程度の野心や、どろどろとした欲望を抱えているものだと思う。
 10代、20代にはそれこそ、自分の内なる野心をもてあまし、もがき、苦しみ、そうやって自分をつくっていく。30代ともなれば、野心を抱えつつも、その野心との折り合いを見つけて、上手に付き合っていけるようになる。

 夫を良く知る人なら分かると思うけれど、彼は、野心という言葉とは無縁の人。
 そんな人がいるのか?
 いるんだなあ、ここに。
 私も長い間、夫の人となりを信じることができなかった。
野心を持たずして、どうやって生きていけるんだろう、と。

 野心は、求心力でもあるんじゃないかなあ。どろどろだったり、ギラギラだったり、醜かったりするけれど、その人の生きざま、個性をかたち作るもの。その野心に惹かれることもある。
 夫の性格の良さ、優しさは天下一品なんだけど、もし彼に10代、20代の頃から野心が備わっていたら、さぞかし女の子にもてていただろうなあ。

 無味乾燥、たとえて言うなら、鳥取砂丘の砂のよう。
 淡白で、感情の起伏は乏しく、低温。アツく語ることもない、執着心もない。ただ、ニコニコとその場にいる。
焦燥感もなく、自分の手のひらの中にあるものだけで100パーセント満足できる。 
そんな男、同年代の女の子にはさぞかしつまらなかったことだろう(←ヒドイ)。

 野心を持つことに目覚めた夫。
 さあて、ちょっとは変わるのかな?
 その目覚めに本人もかなり動揺していて、「考えごとしてたら、眠れなかったー」なんて言っていますが(笑)。
 
 その野心のなさが、何よりおもしろい、何にも換えがたい夫の個性なんですけどねえ。
 夫が野心なんて持ったら、そこらへんの普通の男になっちゃうじゃない。
 なーんて言ったら、夫の目覚めを挫くことになっちゃうかしら。


 さて、10月後半の悠太・光太です。
 二人とも、親子クラス遠足がありました。
 まずは悠太。
 クラス遠足も3度目。3度目に行く公園とあって、悠太も慣れたもの。駐車場から遊具のある場所までの道のりも、終始ご機嫌で自分で歩いてくれました。
 でも・・・公園でやることは一緒なんだよねえ。
 もくもくと砂遊び。
 一応、遊具に興味を持って、つらっとは遊具に上がってみたりはしたんですが・・・やっぱり砂遊び。
 長〜いローラースライダーがあって、前回までは何度も母と一緒に滑って遊んでくれたのですが・・・
 今回は、滑り台入り口まで頑張って上ってみたものの、いざ滑ろうというときになって、がしっとホールド。「いやっ!こわいっ!」と断固拒否。
 えー、ここまで来たのに〜。
 今まで頑張って上がってきた道を嬉々として逆走する悠太。
 ちっ。
 まあね、「こわい」と感じることも成長ですから。
 
 結局また砂遊び。「あー、腹減った」とおやつを食べておしまい。
 まあ、彼なりに、楽しかったんだろうな。うん。

 二日後に光太のクラス。
 悠太が行ったのと同じ公園、けど光太が行くのは初めてでした。
 初めての場所が苦手な光太。吉と出るか、凶と出るかドキドキだったのですが・・・

 意外にも、着いた早々からノリノリ!
 いろんなもののある大型遊具、大好きだもんね。
 アクティブに遊具を渡り歩く光太。えっ、こんなこともできちゃうの?これも行っちゃう?お母さん、こわいよぉ。
 もー、悠太とは全然遊び方が違います。

 そして、はまっちゃいました。
 悠太が「こわい」と拒否したローラースライダー。
 光太も以前は怖がっていたはずです。
 他の子どもたちが楽しそうにすべるのを、うらやましそうに見ていた光太。
 「やってみる?」と尋ねると、にっこり。
 滑ってみると、相当楽しかったらしく・・・何度一緒に滑らされたことか。ヘトヘトです。

 しかし、どんなに楽しいことも、空腹には勝てません。
 お昼ごはんは園に戻ってから給食だったので、あっさり「おしまいっ。ボクはもう帰ります」と一人で駐車場までトコトコ歩いていく光太なのでした。
 いや、まだだってば。
 
 えらいのは、一人で行ってもちゃんと後ろを(母の姿を)気にすること。
目の届かないほど遠くへは行きません。「光ちゃん!」と呼べば振り向くし、「お母さん、ついてきてる?」と振り向き、振り向きの一人歩きです。

母との距離がすごーく離れてしまいました。
光太も呼べば立ち止まってくれるけど、母のもとへ戻ってくる気配はありません。
とにかく、帰りたいんだもんね。
うーん、どうしたものか。

そこで、しゃがんで両手を広げて「こーうちゃーんっ!」と呼んでみました。
その母の姿を見るや、単純な光太、うきゅっ!と跳びはねて、猛ダッシュ、母の胸めがけてニコニコで飛び込んできました。
はい、光太捕獲。母の勝ち。
集合時間はまだだからね。もうちょっと頑張ろう。
光太もまだまだよのう。ほほほほほ。


お外遊びに最適なおだやかな日が続いた10月後半。
悠太は、最近お出かけをおねだりするのに、洋服を指定します。
9月の終わりに備北丘陵公園に行ったのがよほど楽しかったらしく、そのとき着ていたシャツを週末のたびに引き出しから引っ張り出し、「これ着て行こうよ〜」とニッコリ。

普段はほとんどTシャツで過ごす二人、襟がついていてボタンをとめるシャツは苦手です。首もとがごわごわするし、ボタンをとめる間も「なにするのー」と緊張しちゃう。
でも、いったんその服が楽しい記憶と結びついたら、とたんにお気に入りになっちゃうのですねえ。
これを着たら、どこか遠くの楽しい場所に連れて行ってもらえる、と。

悠太が期待いっぱいでそのシャツを出してくると、親はプレッシャーです。
ああ、悠ちゃんが遠出したがっている。今日はどこへ連れて行こう。近くの公園じゃだめだよなあ。

そんな悠太の期待にこたえるべく、週末はあっちへ行ったりこっちへ行ったり。
ヒットだったのは、県北の三次市にある県立みよし公園。
大きなふわふわドームと、長いローラースライダーがあります。
悠太はふわふわドームに大喜び!きゃいきゃい言いながら、ふわふわドームの上でジャンプしたり、走りまわったり。楽しそう〜。

ふわふわドームで遊ぶ悠太。

光太は、クラス遠足ではまったローラースライダーにやる気まんまん!
動きの早い光太を担当するのはだいたい夫。この日も夫が光太に付き合ってローラースライダーを一緒に滑っていました。
光太、滑るのは楽しいんだけど、ごろごろローラーに体が触れるのはイヤ。靴を履いた足先すら触れるのはイヤなようで、お父さんのおヒザに座ります。
必然的に、光太の重みが余計に夫のお尻に負担がかかり・・・

ローラースライダー、楽しいんだけど、あれ、結構摩擦がひどいんですよね。何度も滑るとお尻が熱いわ、痛いわで。
「ううう、お尻が痛い」と夫も半泣き。それでも、ニコニコの光太に「もう1回」とせがまれては、やめることはできません。光太自身は楽しいばかりで、痛くも痒くもありませんから〜。
途中からダンボールを敷いて滑ったら、随分ましだったそうですが、それでも何度滑らされたことか。10回以上?
お父さん、お疲れ様。

ローラースライダーまで登っていく光太。着いて行くのも大変。

帰宅後も、お尻が痛い、痛いと言っていた夫。洗面所から叫び声が。
「ふえ〜ん。お尻の皮がむけてるー!!」
尾てい骨の周辺の皮が2センチ四方、むけてしまいました。
これも、楽しかった一日の名誉の勲章ってことで。
お風呂に入ると、飛び上がるくらい痛かったそうです(笑)。


10月最後の土曜日は、島根県浜田市にある水族館「アクアス」に行ってきました。
アクアスに行くのは2年ぶり。悠太・光太はどんな反応をするのかな?
2年前は、大きな水槽を見るたび、「ボクもお水に入るーっ!」ってギャーッとなって、大変だったっけ。

アクアスに到着。
「今日は何?楽しいところ?」と着いた早々ノリノリの悠太。ちょっと緊張気味でお父さんにおんぶの光太。
そして、今まで知らなかった。アクアス、障害者割引有りです!手帳保持者本人(障害の程度が関係するかもしれないけれど)は半額、同行の介助者は、障害者一人につき一人が無料!
悠太・光太は幼児でまだ入場料がかからないのでもちろん無料、そして介助の私たちも無料。一家4人でまったくの無料。ブラボー!

障害児二人もかかえてしんどいことばかりだけれど、こういう障害者割引がある施設に行くと、「(障害児が)二人いてくれてラッキー」と思ってしまう、単純な私です。
でもまあ、こんなことでもないとね。
いろいろと金銭的に優遇されていて申し訳ないという気持ちもあるのですが、しんどい子育てを頑張っているご褒美だと思って、ありがたく利用させてもらっています。

さて、館内へ。
二人とも、反応良好!大きな水槽の中を泳ぐ魚の群れにうっとり。
やっぱり、2年経つと見方も違うなあ。と思っていたら・・・
出た。光太が「ボクをお水に入れてください!」(笑)
自らお前は魚の餌になるつもりか!?
「ほら、お父さん、ボクを抱っこして。お水に入るの」
って、あんた、もう10月だってば。夏だからって水族館の水槽には入れないけれど。
しばらく「お水に入れて」とねばっていたけれど、2年前ほど「ギャーッ」とはならず、しぶしぶあきらめてくれました。

水槽を見つめる光太。ボクも入りたい。

アクアスの一番人気は白イルカのショーです。
悠太・光太は見てくれるかな?と思ったけれど・・・無理でした。残念。
頑張って席とりもしてみたけれど、人も多くてザワザワしているし、その場にいることすらしんどかったみたいで、早々にあきらめました。

他のお客さんが白イルカに集中している間、悠太・光太は白イルカのプールのそばにある、人気のないアシカ・アザラシプールでニコニコ。
ここだけは建物つづきの外の空間になっていて、外の空気にもほっとするみたい。
アザラシの動きをじっと見たり、下から水面をうっとりと覗き込んだり。

アザラシの泳ぎを見つめる悠太。 アザラシさん、こんにちは。

二人がのんびりしてくれていたので、夫と交代で白イルカのショーもちょっとだけ覗くことができました。
3頭のイルカがトレーナーさんの指揮に合わせて「きゅっきゅっきゅっ♪」と歌ったり、輪くぐりしたり。
一番の出し物は、3頭同時で出す「幸せのバブルリング」。
テレビでは何度も見たことがあるけれど、生で見ることができました。拍手喝采!

 アシカ・アザラシプールから移動。
水中の生き物にじかに触ることができる「タッチプール」では当然のごとく、ずぼっと腕を水につっこみ、頭を水につっこみ、周りの人をドン引きさせ・・・(笑)
お土産屋さんでは、買い物をする母の背中からどうにかして逃げ出そうとする光太。それを必死の形相で阻止しつつ、買い物を全うしました。
だって、アクアスのお土産屋さんって、お水関連施設だけあって、悠太・光太の好きそうなグッズがいろいろあるんだもの。ここで買っておかなければ。

しっかり水族館を堪能した後は、そばにある大型遊具のある公園へ。
「うっきゃーっ!」と二人とも大喜び。
そして、そこには長ーいローラースライダーが・・・
光太、目の色を変えてダッシュ!お父さん、今日も頑張れ!

ニコニコでダッシュする悠太。 行き先は楽しそうな大型遊具。
光太はやっぱりローラースライダー。日本海が見えます。 この笑顔!

水族館と外遊び、フルコースで満喫しました。
2年前より、格段と、悠太・光太の背中を追いかける時間が減っています。歩調を合わせてくれることが増えて、随分と余裕を持って楽しめるようになりました。
おやつタイムなんて、ちょっとフラフラどこかへ行っても、必ずおやつのあるテーブルに戻ってくるもんね(笑)。
目を離すことは今でも絶対にないけれど、あわてて追いかけなくてもすむ。
それがすごーくラクです。

それにしても、子どもが楽しそうにしてくれるだけで、その笑顔を見ているだけで、なんで親までこんなに楽しい気分になるんだろう?
悠太・光太の笑顔いっぱいの、本当に楽しい10月でした。


もう一つおまけのエピソード。
あんなこと、こんなこともできるようになった光太ですが、最近はシール貼りができるようになりました。
台紙からシールをはがすことはまだできないのですが、先生に手の甲に張ってもらったシールを上手にはがして、机の上の紙にシールをぺたん!

指先が器用でない光太、今まで、なかなか粘着面を下にすることができませんでした。どうしても粘着面が上になったり、頑張っているうちにシールがぐちゃぐちゃになってしまって、「ボク、これできない!」とあきらめてしまったり。
それが、今は上手にはることができます。

シール貼りを「楽しいこと」とはまだ感じていないようですが、「ほら、光ちゃんやってごらん」と促される、期待されることに懸命に応えようとしてくれます。
本当は他のことがしたいのに、「はい、光ちゃん!」「はい、光ちゃん!」と次々にシールを渡されて、「ええっ?まだ?」と思いながらも、頑張る光太。
その不満げな顔も、またかわいくて笑ってしまいます。

もう一つびっくりだったのが積み木。
うちにも積み木はあるし、たまに出してみて一緒に遊ぶのですが、悠太も光太も積み木を積むことには興味がありません。私が積んだのを見たり、積み上げた積み木を崩すのは好きなのですが・・・

どんなに「やってみてよ」と促しても、興味のないことは絶対にやらない二人。
「積み木を3個積める」というのが、1歳半検診の一つの項目なのですが、積めるも何も、「積む」という意識すらないのだから、3個積めるのかどうか今まで分かりませんでした。

先日の個別療育の時間、たまたま、今までやったことのない積み木を先生が取り出しました。
「はい、光ちゃん」と積み木を渡された光太。
「なに?これをやればいいの?」と積み木を手に取り・・・どんどん、どんどん積み上げていく光太。
自分の手元をよーく見て(この、「見ること」ができなかった)、積み木の置く場所をちゃんと微調整しながら、とっても上手に。
とうとう、積み木のタワー完成!


もう、ミラクル。
ミラクルとしか言いようのない目の前の光景に、ただただびっくり。
光太、1歳半検診の一項目、軽ーくクリアじゃないの!

本当に、ぶきっちょさんなんですよ。
それがこんなことできちゃうなんて。
光太も悠太も、できることは限られるけれど(たぶん、この先も積み木のお城なんて作れない)何もできないわけじゃない。
それで十分!
すごいぞ、光太!

光太はいいんだけど・・・悠太はいつまでその才能(?)を隠すつもりかしら(笑)。



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