二人のいない夜


遠足以降、好調な時期が続いた光太。好調というより、もはや躁状態?早朝も早朝、朝の3時頃から2階へ上がって、どすんどすんとトランポリンしたり、寝ているお父さんの上に乗っかって、「あっあ〜、うっう〜」と鼻歌まじりにずーっとおしゃべりしたり。とにかく1日中ゲラゲラ笑っています。

調子のいいときほど、反抗的というか、だるだるのいいかげんになるのはどうしたことか。
低空飛行のとき、あれほど「お着替えします」「園に行きます」「歯磨きします」「早く寝ましょう」と自分からさっさと動いていたのに、ちょっと浮上すると、「お着替えいや〜」「行かな〜い。おうちで遊ぶもーん」「歯磨きー?なに、それー。ボク知らな〜い」「まだ眠くないもーん」と。
この、クソがきゃーっ。

光太が元気になったのはいいけれど、なに、これ。きれいに掃除した部屋は、一瞬にして竜巻が通り過ぎた後のよう。悠太・光太二人して、ところかまわずおしっこ・うんちをぶちまけて。ご飯を食べた後のテーブルの上、下は燦々たる有様。
これ、片付けるのは私かい。そりゃ、私しかいないんだけど。
悠太と光太ときたら、「後はよろしく〜」とばかりに、二人で結託して、キャッキャッと2階へ行ってしまう。おまえらーっ。

お茶を出せば、口に含んでピューっ。やめんかーっ。
片付かない部屋にイライラは募るばかり。
そこへ、お茶がなみなみと入ったコップを片手に、2階へ上がろうとする光太。ああ、だめっ。絶対、2階でお茶ひっくり返すやん。
思わず、「こら、光太!お茶はテーブルの上!」と怒鳴る。すると光太、ゲラゲラ笑いながら(こういうときは、私の怒鳴り声もおかしくてたまらないらしい)、お茶の入ったコップをぽいっ!

放物線を描くコップ。ばっしゃーん。床に飛び散るお茶。
「あああああああああああっ!」
光太は、「逃げろ〜っ」とばかりに、ゲラゲラ笑って2階へ逃走。カーッと頭に血が上る。瞬間沸点到達。
逃げる光太を「こらーっ!」とすごい勢いで追いかけ、部屋の隅へ追い詰める。まだヘラヘラ笑っている光太のほっぺたを、思い切りパシーン!ビンタ一発。
さすがに、はっとした表情で、ぶたれたほっぺたを押さえる光太。その光太を一人真っ暗な部屋に残し、ばたんとドアを閉めて私は階下へ。

あー、やっちゃった。頭やお尻をひっぱたくことはあるけれど、ビンタは初めてじゃないかしら。
しかし、泣きもしない光太。真っ暗な部屋に置き去りにしたって、光太、真っ暗平気だし、普通にドア開けて下りてくるし。意味ないじゃん。ちっ。
夜は夜で、いつもと同じように添い寝でぺったり引っ付いてくるし。
ちっとは、怒られたこと気にしろよー。なんで怒られたのかも、分かっていないんだろうけれど。
ああ、疲れる。


そんなこんなで、とりあえず光太も体調のいい状態で迎えられた、1泊2日の年長児さんのキャンプ。
もちろん、親元から離れて一泊するなんて初めてのこと。私たちも、子どもとまる1日以上離れるのは初めてです。
さすがに、私もちょっとしんみりしちゃうかなあと思っていたのですが・・・

それどころじゃないんですね。荷造りがもう、大変なのですよ。どれだけ汚すか、どれだけ着替えがいるか、予測がつかない。もし光太がトイレを全部失敗したら、どれだけ着替えがいるんだろうとか、天気はどうなのか、暑いのか、寒いのか、Tシャツは半袖と長袖どれくらい用意すればいいのか、とか、肌着は袖のあるものがいいか、ランニングがいいかとか・・・
もう、頭の中パニックです。それが二人分。また、どうでもいいことに「おそろい」にこだわったりなんかして。
荷造りが間に合った達成感と、安堵でいっぱい。当日の朝は朝で、お弁当づくりにバタバタ。とても束の間の別れを惜しむ気力は残っていませんでした。

一方、ドキドキだったのは夫。この日は夫も会社を休んでお見送りです。
「悠ちゃん、光ちゃん、大丈夫かねえ。大丈夫かねえ」と一人そわそわ。大丈夫だってば。(ちなみに、ずる休みではなく、GWに1日休日出勤をした代休をあてました。最後まで休むかどうか迷っていましたが・・・)

悠太は絶好調。光太は、さすがに「いつもと違う」雰囲気を察して顔が引きつっていましたが、今まで乗ったことのないバスにもすんなり乗車して、あっさり出発してしまいました。
子どもたち、1日目の予定はお弁当食べて、温水プール遊び。夜には花火もするそうです。さて、楽しんでくれるかな?
まあ、帰ってきたら光太は、間違いなくグズグズのしかめっ面に逆戻りだろうけれど・・・


子どもの手が離れたらこっちのもの。フリータイムを楽しまなきゃ損でしょう!
ということで、まずは近場の温泉へ。のんびりお湯につかって、サウナも楽しんで。あー、極楽、極楽。
でも、ちょっぴり寂しい。きっと悠太と一緒だったら、お風呂ももっと楽しいだろうなあ、と。大きなお風呂に大喜びする悠太のニコニコ笑顔があったらなあ。
いや、待て。素っ裸のまま脱衣場から逃走される心配もないんだぞ。やっぱり、一人がいいや。
お風呂から上がった後は、15分200円のマッサージチェアに座ります。最近のマッサージチェアはすごい!あまりの気持ちよさによだれが出そう・・・
締めはビン入りのバナナ牛乳。完璧〜!

夕方が近づき、空は怪しい雲行きに。天気予報は雨。しかし、この後はカープ対ヤクルト戦のナイターを観戦する予定です。球場で観戦なんて、悠太・光太連れでは絶対できないこと。またとないチャンスなのです。
雨具やタオルをしっかり準備して、球場へ向かって出発。でも、その道すがら小雨がぱらぱら、そして雨脚はどんどん強くなり、球場へ着いた頃には本格的な雨に・・・

球場前はすでに黒山の人だかり。さすが本拠地での試合。カープファンは健在です。カープのキャップをかぶった少年たちもたくさん、お弁当・水筒持参で来た家族連れ、修学旅行生・・・老若男女問わず、試合前から盛り上がっています。
けど、雨。この雨。
6時からの試合開始が、とりあえず6時50分に延びたとのアナウンスに、私と夫は、「さ〜て、どうしよう」。明らかにやむ気配のない雨に、まずは食事をすることに。ごはんを食べた後、もう一度球場へ行ってみることにしました。

さて、夕食。この日絶対行きたかったのが居酒屋さん!
今まで、夫とは小洒落たレストランでコース料理を食べることはあっても、二人きりで居酒屋さんに入ったことがなかったのです。結婚前も、ラーメン屋やうどん屋ばかりだったし(貧乏〜)。
夫と居酒屋さんでゆっくりお酒を飲みながら食事するのが、ささやかな夢だったのです。

行き当たりばったりで入った居酒屋さん。ジョッキで飲むビールのおいしかったことといったら!くーっ、最高〜!
この日選んだメニューは、お刺身の盛り合わせ、小いわしのてんぷら、しその葉餃子、豆腐とジャコのサラダ、イカのバター炒め、とろろの鉄板焼き。どれも絶品!
注文すれば、さっと出てくる料理の数々。なんて贅沢なの。料理から解放された幸せをかみしめる私。
家では後片付け担当の夫、たくさん並んだお皿を見て、「これを、後片付けしなくていいなんて・・・」としみじみ。

結局、野球は試合中止になり、そのまま家へ帰りました。
家へ帰った後は、コーヒーを入れてほっと一息。こんな、食後にコーヒーをゆっくり飲むなんて、普段8時消灯の我が家では考えられないこと。贅沢な時間です。
そして、ゆったりとつかる一人きりのお風呂。私は週末には一人でお風呂に入れますが、夫は一人でお風呂に入ったことなんてありません。必ず子どもと一緒。
そして、一人でのびのび横になれるお布団に、夫は感動しきり。いつもは右から、左から子どもがギューギューだもんなあ。

夜中、子どもに起こされる心配もなく、熟睡できて翌朝は目覚めもすっきり。
前日に買っておいた、おいしいパン屋さんのパンでゆったりと朝食。ミルクフランスのミルククリームだけほじくり去っていく光太もいません。ちゃんと、クリームの入ったミルクフランスを食べられるなんて・・・感動だー!

朝食後、夫は床屋さんへ。
「休日に散髪屋さんに行けるなんて!!」感涙にむせばんばかりの夫。そう。普段は休日に髪を切りになんて行けません。朝起きたときから夜眠るまで、子どもに密着マークされて、1分たりとも自由な時間などないのです。大げさでなく、トイレに行くのも「お父さん、トイレ行っていい?ダメ?」と子どもに気を遣わなければならないのですから・・・

夫を送り出すと、私は、のんびり料理雑誌を読んで過ごします。
悠太も光太も、この料理雑誌が大好き。ひとたび子どもに見つかったら、あっというまに取られて、齧られて、びりびりにされて、ぐちゃぐちゃにされてしまうので、いつも隠れるようにして読まなければいけないのです。

あー、当たり前のことが当たり前にできるって、なんて幸せなんだろう。
そして、この幸せな時間が経つのは、なんと早いことか。早くもお迎えの時間が近づいてきました。宴はおしまい。
出発前、先生から「悠ちゃん・光ちゃんがいなくて、ひそかに枕を濡らすんじゃないの〜?」なんて言われましたが、ありえない(断言)!
薄情かもしれませんが、私も夫も、悠太・光太のいない寂しさよりも、快適さのほうが大きく、大きく勝っていました。普段の生活のなんと不自由なことか。
さあ、不自由の塊が帰ってくるぞ。

悠太・光太、ご帰還です。
「はー、帰った、帰った」とほっとした表情でバスから降りてくる他のお友達。しかし、なかなか悠太・光太の姿が見えず。あれれ?とバスまで寄ってみると・・・いた。みごとな放心状態でぐったりの悠太と光太。「もう、ボクたち一歩も自力では動けません」と顔に書いてあります。あはは。
「おとうさーん、おかあさーん」なんて感動のご対面はないのですね。ただひたすら、疲れた、と。そうかい、そうかい。

 悠太、一日目にとばしすぎちゃったそうです。
 夕方からの雨も一時やんで、予定どおり花火大会もあったそう。プールで大好きな水遊びして、初めての花火を見て、大好きな先生と一緒で。楽しかったんだろうなあ。
 光太も、もちろんプールは楽しんで、笑顔も見られたようですが、不安もかなり強かったみたい。1日目のお昼はお弁当をほとんど食べられず、体力を消耗。宿泊場所の少年自然の家に着いた後も、「なに、ここ、おうちじゃないじゃないかー!」と、バスから「イヤっ。ボク降りません!」と頑張ったそう。「おうち帰る」って、ずっと頭にあったんだろうなあ。でもそれを伝えるすべもなくて・・・辛かっただろうなあ。
花火大会は光太はキャンセルして、お部屋でゆっくり過ごしていたそうです。
 
 初めての経験をして、一回り大きくなって帰ってくると思いきや、光太、やつれて、文字通り一回り小さくなって帰ってきちゃいました(笑)。早速、高カロリーの食事を摂らせなきゃ!
 ともあれ、無事で帰ってきてくれて何より。悠ちゃん、光ちゃん、お帰りなさい。二人が頑張ってくれたおかげで、お父さん、お母さんは夢のような時間を過ごすことができました。ありがとうね。


 再び、家族4人の、現実です。現実、超ハードだし(涙)。
 夫は、「いつもの生活が戻ってきただけじゃない」とニコニコですが、私は、あの自由を忘れられず・・・
 だって、「年長さんになったら、1泊2日のキャンプがあるんだよ」ってことを知った2年前(入園したとき)から、このキャンプをずっとずっと楽しみに、励みにしてきたのです。
 もう、帰ってきたんかい。はあぁ。

 案の定、不安とストレスをめいっぱい溜め込んだ光太、翌日から大爆発です。
 朝7時から「お外」。今日はお休みだってば。でも、「行かなくちゃ、行かなくちゃ」と必死で、着替えを取り出し、靴下をわしづかみして、挙句の果てには通園リュックを持ってきて号泣です。
 1日中、しかめ面でグズグズ言っているか、「いーっ、いーっ、うーっ、うーっ」と神経質に叫んでいます。
 そして、これも精神的なものなのだろうけれど、少量ずつ頻繁におしっこをするようになってしまいました。ひどいときには、5分〜10分間隔です。
 こんな症状は初めて。よほどしんどかったんだろうかと心が痛みます。

 ストレスによる頻尿。私にも身に覚えがあります。ちょど、光太と同じ年くらい、幼稚園の頃でした。登園時間になっても、何度も何度もトイレに行きたくて。母親が、「またぁ?」としかめ面していたっけ。何が原因かは覚えていませんが、小さいなりにストレスを抱え込んでいたんだろうなあ。
 でも、それも一時のこと。
 光太も、普段どおりの生活に戻っていけば、そう遠くないうちに乗り越えていってくれると思います。

 キャンプから帰った翌日。どうしても、「お外、お外―!」と言う光太。その割には、こんな体調のときは、5分で「帰ります」です。
 お昼すぎ、まだ早い時間。お外に行くことにしたのですが、いつもの公園に行って、5分で終わられては時間がもちません。ということで、ドライブがてら、我が家から車で40分ほど北へ走ったところにある道の駅まで行くことにしました。
 きっと、光太は「いつもの公園」に行くと思っている。怒るだろうなあ、と思いつつ。

 家を出て、最初の曲がり角。右へ行けばいつもの公園。光太の、「きいいいっ!」という怒りの叫びを覚悟しながら左へ曲がります。しかし・・・平然とした顔の光太。
 次の関門。信号をまっすぐ行けば、いつもの川沿いドライブコース。そこを右折します。さあ、光太、くるか?くるか?・・・・またもや、しれっとした顔。
 あれ?光太、怒らないの?お外なら、どこでもよかったのかな?ま、いいや。怒らないなら、それに越したことはない。

 そう思いながら車をどんどん走らせ、広島北インターを通り過ぎたところで、いきなり「うぎゃあああああっ!!」光太、激怒です。ここかーっ!
 光太の頭の中では、「高速にのって、庄原の七塚原サービスエリアの公園で遊ぶ」という予定がしっかりあったらしく・・・
 ごめん、今日は違う場所なんだよー、と平謝り。
 そんなにしょっちゅう高速にのるわけでも、庄原方面に行くわけでもないのに、しっかり光太は道順も高速の目印も覚えているのです。

 光太の方向感覚、記憶力はすごいんです、ほんと。
 どんなに遠出しても、初めての場所でも道をしっかり覚えています。さあ帰ろう、と車に乗り、「ちょっと遠回りしてみようか」と、来た道と別の方向へ行こうとするだけで「違うじゃないかー!」と後部座席でパニックを起こします。
 どんなに広い施設や公園内も、「帰りたい」と光太が思えば、すたすたと来た道、出口へ向けてまっしぐらに突き進んでいきます。
ほかの知的発達が0〜1歳児並だというのに、方向感覚だけがずば抜けている。勘弁してほしいです。

 
 もっと長いことキャンプでの疲れを引きずるかと思っていましたが、光太、帰ってきて4日目にあっさり復活。家の中でだけ頻尿が残っていますが、とりあえず、いつもの笑顔が戻ってきました。
 朝は5時半に起きだして、「みんな〜、おっはよー。朝だよぉ」と寝室から居間に続く扉をがらがら開けます。私はその時間にはすでに起きているのですが、深夜帰宅の夫には、いい迷惑です。
 
 家から離れて、初めて親から離れてお泊りした悠太・光太。二人の心には、何が残ったのかな?二人から聞くすべはありませんが、どうか、不安ばかりでなく、楽しい記憶も刻まれていますように・・・

元気な光太に戻りました。


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