もうひとりの大切な家族


 台風一過の18日・敬老の日、私の実家の福山市へ行ってきました。
 目的の一つは、悠太・光太が園で作った敬老の日のプレゼントを渡すため。もう一つは、実家の犬、ミックに会うためです。

 この日夫は仕事の予定だったのですが、明け方まで広島地方に猛威をふるった台風のため、夫が利用するJRの路線が始発から運転見合わせ。 結局、「なかなかJRも動かないし、休んじゃえ!」と、会社には「台風で家の物置が倒れた」ことにして、急遽お休みをとりました。
 夫が会社に休みの連絡をしたちょうどそのとき、近くの踏み切りの音が。あ、やっぱりもう復旧したのね。ま、いっか。
 本当は、JRが動いていなくても、路線バスはもう走っていたし、遠回りにしろ、どうにかして出勤しようと思えばできたのですが・・・夫はこんな人です。明らかに、職業人ではないですね(笑)。


 先日、普段は私が忙しいから、と気を遣って電話をかけてこない実家の母が、困り果てた様子で電話をしてきました。
 ミックが、保健所に連れていかれるかもしれない、と。

 母いわく、ミックのパニックが、どんどんひどくなっているというのです。その、パニックの原因の一つは雷。
 犬は大概にして雷が大嫌い。ミックも例外ではありません。
 そのおびえ方は尋常ではなく、今年は例年よりも雷の発生件数が格段に多かったのですが、そのたびにミックはパニックを起こしていたんだそうです。
 
 ミックは1日の大半を家の中で過ごします。私が結婚して家を出た5年前から、甘やかす両親につけこんで、すっかりお家の子になってしまいました。
 ある暑い日、ミックのために冷房をつけっぱなしで、部屋を閉め切って両親がお出かけしてしまいました。不幸なことに、その両親の留守中に雷が。
 両親が帰宅すると、家の中にいたはずのミックがお庭でお出迎え。びっくりして家に入ると、その家の中は筆舌につくしがたい、凄惨な光景になっていたそうです。

 部屋中の柱はかじってボロボロ、障子もビリビリ、応接セットのソファの表の革も引き裂かれ。
 とどめは、ミックの脱出方法。閉め切っていたはずの部屋、雷が怖くて、怖くて、でもお父さんもお母さんもいなくて、逃げ出したくても逃げ出せず。
 ミック、お勝手口の、風を通すために少しだけ開けておいた金網張りの網戸を引き裂いて、鉄の柵を突き抜けていたのです。

 両親、呆然です。
 そんなことが、何度か続いたそうです。そのたびに、障子の張替え。ボロボロの柱を見るたびに、情けなくなってくる。
 両親にとって、とくに父親にとって、家は宝、働いて、会社を勤め上げて手に入れた、父の人生の証です。
 実家に帰るたび、家や家具が傷んでいるのが分ります。床はミックの歩いた跡、足の爪で傷だらけです。それでも、あの短気な父が、ミックかわいさに「いいよ、いいよ、仕方ないよ」とミックと暮らす生活に最大限譲歩していたのです。

 その父が、我慢の限界を超えてしまったんだという。
 パニックを起こしたミックは、素の、獣の姿に戻ってしまう。力も強く、怖い。
 普段のミックは甘えん坊で賢くてかわいいのは百も承知、けど、これ以上人間の生活が脅かされることになったら、もうミックとは暮らせない。もう、保健所に連れて行くしかない。
 そこまで両親は追い詰められていたのです。

 ミックも10歳を過ぎ、年をとって、気性もどんどん偏屈になっているそうです。
 ほかの犬にケンカをふっかけては怪我をさせてしまったり、というトラブルもあったり、とにかくお父さん、お母さんのそばにいたくて、1日中そばにぺったりと張り付いている。台風の夜には、やはり不安だったのか、いつもは玄関で食べるごはんを、わざわざ自分で居間にいる両親のそばに運んできて、食べたとか。
 そんなミックだから、短い時間でも家を留守にできず、おちおち近所のスーパーにさえ買い物に行けなくて、不自由を強いられているそうです。

 ミックは私が飼い始めた犬です。それを今では、世話を両親にまかせっきりにしている。いつも、心苦しく思っていました。それでも、両親もミックとの生活を楽しんでくれているようだったので、安心していたのです。
 だから、ミック、あわや保健所行きか?というのは寝耳に水でした。

 いや、ちょっと待ってよ。ミックは家族だよ。10年以上も一緒に暮らしているんだよ。それを保健所、殺処分だなんて・・・お骨も手元に残らないんだよ。そんなことしたら、絶対後悔する。一生、ミックを殺してしまったことを背負っていかなければいけない。両親も、私も。

 母親の話を聞いていて・・・なんだか、似ているのです。実家の状況と、パニックを起こす自閉ちゃんのいる家庭と。
 悠太・光太が今よりもっと、ずっと大変だったころ、私も精神的に追い詰められて、「もう育てられない、施設に預ける」と毎日のように思っていました。それでも、「こんな子たち、私のほかに誰も育てられない。手放すと、きっと後悔する」 その一心で、その時期を耐えたのです。

 両親も言います。「こんなに甘やかした、大変な犬、ほかの誰ももらってくれない。うちを出たら、ミックは生きていけない」
 だからって、保健所、殺処分というのは・・・

 「パニックは、パニックを起こした本人が一番つらいんだよ」
 「ミックを殺したら、一生後悔するよ」
 言いたくても、言えませんでした。両親が、本当に追い詰められているのが分るから。

 両親も、どんどん年老いていきます。母は、背骨や腰を、いつ圧迫骨折するか分らない状況です。
 生き物を飼ったら、最後まで世話をしましょう。最後まで責任をもちましょう。
 そんなことは分っている。だから、今まで大切に育ててきたんだもの。でも、どうしても飼えない状況になることだってあります。
 命って、重い。
 だから、真剣に悩む。


 私も、母との電話の後、すごく悩みました。
 両親がミックを飼えないのなら、うちで引き取るしかない。みすみす殺すことなんてできない。
 けど、うちには悠太と光太がいます。彼らが、ミックとの生活を受け入れられるとは思えません。特に光太は、ミックに舐められると、そこがかぶれてしまうのです(ちなみに今回の帰省でも、ミックに顔をぺろりとやられた光太、あっというまに赤くブツブツになってかぶれてしまいました)。
 家の中で飼うのが無理だとすると、外しかない。でも、ずっと「おうちの子」だったミックが耐えられるのか。そもそも、うちには庭がない。物置と、物干し竿と、車1台ぎりぎり入るスペースしかない。だとしたら、別に駐車場を借りて車を移動して、ちゃんと柵のある庭をつくらなければ・・・

 もう、頭の中はぐるぐる巻きです。
 それか、悠太・光太を施設に入れて、ミックを引き取るか。悠太・光太には一応、預かってもらえる場所がある、けどミックにはない。
 実際にはどだい無理な話だけれど・・・本気で、そう思いました。
 ミックを殺すくらいなら。
 私にとって、ミックはそれくらい大切な存在、離れて暮らしているとはいえ、大切な家族なのです。
 悠太・光太とミック、どちらかなんて、選べません。


 そして、今回の帰省。
 ミックは生きていました。両親も、少し落ち着いたよう。表革を引き裂かれたソファは痛々しかったですが、相変わらず、ミックは甘やかされてご満悦。
 きっと、ミックが生きてあと5、6年。先はまだ長いですが、どうにか、一つずつ乗り越えていって欲しい。ミックの天寿を全うさせてやって欲しい。
 きっと、もっとこれからミックも偏屈になる。耳も遠くなる、ボケも始まる。老犬介護は大変です。けど、どうか、ミックをお願いします。
 結局私は、祈ることしかできないのです。ずるいよね。


 悠太・光太も、ミックは気になる存在。少しずつ手を伸ばして、ミックの背中やしっぽをなでていました。
二人とも、ミックの背に乗りたくて仕方ないらしい。無茶はしないものの、おずおずとお尻をミックに向けて近づく二人。けど、それはやめておこうね。
時折、悪気なくしっぽを踏んづけてしまっては、「がうっ!」と怒られていましたが、「怖い」とは思わないらしい。二人ともへらへら笑っていましたが・・・ミック以外の犬だったら、本気で怒られるぞ。

ミックとも遊んで、公園でもいっぱい遊んだ悠太・光太。ここの公園を、しっかり二人は覚えていたようです。いつも「抱っこ〜」の二人が、なんだかんだ言いながらも、ちゃんと歩いてくれましたから。
夫の実家ではすぐに「帰る!」だったのに、何故か福山では間が持つ二人。きっと、我が家と雰囲気が似ているんだろうなあ。いろんなものがごちゃごちゃした感じとか(笑)。いや、ちゃんときれいにしているんですけどね、うちも実家も。うちと一緒にしたら、母親は怒るだろうなあ。


とんぼ帰りで、夕方。
さあ、夕ごはんのしたくしなきゃ、とバタバタしていた私。
夫が帰宅して一番にしたことは、パソコンに向かうことでした。
まあ、夫の出番であるお風呂にはもう少し時間があるけれど・・・こっちが忙しくしているときに、な〜にのんびりやってるんだか。ちょっとムッとしかけた私。夫は何やら、ニコニコしてるし。

何しとるんかいな。パソコンの画面を覗きに行ったら・・・
あ。

夫は、この日撮ったミックの写真をパソコンに取り込んで、その写真を、先日買ったばかりのこのパソコンの壁紙にする設定をやっていてくれていのです。
夫は、「どの写真がいいかなあ」とニコニコ。

前のパソコンの壁紙も、ミックでした。
パソコンを開けば、ミックに会える(携帯電話の待ち受け画面もミックなのですが)。
新しいパソコンにしたとき、「また、壁紙ミックにしておいて」と言ったような記憶があります。
それをちゃんと覚えていてくれた。
しかも、帰ってきて一番に、してくれた。

夫も、私がミックをどんなに大切に思っているか、知っています。そして、「あわや保健所行きか?」で私が悩んでいたことも。
夫ともいろいろあるけれど、夫のこういうところが、一番ほっとします。
夫は、私の大事なものをいつも大事にしてくれる。こういうところ、ちっとも変わっていません。
ミックのことだって、「たかが犬」なんてこれっぽっちもも思っていない。

夫に惚れ直す瞬間(そんな瞬間、最近はとんとご無沙汰ですが)。
これでまた、いつもミックに会えるよ。ありがとね。

ミック君。また、ゆうた・こうたと遊んでね。


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