お持ち帰りで


 月曜日、お迎えのバスから降りる悠太が、ニッコニコで一冊の本を手にしていました。どうやら、この日お気に入りの一品をお持ち帰りしたようです。
 とっても柔軟なK学園。その日遊んでいて、気に入ってどうしても手放せないおもちゃは快く「持って帰っていいよ〜」と貸し出してくれます。
 悠太も、たまにおもちゃをお持ち帰りすることがあります。どうしてコレを?という小物から、かなりの大物まで(笑)。どひゃー、今日はこれかい!と驚くことも。

 この日のお持ち帰りは、月刊予約絵本「ちいさなかがくのとも」の1年以上前に発行された「でんしゃはうたう」という本。何がそんなに気に入ったの?とページをめくって納得。まるで読んでいる子供が電車の運転手になったかのごとく、ページをめくるごとに、運転席から見える風景が(つまり線路が)続いていく本なのです(文字は最小限だし)。
 一心不乱にページをめくる悠太。ちょっと笑えます。

 次の日、火曜日ももちろんこの本をしっかり握って登園。
 朝一番でプールに入ったのですが、プールサイドにまで本を持っていきます。
 先生が、「本が濡れちゃうからね」と、悠太から本を取り上げ、悠太の手の届かないところに本を置きました。すると悠太は、大好きなプールに入ることもできず、「本、取って〜!」とわんわん泣きます。
 あまりの悠太に先生が、「この本はどこの?」「昨日、さくら組さんから借りて帰ったんですけど・・・」「じゃあ、少々濡れてもいいか(笑)」じゃあ、って何なんですか、先生〜!(笑)
 先生から再び本を手渡された悠太、ようやくにっこり。目の届くプールサイドに本を置いて、安心したように水遊びを始めました。うんうん、持って入ったら大事な本が濡れちゃうもんね。
 たまにプールから上がると、本をうれしそうに見つめ、またプールに入る悠太。
 そんなに好きなのね・・・

 その本に対する執着ぶりが一層激しくなったのはその日の夜。
 お昼寝なしだったので、早めに消灯。「もう寝るよ〜」それでも悠太は本をめくっています。
 さすがに眠い、と寝室へ本を抱えとことこ、ごろん。けど寝室は真っ暗で本が見えません。2、3秒横になったと思ったらすぐ起き上がり、常夜灯がついている居間へ戻ってまた本をぱらぱら。
 やっぱり眠い、と寝室へ戻ってきて、ごろん。あ、やっぱり本が見えないじゃん。居間へ戻る悠太。うーん、やっぱり眠い、ごろん。やっぱり本が見えない。・・・エンドレスです。寝室と居間をあわただしく何往復したことか(20往復はかたい)。
あほか、お前は。

 悠太が居間へ戻るたびに、光太が泣くのです。「ボクは眠いのにー!」
 あー、うるさいなあ。別に、眠かったら悠太なんかほっといて寝ればいいじゃん!
いやいや、そうはいかないのです。そこに、光太のこだわり「真ん中で寝たい」があるのですよ。「お母さんと〜、悠くんと〜、ボクが真ん中!」
3人いなければ、「真ん中」は成立しないのですね。かくして、「悠くん、行っちゃいや〜!うわ〜ん!」となるのです。ああ、うっとうしい。

 この日に限ったことでなく、光太は自分が眠くなると、「悠くんも寝てよ」と悠太の手を引きに行きます。けど光太のことが恐い悠太は、びくっと身を引き、光太がつかもうとした手を振り払います。光太に何されるか分からないもんね。
 光太、嫌われてやんの。君の日ごろの行いの賜物だよ。
 母さんには、光太はただ悠太も一緒に寝て欲しいだけだってこと、わかるんだけどなあ。悠太は「一緒に寝よう」って言ってもわからないもんね。
 伝えたい気持ちが伝わらない。こんな簡単な言葉でさえ伝わらない。
 光太も、悠太も、寂しいよね。母さんも、ちょっと寂しい。

 話が飛んでしまったけれど・・・居間と寝室を何往復もした、続き。
あまりにエンドレスにせわしない悠太に、いいかげんに腹がたった私(これでもかなり我慢したんですけどね)、「こらーっ!いいかげんにせんかい!」と一喝、居間の常夜灯も消して、部屋は真っ暗に。
 さすがにこれで悠太もあきらめるだろう。「ほら、ねんねして」 
本を大事に抱え、横になる悠太。しかし、またもやむくっと起き上がる。今度は何?
悠太、暗がりをじーっと見つめ、はっ!
そこには、ブタさんの形の液体蚊取り線香が。そのブタさんの背中には、2センチ×1センチ大の電源スイッチがあり、そのスイッチが暗がりの中、怪しく緑色に光っているではないですか!
明かりだ。明かりだ。これで本が見える。明かりだー!
わずかな明かりを求めて立ち上がった悠太。この、どアホっ!
「いいかげんにせいと言っとるのが分からんのかーーーー!!」
結局怒鳴り声で1日が終わるのです。ああ、疲れた。

しかし、ここまで「好き」となると、うれしくなってしまいます。なにせ、「好きなもの」といえば「水」以外に思いつくものがない現状。よしよし、電車の本ね。

かくして水曜日。悠太・光太を園バスに乗せた後は、電車の絵本を探しに本屋さんへ。なるべくシンプルで字の少ない、悠太の好みそうなものを1冊選んで購入。
やはり同じ本をこの日もお持ち帰りした悠太に、買ったばかりの絵本を見せてみると・・・おっ!食いついた!手にとってページをめくっています。
気に入らないものは、手に取るどころか見向きもしない悠太ですから、手にとってくれただけでも、大満足です。
けど・・・しばらくすると、ぽいっ。お持ち帰りした本を手にとります。う〜ん、やっぱりね。その本に代わるものはないか。バックナンバーはまだあるのかしら?

この日定時退社して帰ってきた夫、「悠ちゃんにプレゼントがあるよ〜♪」
え、もしやそれは。
「ほら見て、電車の本!」
・ ・・・ああ、バカ親。

結局、金曜日のお迎え時には手ぶらでバスを降りてきました。やっとあの本とバイバイできたんだね。


さて、今週の悠太のキーワードは「パニック」。
水曜日あたりから、その片鱗が見えはじめていました。
我が家の居間にはサイドテーブルがあります。そのテーブル、天板の下15センチほどのところにもう1枚板が張ってあって、その上にリモコンや雑誌など、ちょっとしたものを置けるスペースになっています。
そのスペースに、悠太が何やら必死で周辺に散らかったものを置いています。
あらあら、お片づけかしら。部屋がきれいになっていいわ〜。

そんな風に微笑ましく思っていたのですが、翌日・木曜日、状況は一変。
サイドテーブルのスペースが新たなこだわりになったようで、どんどんその場所へ物を押し込んでいきます。何冊もの絵本、おもちゃ、人形、コップ、食べかけのパン、自分が脱いだ服、お尻拭きのケース、光太のおしっこを受けるおまるの中桶・・・とにかく、手当たりしだいといったところ。
もちろん、スペースには限りがあります。飽和状態となったスペースに新たに物を押し込もうとすると、反対側からなだれが起き、詰め込んだものが落ちます。
すると、「ぎゃーーーーっ!」
「入らない!入らない!できない!」と泣き叫びはじめました。その声は、今まで聞いたことのない金切り声です。

そして、さらに自ら首をしめるがごとく、棚にきちんと収められていたものまでわざわざ取り出し、サイドテーブルのスペースへ押し込もうとし始めました。
ここに入れなきゃ。片付けなきゃ。
「何やってるの、悠ちゃん」
そんなの、ムリに決まってるじゃないか。そう思って手を貸そうとすると、さらに激しく叫びだしました。
「これはここに入れなきゃいけないの!」
そんな、無茶苦茶な・・・

以前、同じ自閉症の子供を持つお母さんと、「子供ってどんな子でもぐずるよねえ。よく自閉の子はパニックを起こすって言うけど、普通のぐずぐずと、パニックの違いってよく分かんないよねえ」そんな会話をしたことがありました。
けど今、目の前にいる悠太はまさしく、パニックを起こしていました。

もともと悠太は大人しく、そりゃあギャーギャー怒ったり泣いたりすることもよくありますが、大概において情緒は安定しています。手がかかるのはやんちゃな光太のほう。
そんな悠太の初めてとも言える本格的なパニックに、すっかり私も飲まれてしまい、パニック状態になってしまいました。
とはいえ夕食時のことだったので、まずはおなかをすかせた光太にご飯を与えなければいけません。
悠太はさらにヒートアップ、金切り声が響き渡ります。ついに、「お前が悪いんじゃー!」とばかりに私に八つ当たり、ばしばしと私の背中をたたきます。
自分ではどうにもならない、と悟ったのか、「お前がなんとかしろよ!」と私をぐいぐい押して動かそうとします。
「だめです。今は光ちゃんのごはん」
私もどうにか冷静を保とうと必死です。

そのうち疲れてきたのか、泣きながら私の背中に張り付いて、おんぶをねだります。悠太なりに、どうにか自分の気持ちを落ち着かせようとしているようです。
「今は光ちゃんのごはん。おんぶは後でね」
私がおんぶしないことで、また「ギャー!」となるのですが、私に助けを求めてきたことで、私も冷静さを取り戻しつつありました。

一時、光太が「眠れない!」とパニックを起こしていたことがありましたが(最近はめっきり減りました)、そのときの光太は全く私を求めてこなかったのです。それが何とも言えず悲しかったのですが、背中に張り付いて訴える悠太は・・・まだかわいげがあるなあ。

時間はかかったけど、少し落ち着いて・・・自分が空腹なことに気付いたようです。ご飯を食べはじめると、ようやくいつもの悠太に戻ってくれました。
 さすがに疲れたらしく、あっという間に眠りについた悠太・光太。
 はあ、やっと終わった・・・
と思いきや。

深夜2時前、「ギャーーーーッ!」と悠太の金切り声が聞こえてきました。
夜11時ごろ帰宅する夫に子守はバトンタッチ。私は別の部屋で寝ているので、夫が悠太の相手をしてくれたのですが、翌朝夫に聞いてみると、やはりサイドテーブルに「片付けなきゃ」とパニックを起こしたそうなのです。

さすがに夫も疲れた表情を隠せません。
もともと十分でない睡眠時間。夜中に光太がおしっこに起きたり、悠太が起きたりで、なかなか熟睡できません。
それに加え、早朝から私が家事をする音が聞こえてきて、嫌でも睡眠を妨げます。それでも、その時間にしか家事ができないのだから、仕方がありません。

私も疲れています。
夫も疲れています。
いつどっちが倒れてもおかしくない、ぎりぎりの状態で生活しています。
そんな状態でも、夫は決して子供を責めたり、当たることはありません。

パニックのもとになるサイドテーブルは、翌朝、居間から撤去されました。無かったら無いで気にならないようです。
すると今度は、収納ケースに物を詰め込み始めました。
「入らない、入らないっ!ギャーーーーーっ!」
あんたってヤツは・・・

頃合を見計らったように、K学園の園長先生から電話をいただきました。
「ギャー!」は子供が伸びている証拠、認知力が上がってきている証拠とのこと。
いろんなことが分かってきて、自分でやってみたくて、それでも思い通りにいかなくて・・・
成長してくるにつれて、どんどん「こだわり」も出てきます。
悠太の「片付けなくちゃ、入れなくちゃ」もそう。
また、子供が「ギャー!」となったとき、親が手を貸さず、子供が自ら気持ちを収めるまで待つ=子供が自ら納得してあきらめる、という経験もとても大切だそうです。

園長先生とお話して、私の気持ちもかなり落ち着きました。
こだわり、かんしゃく、パニック・・・どれも自閉症児には避けて通れない道。ついにこのときが来たか・・・(ため息)
子供のパニックに私まで飲まれないよう、パニックを起こした子供との付き合い方を少しずつ学んでいかなければ。子供がパニックを起こすたび、私までキーっ!となっていたら、身が持たないもんなあ。
親も、日々精進。私に出来るんかいな。
・ ・・・ああ、疲れる。

同じ日の夕方、悠太が単独通園の際に入るクラスのS先生からも電話がありました。
悠太、園でもパニックを起こしているとのこと。やはり、家で「おかしいな」と感じ始めた水曜日から突然、だそうです。こだわりは本棚らしく、自分の思うように本を入れたいけれど、できない、「ギャー!」となっているらしいです。
そんなとき、クラスの先生が一人悠太についてくれたり、悠太の「ギャー!」を大らかに受け止めてくださっているようです。ああ、ありがたや。


悠太に振り回されたこの週、一服の清涼剤は光太と、前回も書いた、木曜日に母子通園クラスに来る赤ちゃん。
この日は光太、1日中その赤ちゃんにはべりつき(笑)。一体どういうつもりなのか?もちろん、好意からということは分かっているのだけど・・・
チュッ、チュッ、チュッ、チュッ・・・
延々と赤ちゃんにキスし続ける光太。あまりのしつこさに、「もういい加減にしなさい」と赤ちゃんから引き離しても、まっすぐに赤ちゃんのもとに駆け戻り、チュッ!
それはそれはいとおしそうに、チュッ、まるで恋人同士のように後ろから回り込んでチュッ!
赤ちゃんは、そんな光太をあまり気にしていないのでいいようなものの・・・
微笑ましいといえば微笑ましい光景に、母は苦笑するしかないのでした。




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