■セブンアイ
 
「走れ!! 赤星」


 子供の頃、私のお気に入りは、父が買ってくるスポーツ新聞のプロ野球個人成績の欄をくまなく見ることだった。各部門のベスト3くらいは楽に暗記できたと思う。私が最初に覚えたスポーツは野球であり、というよりも父とのキャッチボールである。小学生の頃の会話において、「誰がホームランを一番打ち、誰がリーディングヒッターであるか」を知っていることは、歴史の年号を暗記するよりもはるかに大事だと信じて疑わなかった。そういうおかしな女の子だったのである。

 スポーツ新聞に勤務し、辞めてしまった今でも、最初にプロ野球の個人成績の欄を見るのは変わらないが、私が子供の頃よりも遥かに停滞してきた記録もある。その中のひとつには、最近のプロ野球がファンを遠ざけている、と思わせる「何か」が潜んでいると確信している。盗塁が少ないのだ。盗塁が少ないということは、「走らない」ということであり、走らないということはスポーツでは罪ではないかとさえ思う。走るとは、ある地点からある地点に向けての前進であり、挑戦であり、スリルである。スポーツは時代の速度でもあり、走らない野球には、前進や現状を打破しようという情熱がみなぎっていない。盗塁歴代30傑中現役わずか2人、石井琢郎と、松井稼頭央。1位の福本豊氏は1065、柴田勲氏が579、記憶する限り、彼らは毎日走っていた。そんな中、先週、甲子園での巨人戦で赤星憲広(阪神)が見せた盗塁には、久々に魅せられた。

 雨でグランドがかなりぬかるんでいたと思う。「今日は走れないんだろう」、そんな思いを心地良く裏切るように重盗を決めた。数秒に潜むスリルと痛快さ、野球のひとつの醍醐味だ。2年前に取材させてもらったことがあり、以来「走る」赤星に注目している。
「僕は2塁に向かって走っているんじゃなくてチャンスに向かって走るんです。自然の影響を受け、バッテリーの裏をかく。痛快です」と話し、憧れの福本氏のビデオを暇さえあれば見ていると、あの時話していた。

 野球の面白さを広めたい、と、今年、中学生を対象に「レッドスターベースボールクラブ」を設立し、理事長に就任したそうである。今度の日曜日、本人も楽しみで仕方ないという初のセレクションが、大阪で250人を集めて行われる。審査第一種目は、50m走。走力こそ、野球復権への力になるはずだ。赤星の盗塁今季10、目指すは背番号と同じ53。

(東京中日スポーツ・2005.4.22より再録)

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