■セブンアイ
 
「アテネ試走」


 連日35度を上回るアテネで、注目の女子マラソン代表、土佐礼子(三井住友海上)、野口みずき(グローバリー)、坂本直子(天満屋)が、五輪直前の試走を行っている。彼女たちが基点とするスタート地点に近いホテルと、市内を往復することすでに8回。起伏や路面、変化する陽射しの具合ではなく、おいしいパン屋、キャッシュディスペンサーの場所、または抜け道である点が、彼女たちの試走とは大きく異なるが。

 しかし毎度お馴染み、不思議なことが起きる。野口の練習は朝5時に始まる。慎重派の私たちは午前3時半に待ち合わせ、レンタカーに乗せてくれたスポーツ紙記者とカメラマンで「マラソンの町は市内から1本道だから」と気楽に走り出した。午前3時半、誰の頭も動いていなかった。そして真っ暗だった。

「あれ、道、違うかなあ」と気づいたときはすでに遅し。私たちは朝4時の暗闇、判読不可能なギリシャ語の看板に涙目になりながら、人気も車もない、起伏の激しい丘陵地帯をドライブしていた。引き返すのが正常だが、海外でレンタカーを借りては迷い、迷っては何とかなってきた、いい加減な人々というのは「大丈夫」と何の根拠もなく口にする。そのうちに道はいっそう険しくなり、満月がすぐそこで輝いている。遅刻、ガス欠での迷子の不安がよぎり始めたとき、マラソンコースに引かれる「ブルーライン」が、急カーブの途中に見えた。

 ヘンデルとグレーテルのパンや石ではないが、スポーツ記者は「あ、ブルーラインだ!」と、普通では考えられないようなものに妙に反応する。これを追いかければ、いくら反対方向でもスタートかゴールには出る。しばらく追うと、スタート地点のスタジアムの灯りが見えた。しかも練習開始ぴったり。よかったあ、反対側から入ったんだ、と胸をなで下ろすと、ラインはもうない。明るくなって地図を見たら、笑うどころか引きつるほどの断崖を、正反対に走っていたことがわかり、冷や汗をかいた。

 五輪コースと無縁の、走ることさえできないような丘陵地帯に、しかも一瞬だけ、スタートに導くようにすぐに消えた「謎の」ブルーラインについて、私たちはずっと考えている。ひとつの答えは「アテネのマラソンの神さまが、日本女子マラソンを無事にスタートの6月22日へ導いてくれる、その吉兆」としているのだが、3人は賛成してくれるだろうか。

(東京中日スポーツ・2004.7.9より再録)

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