■セブンアイ
 
「松下」


 コインパーキングのインターホンの向こうで、警備会社の男が次々に質問をしてくる。
「その駐車券、正しいものですか? オタクさんのお名前と住所、電話番号、車種と番号、念のため会社、あ、携帯?」
 駐車券を入れたが機械の不調で精算ができず、ゲートも上がらない。私の責任ではないし、だいたい、不正しようとする者がごていねいにインターホンを鳴らすはずがないではないか。駐車代未徴収でゲートを開ける損失のためか偉そうな口調に腹が立ったが、選手との待ち合わせの時間が迫っている。一刻も早くゲートを遠隔操作で開けさせるため、質問に答えようとしたとき、ふと思い出した。
 おっといけない、このまま時間通りに行ったとしても、「彼」にはきっと「納得できないなら、抗議しないと」と怒られる。今日会うのは、異国で裁判を起こしてまで潔白を証明したアスリートなのだから。

 女性の五輪と呼ばれるアテネ五輪日本代表にあって、とびきりの快挙である。男子卓球の日本人プロ第1号、36歳の松下浩二(ミキハウス)がバルセロナ以来4大会連続の五輪出場を果たしたことは、大きな注目を集めてほしいと思う。上京中で、会うチャンスをもらい、昼食と取材を同時にすることにした。

 彼が大学生のころから取材をしているから、思いもよらずずいぶんと長い付き合いとなった。このコラムでも紹介したことはある。97年、日本で初めてドイツのトッププロであるブンデスリーガで契約をし、3年間単身でドイツに暮らした。言葉が不自由なころ、車の事故で濡れ衣を着せられた。完全な「アウエー戦」に、しかし松下は裁判に訴える時間と費用と知識をかけて、最後に潔白を証明した。
「納得できなかったら、筋を通さないと。勇気? いやいや、意地っ張りということです」

 卓球には未来がないので早く辞めます、とドライだった人が、初のプロ選手となり、初の海外移籍をし、五輪4大会連続の偉業を果たして、「チーム松下」の社長となるのだからおもしろい。会社の会見で、「目標はメダル。取れなかったらペキンを狙いますので」と言い、場内は大笑いとなったが、私は笑わなかった。彼ならどんな困難でも本当に乗り切ると思うから。

 結局、私は「監視カメラに車番は見えているはずで、自分でインターホンに向かってプライバシーを発表することはない」と粘り、ゲートを開けさせた。遅刻した理由を松下に伝えると、「やりますねえ」と笑われた。

(東京中日スポーツ・2004.6.25より再録)

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