■セブンアイ
 
チュニジア


「コテージをご用意しています。カップルには特に人気の、ムード溢れる部屋です」
 チュニジアの国際空港から車で30分、海沿いのリゾートホテルにチェックインした深夜、フロントの男性に笑顔でそう言われた。「カップルに人気」のコテージは、地中海を望むガマルタという浜にあり、カップルでない私は、チュ二ジアンブルーと言われる美しい海と空を眺めながら原稿をバチバチ打つという、ムードのかけらもない2日間を過ごすことになった。救いは、サッカー日本代表の勝利と、報道陣のガイド、33歳のシキブさんだろうか。

「そうです、チュニジアには地震がありませんが、カルタゴ遺跡には自信があります」
 一同シーンとしたが、やがて、「それは貴重な持ちネタか?」とジョークが飛ぶ。代表が1−0でチュニジア代表に勝利した日、記者たちは夜のゲームまでの時間、小さな国土に7つもの世界遺産を持つ国の、わずか1か所を観光することにした。ガイドを務めてくれたシキブさんは、「はい、私の名前は紫式部です」などと、背筋の凍る駄洒落を連発する。彼はチュニジアに2人だけの、日本語ガイドだという。北アフリカのこの地に日本人観光客は年間じつに1万人と、かなり忙しいらしい。国際柔道連盟の山下泰裕・新理事が聞けば涙を流して喜ぶだろうが、彼は柔道に興味を持ち、黒帯を取り、そこから日本語の勉強を始めたそうだ。

「日本での何より楽しい思い出はお花見。日本と言えばあの青いビニールシート。満開の桜の下で知らない人も一緒に飲み食いする。もう一度お花見観光に行きたいです」

 そう、観光が大事、私たちも基本は原稿より健康、健康より観光、そう言うから、と返すと、早速「それ面白い!」とネタに加えて喜んでいた。年間10数回海外へ出張しても、残念ながらいつも仕事に追われ、異国を駆け足で回り、観光も買い物の時間はない。思い出は名所でも土産でもなく、出会った人だ。

 9日昼、11日の試合が行われるブカレストに向けチャーター便に飛び乗った。ふと、後ろを振り返ると、シキブさんが深い、深いお辞儀をして見送ってくれているのが見えた。見知らぬ国、あてもなく歩く街でも、去る日はいつもひどく寂しい。
 たとえ48時間しか滞在していなくても。

(東京中日スポーツ・2003.10.10より再録)

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