■セブンアイ
 
「笑顔の理由」


 作り笑いとは違う笑顔の輝きには、いつでも「芯」があったように思えた。
 突然押し寄せてくる新聞記者やカメラに囲まれて、自分が今まで楽しんでいたはずの場所からどんどん追いやられてしまう。ハンマー投げの父・室伏重信(中京大教授)と、兄・広治(ミズノ)を取材する輪の中心から、3つ違いの妹・由佳(ミズノ)は少女の頃からいつでも離れ、ポツンと立っている役回りだった。しかし彼女はいつでも屈託なく笑い、嫌な顔をしなかった。いつか将来、その「笑顔の理由」を聞きたいと思っていた。

 10日、釜山アジア大会女子円盤投げとハンマー投げの代表として、初のビッグイベントに挑戦した由佳に今なら聞けそうな気がして、円盤投げ(51メートル68で5位)を終えた背中を追いかける。由佳は笑いながらバッグを背から下ろし、立ち止まってくれた。
「本当は記者さんたちに嫌な顔をしたことも何度もあったと思います。だって聞かれるのは2つだけ。お父さんのこと、お兄ちゃんのこと。私はまだ何もやり遂げていないのに、小さな大会で注目を浴びるのも、とても辛かった」

 しかしここ2〜3年、本格的にハンマー投げに取り組むうちにさまざまなことに気が付いたという。とりわけ、自分が投てき種目を心から好きで、探究したいと思っていたことも。この日の結果に満足はしていないが、初のビッグイベントとしてアジア大会に出場できたことは、競技の楽しみや幸福感を教えてくれたという。12日にはハンマー投げにも出場する。
「試合でも、練習でも、少年の心のように何かを見つけたいと思っているんです」
 父と比較される息子より、息子について聞かれる父より、常に2人が前提だった彼女の心の内は、国際舞台に本格的にデビューしたこの日こそ、本当の意味で理解できるように思った。

 試合を終えた彼女がスタンドを振り返ったとき、父と兄が立ち上がって笑顔で手を振っていた。いつもの国際試合で見慣れてきたのとは少し違う、秋晴れの下での逆転の風景。手を振り返す25歳の女性の背中はじつに堂々と、しなやかで。

(東京中日スポーツ・2002.10.11より再録)

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