■ピッチの残像
「無垢な思い包み込む“天使のゴール”」


 ミックスゾーンは大変なことになっていた。
 ここは、まるでバーゲン会場が3つも4つも一堂に会したような所である。こんな場所で、コメントを「買い物」している様子はお伝えできないだろう。本当に残念だが、3大会連続決勝進出を決めた直後、取材をするための通路では、あまりの感激に興奮したブラジルメディアの大合唱が始まっていた。

「ブラジル、ブラジル、ロナウド、ロナウド! 神様が与えた僕らの天使」
 唄とともに絶叫していたのは、直訳するとこんな言葉だろうか。なぜ「天使」なのか、と聞くと、一人が教えてくれた。
「ゴールのためだけに生きているからさ」

 天使はこの試合で決勝ゴールを奪い、大会6ゴール目とした。歓声と彼のあふれる笑顔を見ながら、ふと、「ママイ、ママイ(ポルトガル語で母親の意味)、痛いよ」と、人目もはばからず、まるで子供のように泣き叫んでいた姿を思い出した。担架の上で。

 2000年春、偶然、行くことになったイタリアでのカップ戦で、ひざの故障から復帰する彼を取材するはずか、わずか数分後、またも再起不能と言われる靭帯損傷でピッチから直接救急車に乗る姿を取材することになった。あれはど残酷なピッチの残像を記憶したことは一度もない。

 しかしそんな中、相手チーム全員までが担架を見送り、敵、味方の関係なくファンが立ち上がり拍手を送る様子を見ながら、ただ巧いだけでも、有名なだけでもない、彼の魅力を考えていた。ピッチでさえ「お母さん」と泣き叫ぶような幼児性、サッカーへの無垢な思い。ロナウドはそれらをサッカーで包み込んでいる。

 天使のゴールに、ついにFIFA(国際サッカー連盟)が怒った。広報部長がマイクで「ブラジルメディアは本当に騒がしい。他国のインタビュー中も静かに聞くべきだ」。
 一応静まったが、5分ももたなかった。

(東京中日スポーツ・2002.6.27より再録)

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